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プロローグ 一般人の少女

 どうしよう……。

 

 憧れの神代学園高等学校。ようやく入学したと思ったら、ちょっとした事故に巻き込まれて一週間ばかり欠席してしまった。

 登校序盤は私のことを気遣ってくれた人も多いけど、既にクラス内のコミニュティは完成していて、元来積極的とは言えない性分故に、昼休みに食事を供に出来る友人も出来ないのであった。

 

 一人で食事をする事自体は別に苦ではない。辛いのは、それを周囲の人から見られることだ。


 「早乙女さんって友達居ないのかな?」


 「まあ最初居なかったし~。別に取り立てて面白い娘ってわけでもないしね~」


 みたいな。そんな声が後ろから聞こえたら、私はもう学校に行けない。


 お母さんの作ってくれた弁当箱を持ちながら、机の前で佇む私、早乙女知里さおとめちさとはクラスを見渡す。

 わいわいがやがや。男子も女子もとても楽しそうに美味しそうに、弁当や購買で買ったパンを食べている。


 良かった! このクラスに仲間外れにされている人はいないんだね! でも、誰か一人忘れられているような……。


 恐らく、何処かのグループに、「私も入れてくれないかな?」と聞けば、大抵のクラスメイトは快く入れてくれるだろう。

 しかし、その一歩を踏み出す勇気は私には無かった。思えば、小学校の時は幼稚園からの友人達を通して友達が出来、中学校の頃は小学校の友人を通して友達が出来……。友達の少ない方だと思っていなかったが、それは自分ひとりでつくった交友関係では無かったのだ(一体、幼稚園の頃はどうやって友人を作ったのだろう)。


 今まで仲の良かった友人は、他校に行ったりクラスが別だったり。昼食時に他のクラスへお邪魔するという勇気も当然無いのであった。


 我が教室、一年A組を背にして、私は学食の方へと足を向ける。だが、良く考えてみれば弁当を持っているのに一人で学食の机に着くというのも、もしかしたら邪魔に思われるかもしれない。

 考え過ぎかもしれないが、孤独な人間はいろいろと気になってしまうものなのだ。


 さあ、何処に行けばいいだろう。あまり人気のない四階の渡り廊下を歩いていると、中庭の目立たない所にあるベンチを発見した。私立の神代学園は、かなりの経営規模を持つらしく、複雑な構造をしている。中庭と言っても、その場所は隣の棟三階の屋上(と言えるのか)に存在する。廊下の横にある階段を降りればすぐにあの場所に行けるだろう。


 あそこがいい。この廊下自体、あまり人が通らないから、あのベンチが視界に入ることも無いだろう。

 幸い本日は晴天なり。日差しの当たるあの空間で、心置きなくお弁当を食べよう。



 

 ベンチに腰を下ろし、弁当箱の蓋を開ける。中学の時は毎日給食だったから、これから毎日、お母さんの弁当や購買のパンが昼食なのだと思うと、新鮮な感じがした。

 

「いただきます」

 

 冷凍食品っぽいエビフライを箸でつまみ、口に運ぶ。冷凍とはいえ、朝、忙しい母が入れてくれたと思うと感慨深い。

 

 そうやって一人で寂しく弁当を食べていると、突然、携帯電話を片手に、少年が何かを話しながらこの中庭にやって来た。靴紐の色から見て、同じ一年生だと分かる。会話に夢中で私のことなど眼中に無いかのように振る舞い、そいつは私の隣に座った。


「ああ、俺だ。やはり政府の人間は俺を信用していないようだ。お前から口利きをしてくれるんじゃなかったのか、王神? 何? 別部署だから融通が難しいだと!? 話が違うぞ、何とかしてくれっ! ――き、切られた……」


