鞠気つき
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
約15000リットル。こう聞くと、何の量だか想像がつくかい?
これ、おおよそ人ひとりが一日で行う呼吸量だとされる。私たちが一回の呼吸で吸い込む空気の量は、500ミリペットボトル一本ほどとのことだから、おおよそ3万本に相当する空気と付き合っているわけだ。それも、毎日ね。
あらためて地球環境の広大さを感じざるを得ない。同時に、我々が呼吸にどれだけ頼っているのか、ということも。
平地に比べ、山のほうが空気が薄くて呼吸がつらいと評されるのは、しばしば耳にするだろう。だが厳密には空気が薄いというより、酸素が血液の中へあまり溶け込めなくなるのが体調不良につながるらしい。
人工的な建物が多くなりがちな平地より、緑が残っている山のほうがむしろ空気が濃いんじゃないの? と子供のときから根強く思っているんでね。取り込む側が問題だと聞いて、ある程度納得がいったところだよ。
その空気に関して、少し前に友達からちょっと不思議な話を聞いたんだ。耳に入れてみないかい?
友達は生まれたときからしばらく、肺の機能が他の人と異なる点があったというんだ。
詳しいことは教えてもらえなかったが、友達を診たお医者さんの話によると、友達の住んでいた地域特有の風土病というべきものらしい。
何も対策をとらなければ、のちのち高確率で死に至る。しかし、対策をしたならば成人するまでの間で、確実に治すことができるたぐいの病とのこと。
しかし、友達のように先天的に患っているケースは珍しく、多くの人は後天的に得るものだという。
症状としては、はためにしゃっくりが多めに見られる感じだが、本人としてはこのしゃっくりが出ている間、息をなかなか吸うことができない、というしろもの。たとえしゃっくりとしゃっくりの間の落ち着いているとみられるタイミングでも、実はろくに酸素を吸えている感じがしない、と友達は語る。
これのやっかいなところが、酸素ボンベのようによく知られた息をつぐやり方だと、効果が薄いという点。伝統的な対処法が存在して、それを使うのが確実なのだけども、これがまた不可解なものなんだ。
友達いわく、それは一か所に穴のあいた黄色いゴム鞠だったという。
件の病の症状が見られると、各施設に保管してある、栓をしたゴム鞠が用意されて、その栓をとられた上で口と鼻にあてがわれる。
そうすると、息がきっちりできるのだとか。身体の隅々へ酸素が染み渡っていき、手足の疲れが一気にとれるような、心地よさがあるのだとか。
このボンベのごとき鞠は使い捨てで、しゃっくりが止まったらそのまま処分することになる。その後、使用者の手で新しく補充することが望まれるんだ。
補充にあたり、地域ごとに指定された小山があり、そこの山頂で鞠つきをするようにいわれる。使う鞠もあらかじめ指定された、白いものを用意して行うんだ。
手でも足でも、自分のやりやすい方法で構わないが、直接体にタッチしなくてはならない点は、徹底して注意される。
ちょっとでも慣れている人ならば、各球技のドリブルやリフティングの要領でこなすことができるだろう、とのこと。口こそ開いているものの、この指定された場で臨む限り、鞠からは空気が抜けていく様子はなく、弾力を保てるのだとか。
この鞠つきをやめる合図は、音と揺れだ。
鞠をついているうち、やがてゴウウっと、渦を巻くような音が聞かれる。大量に貯められた水が、一度栓をあけられるや、そこへ殺到することで醸し出す、あのときのような音そっくりだとか。
一度、それが鳴り始めたら、鞠をつく手や足にも、鞠越しに揺れが伝わる。気を抜くと鞠越しに手足がしびれてしまうんじゃないか……そう思わせる強いものだとか。
それでも止めることは許されない。このままでは不完全に終わってしまうからだ。
こいつが鳴りやんだら、ようやく止めていい合図。栓をして鞠を持って帰るんだ。
きっちりやり遂げたなら、白い鞠はほどなく黄色へとその全身を染める。そしてまた来るしゃっくりの発作に備えることになるんだと。
鞠の詳細や山の選び方については、それに携わる仕事をしている人にしか教えられない秘密らしい。それでも古来、風土病を患う人の命脈を保ち続けてきたのは確かなのだとか。




