焼け跡に咲くミルテの花〜いらない。私をいらない人達なんて!ドアマット式に姉と妹で親が差別するので目にもの見せる〜
穏やかな日差しが降り注ぐ、とある田舎町。
「はぁ」
ミルテは、双子の妹であるバーシェと並んで、両親の愛情を一身に受けて育った……はずだった。
「はぁーあ」
少なくとも、周囲の人間にはそう見えていた。
「今日もまた1日が始まる」
ミルテの心には、常に小さな棘が刺さっていた。モヤモヤ。両親の眼差しはいつもバーシェに注がれ、褒めの言葉も、優しい声かけもまるで、バーシェだけに向けられているようだったから。
差別なのだろうな。一人だけポツンと取り残され、透明人間になったかのような孤独感が押し寄せる。
幼い頃は、それが当たり前だと思っていたし、双子でも、少しばかり性格が違うだけ、誤差だったし。バーシェは明るく素直で、誰からも好かれるタイプ、一方のミルテは、内向的で少しばかり人見知り。
両親が明るいバーシェを可愛がるのは、自然なことなのだと、そう自分に言い聞かせていた十五歳の誕生日を迎えた日、ミルテの中で何かが音を立てて崩れ落ちる。
激しい頭痛と共に、鮮明すぎる映像が脳裏に流れ込んできたのだ。痛い頭を抱えて叫ぶ。
「こんなの、ドアマット!」
それは、前世の記憶で裕福な貴族の娘として生まれ、両親の愛情を一身に受け、何不自由なく暮らしていた自分。
(そうそう、そうだった)
ある日突然、全てを奪われ、孤独の中で息絶えた記憶の、小説で擦り切れるくらい、読んだ境遇。前世の記憶が蘇った瞬間、ミルテは理解した。
両親の愛情がバーシェに偏っているのは、単なる性格の違いなどではない。
あの人達は、明確にこちらを嫌悪していると、前世で深い愛情を知っていたからこそ、今世での扱いの差が、まるで針のようにミルテの心を突き刺した。
(あの人達は、私の親じゃないってこと)
なぜ、己だけがこんなにもないがしろにされるのだろうか?
前世は、あんなにも愛されていたのに。
湧き上がってきたのは、深い悲しみと、どうしようもない怒りで、優しかったはずの両親の笑顔が、今は歪んだ仮面のように見える。
笑顔はきっと偽物。バーシェの無邪気な笑顔さえ、どこか憎らしく感じてしまう、絶対に無邪気じゃない、こんな家で、こんな両親の元で、これ以上生きていく意味などない。
前世の記憶が鮮明であればあるほど、今世の自分の境遇が惨めに思えた。
「いる意味なんてないでしょ?」
ミルテの中でメラッ復讐の炎が燃え上がった。
「ね、ミルテ?」
激しい憎悪というよりも、諦めにも似た冷たい感情だ。
「いらない。私をいらない人達なんて」
もう、この家には何の未練もないので、全てやることにした。
両親が大切にしているもの、彼らの生活の基盤を全て奪い去り、二度と立ち上がれないようにしてやると口元が上がっていく。
少しはズタズタにされた心が、晴れるかもしれない計画は、時間をかけて慎重に進められた。
笑みを浮かべつつ両親が留守になる日を見計らい、少しずつ準備を進めた。
畑には油を撒き、家には密かに火薬を仕込む前世の記憶の中で得た知識が、こんな形で役に立つとは皮肉なもの。
(ばいばい)
決行の日の満月の夜、ミルテは静かに家を出て振り返ることなく、遠くの森へと足を進める背後で、轟音と共に赤い炎が夜空を焦がすのが見えた。
畑も、激しい爆発音と共に吹き飛んだだろうけどミルテの表情は、驚くほど冷静だし両親の悲鳴も、バーシェの泣き叫ぶ声も聞こえない。
燃え盛る炎が、自分の心に巣食っていた黒い感情を焼き尽くしていくような気がした。
「これで、終わり」
小さく呟き、ミルテは森の奥へと消えていく心には、どこか空虚なものが残っていた。ちょっとだけ。
復讐を果たしたはずなのに、満たされない。衝動的ではなかったにせよ両親の生活を破壊した、という罪悪感がないわけではない。というのも、人間だから。
それでも、あの家で過ごした日々を思い返すと、どうしても割り切れない感情が湧き上がってくる。洗脳?偽りの愛情?。
数日後、ミルテは小さな村に辿り着いたそこで、一軒の古びた食堂を営む老夫婦と出会う。
「すみません」
警戒しながらも事情を話すと、老夫婦は何も聞かずにミルテを住み込みで働かせてくれることになった。
「いいよ。なにも聞かないから」
食堂の仕事は忙しかったが、どこか温かかった。
「ありがとうございます」
客たちは皆、気さくで優しく、ミルテのぎこちない笑顔にも温かい言葉をかけてくれた。
「ミルテ。頑張ってるねぇ」
老夫婦も、実の孫のように優しく接してくれた。
