土生!/どっせーい!
目が覚めれば、辺りが真っ暗だった。いやそれはお前目覚めてないだけだろうと言われてしまえばそれまでなのだけれど、しかしこの息苦しさと言い、それに、
「重い?」
目を開けようにも口を開けようにも体全体にかかる圧力で動けない。
何も見えないし、何も言えないし、何も聞こえない。だが、
匂う
鼻だけはいわば体に開いたただの穴なので、圧力がかかろうがなんだろうが正常に機能する、故に、
匂うのだ。
鼻孔いっぱいに広がる、半端でない土臭さ。これは別に『田舎じみている。やぼったい』という意味ではなく、ただ純粋に土壌の臭いだということだ。
埋められてる?
幸い自身にかかる重さ的に見て、そこまでの深度というわけでもなさそうだ。これなら全力を出せば地表(?)に出られそうだ。
「ん、んんっ」
ずぼぉっ、と
努力の甲斐あってか、そんな擬態語と共に、僕の右腕が土から突き出た。ひんやりとした空気が腕を包む。
「んんっ……ん!」
その突き出た右腕を支えにして、どうにか上半身を引きずり出す。
「んはぁっ。ぐ、う、おぇ……!」
耳や口、その上鼻にまで万遍なく土が入り込んでいて実に不快だった。最高に最悪とはこのことだ。
どうにか唾やよだれと一緒に口から土を吐き出しながら、土に埋まったままの下半身も引きずり出す。踏ん張りが効かないので大変なことこの上ない。ようやく全身が地表へ出たと同時に、僕はその場にとりあえす立った。
立って、気付く。
靴がない。
現在進行形で目を閉じたままなので、これは足裏の感覚で判断したのだが、
ふむ、
そうだな、このまま目が見えないんじゃ不便だからな、とりあえずもの付近についているであろう土を落とそう。かといって土まみれの手で目をこすれば、それこそどえらい目にあうので、とりあえず僕はその土を落とすことから始めた。
不幸中の幸いというべきか、辺りは静まり返っており、どうやら人っ子一人いないようだ。
推測だけど。
なので人目も憚らず僕は自分の手を、舌でなめては吐き出しなめては吐き出しをくりかえして、五分ほどかけて手の土を落とし終えた。
目を拭く。
「……暗い」
今更だが本当に地中に埋められていたらしい。
とりあえず自分の現在位置を把握しておきたかったので、真っ暗な中で思いっきり目を凝らす。周りが暗ければ暗いほど、その先の光は目立つのだ。
「なんだ、家の近くじゃないか」
僕が埋められていたのは近所の雑木林の中だった。
自分の居場所が分かり、ある程度安心したので、もう幾つかの疑問を解決しようと、僕は考え込む。
立ったまま、
考え込む。
「………なんで埋まってたんだ…?」
全くもって心当たりがない。それ以前の記憶もごっそりと抜けている。自分の家の近所を認識できるということは完全な記憶喪失というわけでもないだろうけれど。
うーん。
なぜ裸足なのかもわからないし、いくら考えても頭に靄がかかったかのように思考の先が見えない。その上何だか寒くなってきた(もう晩秋といってもいい季節だった)ので、とりあえずは雑木林を抜けることにした。
林を抜けて、街灯の下へ出て、僕は改めて自分の姿に目を剥いた。
「な、なんだこれは……」
全身土まみれ落ち葉まみれなのはいいが、それ以上に僕は、
全身血まみれだった。
着ている高校の制服ごと真っ赤に染めて、手にもべったりと、血液がこびりついている。
「……」
不思議と何とも思わなかった。要するに状況が僕の理性のキャパシティを超えていたのだけれど、まあそれはさておき。
病院へ行くべきだろうか?
しかし受付で『気付いたら埋まってたんです』なんていったら精神科か脳外科へ廻されかねない。
それ以前に、もう夜であることは明らかなのだし、家へ帰るべきだと、僕は判断した。
家族の心配が心配だ。
まあそれでもやっぱり『埋まってた』なんて言ったら精神科へ送られそうだけど。
まぁいいか。
家でゆっくり考えよう。そう割り切って、僕は帰路に着いた。
後から考えてみれば、
ここで僕は思考を放棄すべきでなかったのだ。少なくとも『まぁいいか』で済まされる状況じゃなかったというのに。愚かな僕はそこで思考を停止した。
なぜ、
なぜ土の中でさえ窒息しなかったのか、なぜ明らかに身体の容量そのものに匹敵する圧倒的な出血量だったのに元気なのか。それに、
なぜ、全くもって、微塵も、毛ほども、
痛くなかったのか。
僕は熟考するべきだったのだ。