痴漢/置換
「ハモちゃあああんっ!!」
教室の扉をくぐるなり、僕は同級生の女の子にに抱きつかれた。
「今日はどうしたの? 遅かったじゃない!」
それを聞きつけた他の数人の女子達もこちらへ駆け寄ってきた。
「わあっ! ハモちゃあああん!」
「いつもより三分四十二秒遅かったじゃないか!」
「しんぱいしたんだよお!」
僕を囲むなり撫でたり抱きしめたりキスしたり(!?)をしてくる彼女たち。これのせいで何度不登校になりかけたかわからない。
「う、うるさいな。僕に構うな!」
「きゃあああ! 可愛いっ! 可愛すぎるわぁ!」
「もっとこっち見て! 私にその可愛いお顔を見せて~!」
「『冷たく突っぱねてみたけど罪悪感を消しきれない』みたいな表情のハモちゃんもいい! とってもいいわ!」
「ああっもう駄目だ! 抑えきれない! この小さな生物を持って帰りたい! ああでもそれだと協定が!」
ここでいう『協定』とはつまり『否裏目半目独占禁止協定』のことであり(なんじゃそりゃ)、彼女らの言う『ハモちゃん』とは僕のことである。昨今スクールカーストやらいじめやらで物騒なこの世の中において、僕はクラスの女子の『お人形さん』として君臨(蹂躙されて)しているのだ。
ここ据膳高校一年C組においての僕の日常的な立ち位置としては見てのとおりだが、しかし特に僕を熱烈に愛好する女子グループの事は、尊敬と畏怖を込めて『ハモ狩り連盟』と呼ばれ、そして僕と同じクラス、もしくは同じ部活動は『領海』と呼称される。領海入りした女子は協定で僕を『可愛がる』ことを確約されており、領海入りを狙う女子達によって、新一年生のクラス決め会議では謎の病によって教師陣が次々と倒れはじめ、クラスメイトの選考はかなりの混乱をきたしたらしい。さらに言ってしまえば、僕が高校受験をするにあたって、それなりにランクの高いこの学校を選んだため、僕の所属する中学校の女子の平均学力、そして驚くべきことに他校のそれまでもが例年の数倍にまで跳ね上がり、僕が入学したと同時になぜかここ据膳高校の偏差値も過去最高のものとなったとかならないとか。
怖いって。
実際の京料理に使われるハモという魚は、その名前の響きの愛らしさとは裏腹にかなり凶暴な見た目をしているのだが、彼女らがいったいどのような気持ちで僕をハモと呼ぶのかは残念ながら窺い知れない。
しばらくもみくちゃにされていた僕がやっとの思いで漁師たちの魔の手を逃れて自分の席に戻るころには、もうすでに授業開始の五分前だった。なぜかあんなに全身をまさぐられていたのに髪も服装も乱れるどころか家を出た時よりもきれいに整っており、お肌も何故かすべすべになった気がする。
気のせいだ、きっと。
気のせいであってくれ。
そしてなぜか四人とも僕の周りの席なので、僕は鞄から教科書やらを出す間、不自然な笑顔を浮かべた彼女らに凝視され続けられなくてはならないのだ。
このままでいいのだろうか。
考えても見よ。もう僕らも高校一年生。中学生の時みたいに軽々しく『可愛い可愛い』だなんて言っちゃだめなんだ!
そう、彼女らがこうなったのも僕のせい、ここは僕が責任を取らなくちゃいけないんだ!
ガツンといってやるぞ!
「い、いい加減にしてよ! そんなに僕に構うなよ!」
サアッ
と。僕の周囲の空気が凍る。四人は世界の終わりのような顔で僕を見ている。顔を青くしてがたがたと震えるその姿は実に洒落にならない。
し、しかしだめだ! ここで引くわけにはいかない。僕は心を鬼にすると決めたんだ。彼女らの更生のためなら修羅にだってなる。
「い、いい加減もう大人なんだからっ! 僕なんかよりももっと、その、えっと、いけめん? とかに興味を持つべきだよ! 僕なんかとつるんでたら、そ、その、えっと、なんだっけ」
自分ではかなり辛辣なことを必死に語っているつもりなのに、なぜだか四人の雰囲気が僕を温かい目で見守るようなものになっている。
なぜだ。
「あ、そうだ思い出したぞ、あ」
いいたかったことを思い出した途端恥ずかしくなってしまった。くっ、こんなことを口走ってしまっていいのだろうか。いやしかし、ここで引いたら駄目だ駄目だ!
心にまだ新人だった頃の碇シンジ君を思い浮かべながら僕は言葉を絞り出す。女子勢ががんばれーなどと言っているが気のせいだ。
「僕なんかとつるんでたら、その、その、え、ぁう、ゆ、ゆ、百合だと思われちゃうよっ!」
よし! 言えた!
これで彼女たちも諦めるだろうと思い、喋っていたときにきつく瞑っていた目をそっと開けた。
女子の胸に埋もれて何も見えなかった。
「きゃぁぁぁあぁぁああああああああああ! よく言えたね偉いえらあい!」
「? ……っ!?」
窒息しそう。どうやら感極まって座ったままの僕に抱きついてきたらしい。
なぜだ・・・。あんなひどいこといったのに。
「じゃあじゃあハモちゃんもその『僕』っていう一人称を直してくれたらいいよ~」
「うっ……」
それはやだ。僕のポリシーなのだ。
変だとはわかっているけれど、どうしても僕は『僕』という一人称を捨てきれないでいた。きっと、姉との二人暮らしで、姉さんを守ろうと思って始まった一人称なのだけれど、今ではこんな風に変な定着の仕方をしてしまっている。
「それは……いや、だけど…」
「じゃあ今日は私たちに生意気言ったお仕置きとして、もうちょっとだけおさわりしますよぉ~」
「え……? も、もう授業五分前だよ…?」
「十分十分」
「ぐふふ」
「げへへ」
わきわきと手をくねらせながら僕を取り囲む四人。逃げようとするも背中は非情にも壁にぶつかる。
「い、いや…やぁあああああああ!!」
波乱は続く。
もうやだ。
性別ばらすのはラストにしようと思ってたんですがこらえきれませんでした。ごめんなさい。