度胸の問題/怒姉の問題
僕には姉がいる、言い換えてしまえば姉しかいない。
親の顔を僕は知らないし、故に僕が知っている家族の顔はその十四歳も年上の姉のそれだけだ。それ自体には疑問はない。僕が0歳の時に両親は事故に遭い、家で留守していた僕と姉は無事だったというわけだ。
姉は僕を一人で育て上げた。
最初こそ気のいい伯父伯母夫婦が面倒を見てくれたものの、高校生にもなると、姉はいよいよ女手一つで僕を育て上げた。
働いて、
養った。
僕が十六歳となった今、姉はもう三十路だけれど、未だに独り身だ。僕が独り立ちするまで結婚するつもりはないとか。
重いって。
ちなみに好物は馬刺しである。毎日(『毎日のように』ではなく『毎日』)ビールと一緒に食べる。以前はレバ刺しだったのだが、規制された今(規制の報道のときの姉の取り乱しようといったら、それこそ規制されてしまいそうなものだった)、彼女はころっと馬刺しへと鞍替えした。未来の旦那さんに尻軽だと思われないか心配だが、姉曰く、
『生肉ならなんでもいいや』
とのこと。
若干アマゾネスを彷彿とさせるが、生肉を食べている時の姉が一番幸せ(!?)そうなので、僕は何も言わないのだった。
だからこそ、そんな姉だけは、
僕は心配をかけたくなかったのだ。
家に着いた。
携帯電話や教科書の入っていたバッグは失くしたが、ポケットに家の鍵があったので、僕はそのまま家に帰った。
「ただいま、姉さん」
靴を履いていないのでそのままリビングまで行く。
姉さんは僕に背を向けるようにソファに座ってテレビを見ていた。
世界仰天ニュース。
「おかえり」
ゆっくりと、姉さんが振り返る。
「随分おそかったみたいだ…け……ど……っ!」
振り向いて、僕を見て、姉はクワッと目を剥く。ソファを飛び越えて僕の正面まで走ってくる。
ぐわし。
肩を掴まれる。
全く痛くないことに、やはり僕は疑問を覚えない。
「何があったの! 何があったの!?」
物凄い剣幕でまくしたてながら、ものすごい勢いで僕を揺さぶってくる。
「姉さっ…姉さんっ…喋れないよ…落ち着いて―――
「何があったの!?」
僕の必死の嘆願を無視するように姉さんは同じ質問を繰り返す。
がくっ、と。
僕を揺さぶるのをやめる。
「まさか!」
しかしまくしたてるのはやめない。そのあまりの剣幕に僕は何も出来ずに、ただされるがまま。情けない。
「学校でいじめられてるの!? そうなのね、そうなのね!? 馴染めなかったんでしょ! なんでもっと早く言ってくれなかったの! こんな血みどろになって!!!! きっと無理やりリスカごっことかやらされたんでしょ!」
「いやどう見てもそんなレベルの出血じゃないよね?」
おいおいと、
いきなり姉さんは泣き出した。
ああどうしよう。将来の旦那さんに重い女だと思われちゃう。
僕の心配をよそに、姉さんはめそめそぽつぽつと語り出す。
「これも全部姉さんのせいね。女手一つで育てて来たから、あなたを女々しいんだか男らしいんだかよく解らない正確にしまった、姉さんのせい」
「傷つくこと言うなや!」
僕は激昂した。
心まで出血しそうだ。まさに出血大サービス。
「ついてはあなたをいじめた生徒とそれを見て見ぬ振りした教師の名前と住所を教えなさい。姉さんが殴る蹴るの暴行を加えた上で介抱してもう一回同じことを繰り返すから!」
「鬼畜か」
「おーしーえーなーさーいー!!」
そして再びがっくんがっくん僕を揺さぶり出した。今度はいきなりで僕も首を据え損なったので、僕の頭は慣性の法則に従って激しく前後した。
前後して、
一回転した。
ゴトンッ、なんて音がして、次に僕の目と鼻の先に現れたのは、自分の、土まみれの、
足だった。
首が取れたんです、はい