 携帯電話を切り、くそっ、と少年が毒づいている。


 何なんだ、この人……。


 闖入者に驚く私のことなど気にも留めず、一人言を呟き始める。


「……このままではまずい……。あの恐るべき『人類管理機構』を抜け出した今、頼れるのは日本政府だけ。しかし、政府も一枚岩では無く、俺を庇護してくれた政府官僚も、他の管轄外の組織を説得するのには時間が掛かっているなんて……。このままではあの、"魔女"の攻撃を防ぎ切れる自信が無い」


 壮絶な自己紹介を勝手に始めだした。


 こ、こいつはまさか……



 厨二病なのではないのだろうか……。 


 兄の持っていた、その手の小説は中学生のときに何冊か読んだ。高校生の主人公が可愛いヒロインと巡り会い、剣や銃、魔法や超科学兵器渦巻く陰謀の世界を駆け巡り、能力者やらアンドロイドやらと戦うのだ。


 そういう荒唐無稽な小説や番組を多感な時期に読むと、一部の少年少女は"感染"する。自分を世界の主人公だと設定し、世界を揺るがす超絶能力を持っている『妄想』をするのだ。


 私と同じベンチに座る隣の少年は頭を抱えながら、「どうしてこんなことに……」、とか、「このままでは、まずい!」とかぶつぶつ呟いている。


 大方、彼も罹患していて、自分を「悪の組織から抜け出して政府に所属することになったが、一部の保守派に信用されずに狙われている」という設定で行動しているのだろう。先程の電話も、もちろん通話などしてはおらず、ただ携帯に向かって演技していただけだ。ここまでやる奴はそうそう居ないだろう。


 よく見ると結構良い顔立ちをしている。かなりイケメンの部類ではなかろうか。何故、彼が一人寂しく妄想の世界に生きているんだろう。

 

 このまま食事が終われば、クラスに戻ることになる。しかし、それでは長い昼休みを一人寂しく席に着いて待つことになるだろう。

 しかも、もし誰かが私の椅子を使っているとしたら……?


 だが、もし隣の厨二病に話掛ければ、休み時間を潰せるかもしれない。あわよくば、誰も見ていないことを考慮して選らんだこの中庭だが、誰かが四階の渡り廊下の窓から除けば、まるで昼食をイケメンと供にする少女のように見られるかも……。


 どうせ同じ友人の居ない者同士だ。こっちから積極的に話し掛けてみよう。


「あのー、『機構』って何?」


 私の台詞を聞いた少年は、身体をびくつかせ、こちらを向いた。


「き、君は……確か最近復帰して来た早乙女? まさか、さっきの通話が聞こえて……?」


 まるでこちらの存在を初めて知ったかの如く、驚愕しながら言葉を発した。

 私が休んでいたことを知っているのは2-Aのメンバーと他のクラスに居る、昔からの友人だけだ。そして、彼は私の友人知人では無い。

 消去法でいけば、つまりこの少年何某(なにがし)は、私のクラスメイトということになる。

 

 こいつも昼食の友がいないのか……。少しだけ同情、というか共感が芽生えた。


 何某は頭を横に振り、


「い、いや、何でも無い。ただの戯言だ。気にしないでくれ」


 この態度はいかにも『その世界に属する少年が、一般人に会話を聞かれた時の正しい反応』である。それか、さっきの演技を恥ずかしがって、無かった事にしたいのかもしれない。

 だが、その方面にはこれでも精通しているつもりだ。かくいう私も中学生の頃に裏の世界に属する少女を気取っていたら友人に指摘されて……。

 ……この話は割愛しよう。あと十年は経過しないと振り返ることは出来ない。


「気にしないでくれ? ふ~ん。ならさっきの話をクラスにばらしちゃおうっかなぁ」


 何某は更に目を見開いて驚愕した。


 すいません、ばらすクラスメイトは居ません。


 何はともあれ。これで昼休みを潰すことが出来そうだ。


 

 


 この時、私はまだ知らなかった。もしくは、未だに半信半疑だとも言える。


 いや、正直に言えば、今でもまったく信じてはいないし、信じたくも無い。


 


 世界とは人が思う以上に複雑に歪曲されていて、――神でさえも、理解の及ばない部分が存在することを。



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