「あ、ありがとうございます」
最初は戸惑った。他人から優しくされることに、慣れていなかったから日々の触れ合いの中で凍りついていた心が少しずつ溶けていくのを感じた。
(そういえば)
両親も、妹だけには優しかったからこそ妹にとってのみは、きっと最高の親だったと思う。
「私には悪魔だけど」
客の笑顔、老夫婦の温かい眼差し、何気ない会話のそれらは、これまで求めていたものだったのかもしれないとある日、常連の客が、困っている様子の子供に自分の食事を分けてあげているのを見た。
子供は嬉しそうに微笑み、何度も頭を下げて感謝を伝えている。
(親だ)
その光景を見た時、胸にじんわりとした温かいものが広がった。
記憶が蘇って以来、ずっと自分のことしか考えられなかった。
両親への恨み、自分の不幸やそればかりが頭の中を駆け巡り、周りの人間のことなど全く見えていなかった。
村の人は、皆優しい。
見返りを求めず、困っている人を助け、喜びを分かち合っているのを見やると自分が犯した罪の大きさを改めて痛感する。
両親は確かに、自分をないがしろにしたかもしれない、それは確かだ。
妹のバーシェの人生も大きく狂わせてしまっただろう。
悩む気持ちのまま後悔の念が、じわじわとミルテの心を蝕んでいく。
もっと冷静に、建設的な方法で自分の気持ちを伝えることはできなかったのだろうか?
何も言わずに、家を燃やしただけ。
食堂での生活は、ミルテに少しずつ変化をもたらして、他人への優しさ、感謝の気持ち、自分の過去と向き合う勇気。
「試し行為になるけど」
老夫婦に、自分の過去を打ち明け全てを話した後、老夫婦は静かにミルテの肩に手を置く。
「辛かったね。でも、あなたはまだ若い。これからいくらでもやり直せる」
老人の温かい言葉が、ミルテの心に深く染み渡り初めて、誰かに自分の罪を打ち明け、受け入れてもらえた気がする。
つきものが落ちた気分だとミルテは食堂の仕事に一層励むようになった。
客への気遣い、料理の腕前、掃除や洗濯、なんでもした、できることを精一杯やった。
村の人も頑張りを認め、温かく見守ってくれてから数年後、老夫婦から食堂を受け継ぎ、女将として店を切り盛りするようになる。
(あれから、私も色々あった)
相変わらず口数は少ないが笑顔は以前よりもずっと穏やかになった。
育ててもらったようなものであり村の人にとって、ミルテはかけがえのない一員という存在になっていたミルテの元に一人の若い女性が訪ねてくる。
どこか見覚えのある顔立ちは、成長したバーシェだった。
「お姉ちゃん……?」
バーシェの震える声に、ミルテは息をのんだ。
「バーシェ」
再会する日が来るとは思ってもいなかったのにバーシェは、涙ながらに語る。両親は全てを失い、今は小さな小屋でひっそりと暮らしていること、ずっとミルテを探していたこと。
「なんで?」
心は激しく揺れる。
憎しみは、長い年月の中で薄れていた。
「そう……」
残っていたのは、後悔と、ほんの少しの愛情だったのかもしれない。
「ごめんね、バーシェ」
絞り出すようなミルテの言葉に、バーシェは首を横に振った。
「私も……ごめんなさい。お姉ちゃんが辛い思いをしていたことに、気づいてあげられなくて」
二人の間には長い沈黙が流れ、過去への後悔と未来への不安が入り混じった時間だった。
ちょっとだけ、気付かなかったってなに?と僅かに反応しそうになる。
あの家にいて気付かないなんて、ありえない。
(それっぽく言ってるように聞こえるけど)
最終的に、ミルテはバーシェと共に、両親の元へ戻ることにした。
(バーシェ、小狡いところがあるから)
焼け跡から立ち直ることはできなかった両親は、以前の面影もなく、すっかり老い込んでいた。
(自業自得な部分もあると、思ってくれればそれでいい)
再会は、決して感動的なものではなかったので、じっと見つめるミルテは両親に、心の中でそっと謝罪した。
口で謝ることはない。だって、冷遇したこととは話が別なのだと再び故郷で生きることを選ぶ。
過去の清算であり、新たな始まりでもあったし嫌になったら、またあちらに行けばいい。今度はなにかする前に。
家族と住むことはない。向こうだって、おちおち寝られなくなるし、見に行ってみたら、片付けられている。
(そりゃ、片付けられてるよね)
ぼーっとしていたら何かが揺れたので、目をこらすと焼け跡には、小さな花が咲き始めていた。
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