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大切な記憶

作者: 昶見宇登
掲載日:2026/09/02

もう十五年ほど前の話だ。


中学三年生の冬を迎えた頃、俺は夜の公園でブランコに揺られながら、親友と呼べる四人と将来の夢について話していた。


それぞれが、自分の夢や、なぜその職業に就きたいのかを笑顔で語っていく。


俺も、自分のなりたい職業について話した。


「俺は、リハビリの先生になりたい」


きっかけ自体は、本当に他愛もないものだった。


兄が薬学部に入り、ある日、兄とふざけ合っていたときのことだ。

転んだ兄を起こした俺に、兄は何気なく言った。


『リハビリの先生にでもなってみたらどうだ』


たった、その一言だった。


本当に偶然のような言葉だったのに、不思議と自分の中にすっと入ってきた。


――なんか、それがいいな。


そう思えた。


そんな中学生の他愛もない会話をしていた時間も終わり、月日はあっという間に過ぎていった。


小学生の頃から仲の良かった俺たちは、高校進学を機に離れ離れになった。


振り返ってみれば、中学三年生の一年間は、今でも特に印象に残っている。


授業をサボって親友の家でゲームをしたり、遅刻して先生に怒られたり。

怒られているのに、なぜかみんなで笑っていた。


家族との関係がうまくいっていなかった俺の話を、親身になって聞いてくれた親友のK・S。


みんなでカラオケに行って、『けいおん!』の曲を歌った。

カードゲームもした。


今思えば、何気ないことばかりだ。


それでも、あの頃の俺にとっては、とても濃く、大切な時間だった。


卒業式の日も、俺たちはいつものように親友の家へ集まった。


昔の話をしながら遊び、それぞれがそれぞれの高校へ進み、新しい生活を始めていった。


そして、高校入学と同時に、俺の人生にも大きな転機が訪れた。


両親の離婚だった。


高校の入学式を二日後に控えた日、両親から離婚することを告げられた。


多感な時期だった俺にとって、その事実は大きな衝撃だった。


けれど、それと同時に、どこかでこう思っていた。


――あぁ、俺の役割は終わったんだ。


俺にとって、父親のお守りをすることが家庭の中での役割だった。


父親が不機嫌にならないように、幼稚園の頃から機嫌を取っていた。


お年玉をもらえば、自分が本当に欲しいものよりも、父親と一緒に遊べるゲームを買った。


父親が楽しければ、機嫌が悪くならない。


母や兄が暴力を振るわれないように、とにかく父親の機嫌を取っていた。


子どもの俺なりに、家の中が壊れないようにしていたのだと思う。


そんな自分の役割が、両親の離婚によって一瞬にしてなくなった。


そこからの俺は、まるで抜け殻のようになった。


それまで以上に授業を真面目に聞くようになった。

家でも勉強するようになった。


けれど、自分が何のために頑張っているのかは、よく分からなかった。


ただ何かをしていなければならないような気がして、勉強をしていた。


そんな日々の中、家の近所を散歩していたとき、偶然K・Sに会った。


「最近、調子どう?」


そう聞かれて、俺は答えた。


「親が離婚した」


「大変だね。そういえば、来月俺の誕生日なんだ」


「そうなんだ。誕生日おめでとう。早く死ねるな」


冗談めかして言った俺の言葉に、K・Sは笑った。


俺も笑っていた。


もちろん、本気でそんなことを思っていたわけではない。


いつものような、くだらない冗談だった。


けれど、その後に見た夢は最悪だった。


K・Sがベッドの上でもがき苦しんでいる夢。


息も絶え絶えになりながら苦しんでいる彼を、俺はなぜか第三者のような視点から見ていた。


助けたいのに、何もしてやれない。


ただ、そのもどかしさだけが残った。


その夢のことを、俺は今でも忘れられない。


そして、その約一か月後の夜。


母親から言われた。


『K・S君……死んじゃったって』


「……………………嘘でしょ」


それ以上、言葉が出なかった。


俺の問いかけに返事はなかった。


