のじゃロリ様の祠壊しちゃった!?
「おおおおおおおおおおおおおん! うおおおおおおおおおおおおおん!!」
山の中の祠、壊しちゃってえらいことになった。
「ほんっ……とうにごめんなさい!」
「ごめんで済んだら祟りはいらんのじゃ! おおおおおおおおおおおん!!」
のじゃのじゃ口調の幼女に泣かれたら、俺だって多少罪悪感ぐらい湧く。
山の中、壊した祠の前で突然現れた和服の少女。間違いなくここに祀られていた神様だ。地べたにへたり込んで絶賛号泣中の幼女に、俺は謝ることしかできない。
「本当にすいません! 山でバット素振りしてたら当たっちゃって」
「空き地でやれ馬鹿ものおおおおおおおおおおおおお!!」
「今どき空き地ないんすよ神様」
「だからって、こんなとこでやるでない! 常識を考えろたわけえええええ!!」
村長のじいさんに「お前あの祠壊したんか!?」とか、近所のおっちゃんに「祠壊したの? ハハ、じゃあ君、死んだね」なんて脅されてビビってたけど、正直焦って損した。
この調子なら、実際に祟り殺されえる心配はなさそうだ。
まあどっちにしても、悪いのは全面的に俺な訳だし、後始末はちゃんとしなきゃだけど。
「ところで神様、名前は?」
「ワシに名などない。神でもない、ただ山に住み着いておる妖のような者じゃ」
「そっかー。じゃあ『のじゃロリ様』でいっか」
「なにかよく分からんが、好きにせい……」
のじゃロリ様は目を真っ赤にして、祠の残骸の前で震えてた。
俺が砕いちゃった石の祠は半分抉れてる。崩れてもう原型は残っていない。
「ああ、石が粉砕されとる……ごめんのぉ子供たち。これじゃもう直せそうにない」
「のじゃロリ様、やっぱこの祠に愛着あるんすね」
「そりゃお主……! こんな小さい祠でも、ワシにとっては家も同然だったんじゃ」
「こんな小さいとこなら、熊の巣穴とかのが住み心地良さそうなのに」
「腐っても人型の幼女によくそんなこと言えるの?」
流石にデリカシーがなさすぎたみたいだ。のじゃロリ様はまた声を上げて泣き始める。
下手に慰めようとすることはやめて、俺は解決策を一個考えた。
「祠って作んのになんか特別な工程いる? この造りは別として、呪文やら儀式が必要だとか」
「祈祷や祭りなどは村の者に行われておるが、この祠にそういった不思議なものは何もない。ただの形が整った石に過ぎないのじゃ」
「じゃあ祟りとか清めとか人間が勝手にやってるだけじゃん。あんま意味ないな」
「じゃが、それがどうした?」
「いや、祠壊しちゃって、のじゃロリ様をこのまま放置ってできないじゃん? 俺が家ぶっ壊しちゃった張本人なんだから」
さっきまで肩が跳ねていたのじゃロリ様も、ようやく収まってきたみたいだった。
泣き疲れてぼうっとした表情で俺の事を今も見つめてる。
「儀式とかそういうの必要ないなら、素人大工だけど俺が新しい家をプレゼントするぜ!」
「ぷれぜんと?」
「そう、贈り物ってこと! この際だから、小屋程度の大きさまでなら要望何でも聞くぜ?」
「具体的には、どんなのじゃ?」
「う~んそうだなぁ。横になれるスペース作るとか、布団とオヤツ用の机置くとか、好きな部屋を作るみたいな?」
考え出すとこの手のアイディアは止まらないもんだ。
こんな可愛い女の子にまたあの地味な祠をまんまってのはどうも忍びない。
妖でも神様でもそこら辺人間と同じなら、きっと荘厳な屋敷なんかより住み心地の良い住まいの方がよっぽど嬉しいだろう。
「のじゃロリ様が良けりゃ、こんな山奥じゃなくてもっと賑やかなとこに作っても良いし、内装も和風じゃなくてシャレたコテージみたいな造りにしても良い」
「こてぇじ、とな?」
「洋風ってこと。のじゃロリ様の時代がいつか分かんないけど、ネットの画像見せて気に入ったやつあれば、それに近付けるよ」
「詳しいことは分からぬが、楽しそうよのぉ」
涙もすっかり乾いて、のじゃロリ様もあどけない顔で嬉しそうにしていた。
その目が期待に胸膨らませてる女の子の眼差し、子供を見てるばあちゃんの眼差しなのかは分かんないけど。明るい話はのじゃロリ様も嫌いじゃなさそうだ。
「そうだ、のじゃロリ様! 完成するまでの間、俺の家来ない?」
「お主の家に?」
「のじゃロリ様ってさ、他の人からは姿見えないだろ?」
「ま、まあそうじゃな……神社の者は見えるかもしれんが」
「見えたら親戚の子とかって言って、そうじゃなけりゃそのまんま過ごせるな!」
経緯はロクでもなかったけど、俺としちゃこの出会いも大切にしたい。
