プロローグ
息も荒く山道を走る。自分の後を追って走ってくる者達の足音を聞きながら、その少女はただひたすらに追手から逃げていた。この山道の先には宿場町がある。少女はその町に向かっていた。別に宿場町に少女を匿ってくれる協力者がいるわけではない。むしろ少女の正体を知ったら喜んで追手に少女の事を追手に引き渡すだろう。だが宿場町という場所は、その特性上どうしても人目についてしまう。人が多い所では追手も派手に行動できないと考えた故に少女は宿場町に向かっていた。
(さっきよりも足音が近い。)
山道という特性上、小石や木の枝といった障害物が多く道もデコボコしている為、走りにくいこの道を、少女と少女を追う者達は出来る限り全速力で走っていた。だが最初は離れていた少女と追手との距離も山道を走っている内に、大分距離を詰められてしまった。少女は整備されていない道を走り慣れていないのに対し、追手はこういった道に慣れているのだろう。
(このままでは追いつかれてしまう。)
このままでは自分が逃げ切る事ができない事を、少女は分かっていた。だが逃げ切る事が解っても、少女にはどうしようも無かった。少女が出来る事といえば魔法を使う事だけ。だが魔法を使うには、立ち止まって詠唱をしなければならない。そんな事をしていれば詠唱をしている間に追手に追いつかれてしまい自分は殺されてしまう。仮に詠唱が間に合い魔法を使う事が出来たとしても、倒せる追手は一人。だが少女を追ってきている者達の数は足音の数から推定すると三人以上。これでは一人を倒す事ができても残りの追手に少女は殺される。それにここは障害物が多い山道。放った魔法が当たる可能性は低い。故に少女はただ逃げる事しか出来なかった。
追手から逃げ続け、やっと宿場町が見えてきて、後一息だと思った時だ。ガッという音と共に少女は小石に躓き転んでしまう。最初は何が起きたのか分からなかった少女だが、自分が転んだという事を把握すると、少女は立ち上がり走りだそうとした。
「そこまでだ。」
後ろから聞こえてきた男の声に振り向くと、手を伸ばせば届く距離に短剣をもった男が一人、少女を見降ろしていた。無駄とは分かっていても、少女は立ち上がり男に背を向け逃げようとする。
「おっと行かせねーぞ。」
だが少女の行く手を遮るように、もう一人嫌らしい笑みを浮かべた男が現れる。二人の男に挟まれた少女は逃げ道を探して周りを見る。だが、少女を囲むようにさらに二人の男が現れた事で四方を塞がれてしまい、少女は逃げ道を無くしてしまう。
「どうするんだお嬢ちゃん?このままじゃ殺されちゃうよ。」
ケタケタと笑いながら、嫌らしい笑みを浮かべた男は少女に告げる。それは少女が、逆にこの追手達に尋ねたい事であった。何をすれば自分を見逃してくれるのか。命乞いをした所でこの追手達は自分を殺すだろう。
(どうしたらいいの?お父さん、お母さん。)
少女は思わず、大好きだった両親の事を思い出していた。いつも優しかった母とたまにしか会えなかった父。だが両親の事を思い出した所で少女の運命は変わらない。少女は意を決すると懐に忍ばせておいた短剣を引き抜き、目の前にいる嫌らしい笑みを浮かべた男に短剣を振り下ろした。
「おっと」
しかし少女の振り下ろした短剣は、男が少女の手首を掴む事で止められてしまう。
「危ない、危ないまさか短剣を隠していたとはねぇ。」
そう言うと男は少女の手をねじり上げ、そのまま少女を地面に押し倒し組み敷く。何とか男の下から脱出しようと少女はもがくのだが、男の強い力の前に抵抗らしい抵抗もできずにいた。
「やっと大人しくなったな。」
少女が顔を上げると一番最初に現れた男が、正面から少女を見降ろしながら言葉を発する。
「アルガ、この娘どうするんです?」
今まで言葉を発していなかった男の一人が、アルガと呼ばれた少女の正面に立つ男に話かける。
「ハイン、依頼内容を忘れたのか?殺すに決まっているだろう。」
「いえ、忘れてなんかいませんよ。けどこいつ、かなりの美人ですよ。ただ殺すには勿体ないじゃないですか。」
ハインと呼ばれた男が答える。
「ハイン何が言いたい。まさか依頼人との契約を反故にして、奴隷として売るとは言わないよな?」
アルガがハインと呼ばれた男を威圧する様に言葉を発した。
「いやいや、とんでもないそんな事は言いませんよ。ただやる事をやっていいのかと訊いているんです。」
ハインと呼ばれた男が少女の事を見降ろしながら、下卑た笑みを浮かべる。少女はハインと呼ばれた男が何の事を言っているのかを理解する。
(こいつら、私を犯す気だ。)
少女はこれからこの男達が自分にしようとしている事を思い恐怖すると同時に、これはチャンスかもしれないと思う。もしかしたら隙をみて逃げ出せるかもしれないと。
「たまには良い事言うじゃねーかハイン。アルガ、俺もやる事やらずに殺すのはどうかと思うぞ。」
少女を組み敷いている嫌らしい笑みを浮かべていた男が、ふざけている様なノリで、ハインの案に賛成の意を示す。するとアルガと呼ばれている男がチラっと少女の事を見て「駄目だ。」と否定の言葉を発する。
「この娘は隙あらば逃げ出そうとしている。そのような事でもし逃げられた場合、厄介な事になる。」
「まったくだ。それに俺はサッサとこいつを殺して、あそこの街で飲みたいんだけど。」
いままで黙っていた男が、アルガに賛同するようにあそこと言いながら、宿場街を指さす。
「二人ともそんなつれない事言うなよ。すぐ終わるからさ。」
少女を組み敷いている男が食い下がる。
「エンス、この娘を犯そうとして逃げられたらどうするつもりだ。貴様一人でどうにかできるのか?」
少女を組み敷いてる男、どうやらエンスと呼ばれているようだ。
「でもですねぇ」と今度はハインと呼ばれた男が食い下がろうとした時だ。
「どうでもいいけどさ、そこをどけてくれ。」
突然第三者の声が割り込んできたのだった。そこにいた全員が、声がした方を見る。
「薬草が採れないんだけど。」
この場に似合わないセリフを発しながら、奇妙な格好をしたその少年は佇んでいたの
であった。
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