世界の終わりと破壊神
「明日世界が終わる、さてなにをしようか?」
と、ぼくは稲村君に問うた
「そうだなあ。ロシアかなんかの映画にあったな、ヤリまくる」
彼は腰を振りつつ「しかし、ここに女はいないし、探しにに行くのも面倒だよな」と言った
「まったく、明日世界が終わるというのに、男二人集まってなにやってるんだろう」
「大人しく酒飲んでる」
稲村はジョッキを飲み干した
「死生は命にあり、富貴は天にあり、と中国の諺に言うけど、死生も天にあったんだなあ、直径百キロの小惑星か、小というにはデカすぎるけど」
ぼくは言いながら、窓から外を見た
晴れ渡った夜空にオーロラがはためいていた
「大阪の空になんでオーロラなんだ?」
稲村も寄って来て、首を傾げる
「太陽による磁場の変化か? 小惑星とは無関ないのにな。でも、世界の終わりって雰囲気がでてるよなあ」
「虚しいよな」
ぼくがため息混じりに言うと、彼もため息を吐いた
「世界を守る使命を与えられて戦い続けた日々、あれは何だったんだろう」
「世界を守って二百年。辛い日々だったが、僕らの頑張りのおかげで今日も世界があると思うと誇らしかったし、喜びでもあった」
僕が言うと、稲村君も頷いた
「その挙句に、宇宙からの隕石で世界が滅んで仕舞うって、馬鹿にしてるよな。オレたちにはなんもできない。地球外なんて管轄外だもんなあ」
「アントネールさんて破壊神が居たっけ、一万年の眠りから覚めて全地表を破壊し尽くすとかいうのを、ぼくらが戦ってもう一度封印して眠らせたっけ。あの時は大変だったのに」
と、ぼくも愚痴る
あの時は、激しく、世界の命運を賭けた戦いだった
「結局、世界の寿命が百年ほど伸びたってだけって事だったけど、百年は意味はあるのかな。まったく、世界の命運をかけて戦ってるつもりだったのに、地球外からの小惑星一発で終わりだなんて詐欺だよね」
「そうだねえ」
言いながら、暫し稲村が考え込んで、
「破壊神さんを起こしに行かないか?」
と言った
「うんにゃ?」
とぼくは答えた
「眠ってる破壊神さんを叩き起こしてだなあ、世界があと二時間で終わるって教えてやるんだ。どんな顔するかなあと思うと楽しみだろ。行ってみようや」
なるほど地球最後の日の娯楽としては楽しいかもしれない
「行ってみるか」
「行こう行こう」
となって車を走らせることになった
山の中腹の裏寂れた神社の小さな社殿の奥に淀んだ沼があって、亀の休息のために作られたような苔生した岩山が見えている
「おお、あれだな」
と稲村が懐かしそうに言った
岩の重みと岩にかけられた呪文の重さとで、破壊神は、上下の岩の間で押しつぶされているのだ
根が丈夫な質なのだろう、押し潰されながら眠っている
「呪文を解けば、破壊神さんの復活か、楽しみだな」
稲村は嬉しそうだ
目覚めて、さあ世界を滅ぼすぞと張り切っても、世界の命運は既に尽きていて、あと二時間余りで終わってしまうのだ
「巨大隕石の直撃で破壊神さんも滅ぶのかね、それとも、生き残って、まだ破壊できそうな場所を探すのか」
稲村は少し考えて
「この辺りに直撃するそうだから、流石に生き残るのは無理じゃないかな。どっちでもいいような事だけどな」
と投げやりなことを言った
「いくぞ」
「うん」
と二人して、魔王を封印している呪文を解いた
ドカンと大きな音と共に岩が吹っ飛んで、水飛沫と砂埃の中から破壊神が現れた
破壊神と言っても大きいわけではない
顔が超イケメンで目や髪が赤いことを除けばごく普通の女である
「復活したぞ、イザ全地表に破壊と混乱を……」
言いかけた処で、眼前の二人に気付いた
「何だいお前達は? また我が復活の邪魔をしに来たのか?」
ぼくらは、二人して、プルプルと首をふった
「誤解だ! それどころか、なんと、復活させてやったのが俺たちなんだ」
稲村が言うと、破壊神は怪訝な顔をした
「何故? 心を入れ替えて、我と共に世界を破壊し尽くそうという気になったの」
「まさか、いや、世界があんたに関係なく滅びようとしているので、それを知ってあんたがどんな顔をするか、それを肴に一杯飲みたいと思っただけだ」
持って来た酒樽と盃を破壊神の前に置き、並々と酒を注いだ
「どういうことだ?」
「小惑星が隕石と化して突っ込んできて、あと一時間程度で世界が滅ぶんだな、これが。見上げれば、太陽の少し横いら辺にポツンと黒い点が見えるだろう、あれがそうなのだ」
ぼくが説明すると、破壊神が宇宙を見上げてため息を吐いた
「世界が今まさに滅ぶ。あんたの希望通りになるんだ。嬉しいか?」
稲村がきくと、破壊神は不機嫌そうに首を振った
「破壊の喜び、これこそが我が悦楽である。勝手に滅んでもらったのでは何の楽しみも喜びも無いわ」
「なら」とぼくが言った「破壊神よ、その名にかけて、お主の力であの隕石を破壊できないか?」
「お前達がやればいい、我は見てる」
「無理だ。管轄外なんだ」
「我とて同じ。地上は破壊できても、宇宙は無理」
「ううむ、破壊神とは名ばかりの役立たずめ!」
ぼくが罵ると、破壊神は中指を立てた
「人のことは言えないでしょう。役立たずどもめ」
こんな風に罵り合っているうちに、隕石は秒読み段階になってきた
「終わりだ、終わりだ、いま滅びなむ」
ぼくが叫んだ時、突然空にポッカリ穴が空いて、巨大隕石はその穴に呑み込まれて消えてしまった
「はあ?」
と稲村が叫んだ
と、その時、目の前の空間に穴が空いて、遮光器土偶みたいな目のでかいのが出てきた
「君たち」と、ぼくと稲村に遮光器土偶が言った
「宇宙の脅威は去った」
チラリと破壊神を見て
「地上の平和は君らに任す」
「待て、待ってくれ、そっちで何とかすると、何故もうちょっと早く言ってくれなかったんだ? 厄介なのなのを起こす前に」
ぼくがぼやくのを聞き流しつつ、土偶はどでかい目でウインクして、そのまま消えてしまった
「酷いな、どうしよう?」
ぼくがきくと稲村は
「酒でも呑むか、一緒にどうです? 百年も水に浸かっていた所為か、顔色悪いですよ」
と破壊神を誘った
「そうね、世界を破壊する前の景気づけなるかもね」
とりあえずの宴会が始まった