村にはちょうど同い年の若いヤツがいなかったから、良い話し相手になってくれるかもしれない。そんな気持ちもちょっぴりあることだし。
「お詫びって言っちゃあれだけど、これも縁ってやつなんだしさ。のじゃロリ様のこと、もてなさせてよ!」
「……悪戯の過ぎる小僧じゃが、お主は真っ直ぐな良い子やのぉ」
その頬を少し染めたのじゃロリ様に、少し胸が弾んだのは俺の中での秘密だ。
俺はロリコンじゃないが、妖しい幼女の色っぽい笑みに耐性もそこまでない。
「……ところでお主、この村に来てからどれぐらいじゃ?」
「え? 二年ぐらい前、高校上がる前に引越してきたよ」
「ああ、通りで知らんわけじゃ。その落ち着きようも納得できたわ」
さっきまでとは打って変わって、どこか陰のあるような表情でのじゃロリ様は呟いた。
それについて聞こうか迷ってると、俺の後ろを指さしてのじゃロリ様は急に叫んだ。
「き、来よった! やつら、来よったぞ!」
何かに怯えるみたいに、ガラスを引っ掻いたような声を上げる。
「いったい誰……って、あれ?」
山道を上がってきたのは村の男達だった。
警告してくれた村長や近所のおっちゃんだけじゃない、村の男手が勢揃いで上って来る。農具や工事の道具を持ってきて、ぞろぞろと集まった。
「そ、村長? それに、村のおじさんたちも、みんなどうしたの?」
異様な空気を悟って、それ以上は普通に声を出せなかった。
誰一人笑いもせず、能面のような表情か険しい顔をして俺のことをジッと見ている。
逃がさないように、視線で掴まれている。
尋常じゃない様子に気圧されて、仰け反りながら一歩後ろに下がった。
「あの、ごめ――――」
「土地神様に詫びなさい」
じいさんのスコップが側頭部に叩き付けられて、俺の視界に彼岸花が咲いた。
「あああああああ! またじゃ、また殺されるううううううううううう!」
地面に倒れ込んで、金切り声の慟哭が耳を引き裂いた。それも鋤や鍬の鈍い音で埋められてしまう。
頬が触れた土は湿っていて、落ちた葉の雫の冷たさが肌から染みこんでくる。でも段々と、生温かい真っ赤な池が山道を犯していく。
地面に投げ出された意識は、重くて鋭い痛みで引き戻される。
農具が振るわれる度、工具が身を刻む度、視界が地面と体を行き来する。
「村の子供が、また殺されてしまうううううううううう!!」
鳴りやまない。鐘の音が鳴りやまない。
冷たい鉄で叩かれて、頭蓋の中で震える音が反響する。
骨が砕かれる振動が、肉を擦り潰される感触が、背骨から伝わって脳で弾ける。
震えている。悶えている。声も出せない。痛い。ただ痛みだけが血肉を巡る。音は耳鳴りを遮ってでも侵入する。痛い。麻痺する前に足から少しづつ削られる。痛い。痛い。筋を丁寧に細かに断ち切られていく。痛い。痛い。痛い。簡単に失神させてくれない。もう足首は両方ない。喪失感が這い上がる。痛い。痛い。痛い。痛い。
「お願いじゃ、もうこれ以上は……ワシはこんなもの、望んでなどおらぬ!」
皮が破れて、山の風が腿に当たる。叩きつけられる農具や工具のペースが落ち始めた。
疲れたのか、満足したのか――いや違う。みんな知っている。長く痛めつけるやり方を知っている。頭を胸を潰さず長く痛みを与える方法を知っている。
熱くて、痺れて、凍てつく感覚は忘れてくれない。
鈍器の音が緩やかになって、遠くなった耳でも、周りの声が聞こえ出す。
「馬鹿者が、祠を壊しおって。もしこれで土地神様が災いを起こされたら……」
「けど村長、良いタイミングだったんじゃないですか? 《《前の子供》》も、祭りから結構経つでしょう」
「そうじゃな。これで他の子らへの戒めにもなると考えればよいか」
鉛を土に落としたような、重く低い老人の声が耳の内側にこびりついた。
「これ以上人柱が増えては、村の存続も危ういからのお」
俺はようやく、この地面がやけに柔らかいことに気が付いた。この下で先人が待っていたことを、今になって悟った。
「祠は宮司と村の生娘たちで作らせましょう。子供の代わりまでいかなくても、初物の血を混ぜれば土地神様も少しは落ち着くでしょう」
「決まりじゃ。それとこの周囲は柵で覆ってしまおう。馬鹿者が侵入した時に備えて、トラバサミでも仕掛けてな」
腹の中が、軽くなり始めてから、やっと痛みも溶けてきた。
世界が、飽和する。土と自分の境も、分からなくなる。
「可哀想に、可哀想に、ううぅ……」
頭を潰される直前。幼女の悲痛な嘆きが、脳髄の中身を掻きまわした。
「――――どうして、祠を壊しただけじゃのに」




