傷心の喪失/焼身の喪失
「うわああああああああああああああああああ!!!」
ガバッと、僕は飛び起きた。
ん?
飛び起きた?
辺りを見渡すまでもなく、僕は自分が見慣れた自分の部屋の中にいることがわかった。もっと正確に言えばベッドの上に、僕は布団を強く握った形で座っていた。
「……」
確か、僕は姉さんに肩を揺らされて首が取れて……って
「あっははは! そんなことがあるわけがないじゃないか!」
よりにもよって首が取れるって! 僕も大概マンガやアニメ、そしてラノベの読みすぎである。
なあんだ。
夢か。
考えてみれば普通に昨日は、文芸部の活動が遅れてかなり疲れていて、家に着くなりすぐ寝たんだっけ。そこら辺の記憶がやけに曖昧ではっきりとしないけれど、きっとそれも極度の疲労のせいだろう。
カーテンの隙間からはやけに眩しい朝日が漏れていて、今日が快晴であることを教えてくれる。体を若干照らすその光は痛いくらいだ。
「んんっ……とぉ」
大きく伸びをすると、僕はあることに気が付いた。
やけに体が冷たい。まるで死体のようだ。夜中に布団を蹴っ飛ばしてしまったのかな?
「気をつけなきゃ」
体をさすろうとして、さらに驚く。
「…っ! な、なんで!?」
右腕の、上腕の部分。先ほどから朝日が当たっていた部分。そこが赤く火傷のような醜い跡になっていた。昨日までは確実になかった跡だ。
朝日に弱くて、体が死体のように冷たい。
こ、これじゃあまるで、
まるで…
「半目ちゃーん。 朝ごはん出来たわよー」
姉さんの声だ。一回のキッチンから聞こえる。
「い、今いくよお!」
(気のせいだよね?)
とりあえず思考を中断して、僕は着替えを始めた。
「なんで馬刺しばっかりなのかな? 瞳姉さん」
僕の目の前には白いご飯とお味噌汁、それに焼き魚と、実に一般的ないわゆる『ご飯派』の食事がならんでいる。ただ一点。そのすべてに馬から採れる生肉が添えられていることを除いて。
エプロン姿の姉さんに反省の色は見られない。
「これから否裏目家の食卓には必ず馬刺しが出ます」
「もう決定事項なんだ……」
そういう姉さんの取皿には僕の倍くらいの馬刺しが積まれている。
「なんで?」
「そりゃあだって、姉さんばっかり美味しそうにお肉食べてちゃ半目ちゃんが可哀想じゃない」
「いや、僕は一向に構わないけど……」
別にそんなに馬刺し好きじゃないし。硬いんだよなあ。
しかし、僕のそんな心からの呟きも姉さんには照れ隠しに映ったらしく、
「んもうっ、照れちゃって」
と、簡単に受け流されてしまった。解せぬ。
何とかしてすべての食料を腹に詰め込むと、僕は登校の準備をする。バッグを持って、いざ出陣! というところで、こちらも出勤(姉さんは出版社勤務の雑誌編集者さん)準備の整った姉さんが、引きとめてきた。
「体には気を付けるのよ。いっぱい馬刺し食べたから大丈夫だろうけど、あまり強くどこかにぶつけたりしないようにね」
「え? ああ、うん」
言われなくてもそんな、自分からどこかに体をぶつけに行くようなまねはしないけど。それに、
「それ馬刺しと関係ないじゃん!」
あははと笑う僕を、姉さんがさっきと打って変わって物寂しげな眼で見ているのが気になったけれど、きっと馬刺しを茶化したからだと判断して、僕は家を後にした。
「やっぱりいい天気だあ」
朝と違って、大分日差しが優しくなった気がする。
「…あれ?」
右腕の火傷の跡のようなものも消えている。
(やっぱり気のせいか)
僕は学校へ向かう。
きっと気のせいにしていることが多すぎるのも、気のせいだから。
主人公が否裏目 半目で、お姉さんが否裏目 瞳です。変な名前なのも気のせい。