屋根裏からの下克上
「エリック様、お食事の時間です」
「やだ。まだ遊ぶ」
「いけませんよ。ご飯の時間は決まっているのですから。食べれる時に食べておかないと。要らないのであれば、私がいただきますけど」
「それはダメ!」
彼はそう叫ぶと、大慌てで席について食べ始めた。そんな姿が微笑ましい。
八歳の彼がいるここは、屋根裏部屋。とある貴族の妾の子だかなんだかで、ぞんざいな扱いを受けて生活していた。
だが、私は知っている。彼は実は国王の落とし子で、近い将来国王として君臨することを。何故なら、私は転生者で、この世界は前世で私がプレーしていたゲームの世界だから。
今のうちに彼に恩を売って、死ぬまで安泰に暮らそう。そう打算的にお世話をしていたけれど。彼の純朴さと素直さに、いつしか愛情が芽生え、本当の家族のように思うようになった。
そして使者がお迎えに来て、お別れになったのだけれど。この十年、彼が私に会いに来たことは一度もない。
「計算が狂ったなぁ……」
店のカウンターで一人ごちる。
結局、彼に恩を売ることができず、必死に働いてお金を貯め、今は小さなカフェを開いて慎ましく生活していた。
「会いたいと思ってんのは私だけか」
切ない想いが床に落ちる。
彼は元気に過ごしているだろうか。いじめられてはいないだろうか。一目でいいから会いたい。これは打算もなにもない素直な気持ち。
その時、突然店の扉が開いた。そして、一人の青年が入ってくる。
「ごめんなさい、もう閉店時間なんです」
「知ってるよ。俺は君に会いに来たんだ」
そういうと、青年は私に抱きついた。
「やっと会えたね、ジーナ。迎えに来たよ」
「やっとって……まさかエリック様?」
彼は頷く。それを確認して、私は遠慮なく彼の顔を触りまくった。
「まあ、大きくなられて。それにこんなにイケメンになって。お元気でしたか?」
「元気だったよ。ジーナのことは片時も忘れたことはなかった」
「私もです」
やっときたー! お迎えフラグ! これを待っていたのよ。これで王子となった彼から恩恵を受けて安泰に暮らせる!
そう心の中でガッツポーズをしていたその時、隣にいた従者が彼に声をかけた。
「魔王様、そろそろお時間です」
「わかっている」
ん? 魔王? 今のは聞き間違いか?
「あの、エリック様。今魔王って……」
すると、彼は純朴な顔から一転、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「知らなかったの? 俺、実は魔王の落とし子だったんだよ」
「え……えぇ!?」
魔王って確か、人間界と敵対している魔族の王よね。ゲームのラスボスじゃん。ちょっと待って、話が違う!
「エリック様、すみません。私、急用を思い出したので失礼させていただきます」
そそくさと逃げようとすると、彼にがっつり腕を掴まれた。
「言ったでしょ? 迎えに来たって。今下僕達が君の荷物を運んでるから、こっちの世界に君の居場所ははもう無いよ」
「そんな……っ」
「君、打算的に俺のお世話してたでしょ?」
げっ、バレてる。
「国王の子だと勘違いしてるなーって気付いたから、逆に利用させてもらったよ。君、純朴そうな少年が好きみたいだったから」
「ま、まさかあれはあなた様の演技……っ」
エリック様はにっこり微笑んで「うん」と頷いた。何この腹黒魔王。今は悪魔の微笑みにしか見えん。
「でも、途中で本当の家族みたいに思ってくれてることにも気付いてた。だから嬉しかったんだ、ずっと俺のそばにいてくれたことが」
「エリック様……」
「だからね、これからは本当の家族になろうかと思って」
「は?」
わけがわからず間抜けな顔をしている私の顎を、エリック様はクイッと持ち上げた。
「結婚しよう、ジーナ。オッケーならこのキスを受け入れて」
赤く透き通った瞳が、私の汚れた心を射抜く。
魔王はゲームのラスボス。順当にゲームを進めれば人間達に滅ぼされてしまう運命。身の破滅。安泰とは正反対の人生。
そこまでわかっているのに、私は彼の手を振り払うことはせず、ただ静かに目を閉じた。そのすぐ後に、柔らかい何かが唇に触れる。その気持ち良さに思わず身体が熱くなった。
「……今のは、老後まで安泰に暮らすために仕方なくですから」
「知ってる。だからこそ覚悟して。これからは俺なしじゃ生きられなくなるくらいドロドロに愛してあげるから」
「なっ……!」
顔を真っ赤にして口をパクパクさせている私を見て、彼は満足そうに笑う。その後で私をお姫様抱っこした。
「さあ、急ごう。あまり人間界に長くいると、騎士団が動き出すからね。無益な争いは極力避けたい」
「……良い心がけだと思います」
「しっかり掴まっててね、俺の奥さん」
そうして、私は魔王の妻となり、いっかいの使用人から魔界の王妃にまで上り詰めたのだけれど。
その先がバッドエンドだったかどうかは、ご想像にお任せする。