俺はただ、ついていたテレビを呆然と見つめていた。


数日後、K・Sの葬儀に参列した。


棺の中にいる彼を見て、ようやく少しだけ現実を理解した。


「本当に死んだんだ…………」


虚無感と喪失感が、一気に心を覆った。


父親に続いて、今度は親友。


自分にとって大切な人が、次々といなくなっていく。


大きなストレスに押し潰されそうになっていることは、自分でも分かっていた。


それでも、それを認めたくなかった。


だから、がむしゃらに勉強した。


教室の掲示板には、理学療法士や作業療法士の仕事について紹介する張り紙があった。


それを見つめるたびに、俺は勉強した。


けれど、どれだけ勉強をしても、心にできた穴が埋まることはなかった。


両親が離婚してから、もともと父親が寝ていた場所で俺が眠るようになっていた。


枕も父親が使っていたものを、そのまま使っていた。


そこからは、まだ懐かしい父親の匂いがした。


ある夜、その枕で眠りについた俺は、一つの夢を見た。


夕暮れのような光が、中学校の教室を照らしていた。


教室の中には、四人の親友たちがいた。


みんなで一つの机を囲み、楽しそうに談笑している。


俺はその輪から一歩離れたところに立ち、みんなの姿を見ていた。


時間が経つにつれ、一人、また一人と席を立ち、教室から出ていった。


そして最後に残ったのが、K・Sだった。


K・Sは後ろから差し込む光に照らされながら、俺の方へ歩いてきた。


「楽しかったな」


「うん。凄く楽しかった」


「でも、もう行かなくちゃ」


そう言うと、K・Sは光の差す方へ振り返り、歩き始めた。


「行くなっ!! まだ、ここで楽しもうよ……」


俺は必死に叫んだ。


――あれが夢だったんだ。


――今が現実なんだ。


そう思いたかった。


辛かったことが全部夢で、今この教室にいる時間こそが現実ならいい。


涙を浮かべながら、俺は懇願するようにK・Sへ言葉を投げかけていた。


そんな俺を見て、K・Sは微笑んだ。


「もう、終わりなんだよ。ただ、ずっとしんどそうにしてるから、伝えたかっただけなんだ」


そして、少し間を置いて続けた。


「俺の分も生きてくれよな……。それと、リハビリの先生になって、困ってる人を助けてよ。俺の分まで生きてもらえるように」


そう言うと、K・Sの身体は光の方へ浮かび上がっていった。


その顔には、満足そうな笑顔が浮かんでいた。


いつもの彼と同じ、無邪気な笑顔だった。


その姿を見ながら、俺は泣いていた。


けれど同時に、笑ってもいた。


「絶対にリハビリの先生になって、お前の分も患者さんに良くなってもらうからっ!!」


俺の言葉を聞いたK・Sは、いつものように笑って、


「じゃあね」


そう言った。


そして、光の中へ消えていった。


その瞬間、俺は目を覚ました。


目からは涙が流れていた。


止めようとしても止まらず、嗚咽まで漏れていた。


それでも、不思議なことに、それまで胸の中にあった虚無感のようなものが消えていた。


代わりに、胸の奥が少しだけ温かくなっていた。


あの感覚を、俺は今でも覚えている。


あれから、多くの出来事があった。


親族には脳卒中になった人がいた。


大切にしたいと思った彼女には、障害による生活のしづらさがあった。


いろいろな人と出会い、いろいろな出来事を経験した。


そのたびに、あの日の約束を思い出した。


そして俺は、本当にリハビリの先生になった。


年に一度。


できる限り、K・Sのもとを訪れるようにしている。


線香に火をつけ、手を合わせながら、彼に報告する。


「約束通り、リハビリの先生になったぞ」


あの夜に交わした約束。


ようやく、その一歩を踏み出すことができた。


そして、もう一つ伝える。


「これからも頑張るから、応援してな」


夏の昼間。


見上げれば、雲の向こうまで続いていきそうな青空が広がっていた。


俺は、あの日の約束を果たすことができた。


――そう、思いたい。

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