~9 セイラさんの罠~
それまでセイラさんとの会話に聞き耳を立てていた
周りの客達も一段落ついたような雰囲気に
話を再開し始めたようで
ガヤガヤと酒場らしい雰囲気が戻った。
ただし、
「誰だ、あいつ?
新顔がセイラさんとメシだと!!」
「チッ……」
「ダンジョンで会ったら気を付けろよ」
などなど、
セイラさんファンからの野次は物騒なモノも含め
ーーそもそも仲良くは話してないからね、
恐怖が支配してるだけだから!!(タケル談)ーー
その後も暫く続いていたのだが、
「おいガトーよ、
ワシも軽くじゃが食べるから何か頼む。
小僧と一緒に食べちまうわい」
「あいよ、落ち着いたようだな。
まぁウマいメシでも食やぁイライラもスッ飛ぶさ」
そういってオッチャンは奥の厨房へ消えていった。
その後すぐに強そうなお酒がセイラさんのところへ
やって来た。
「フン、まぁとりあえずは飲むとしようか。
話はそれからじゃ。
ほれ、お主も早く食わんか。
冷めてしまってはガトーに申し訳が立たんぞ」
自己中全開に溜息を吐きそうになるが、
非常に危険なので堪える。
『ま、まぁタケル、
こういう方ですから気にしてたら
キリがないですよ』
サクラの一言に気持ちを切り替え、
美味そうな食事に集中することにした。
ポモドのスープ。
これはトマトっぽい味の
野菜がたくさん入った赤いスープだ。
パンにも良く合う。
カバロ。
これは見た目からもキャベツで良いと思う。
シャクシャクした食感がフィーネ湖の魚のサバ、
ドレッシングと絶妙に合っている。
ドレッシングは少し酸味の聞いたレモンと酢橘を
合わせたような味だ。
まぁこちらも口の中をさっぱりさせてくれて
美味い。
ちなみに魚、
名前はサバだが淡水魚でどっちかというと
マスに近い魚である。
あとはさっきの肉系。
ハーピーとブルを頬張りつつパンを食べ、
スープを啜りといった感じで、
ひたすら三角食いを敢行していた。
量が量だけに一度でも気を抜けば
もう二度と完食道への復帰は適うまい。
油断せず味わいつつも三角食いを敢行していると
セイラさんの食事も来たようだ。
おつまみ程度のものだと思っていたのだが
思いの外皿が大きい。
「先ほどから見ておるが、オヌシ小食じゃのぅ。
そんなんで魔物が倒せるのか疑問じゃわ。
さて、つまみも来たことじゃし
ワシも食べようかの」
つまみがブルの肉のたたき?
あと、ブルのステーキが5枚ほどの
アンタからしたら、そりゃ小食だろうけど
エルフってこんな大食いだったっけ?
そもそもつまみじゃなく普通の食事だったら
どんな量なんだ?
ほんでもってその細い体のどこに入るのか
不思議でならない。
そんなことを思っていると
優雅にブルの肉をつまみ
コクコクと水のように酒を飲むセイラさんが
徐に半身になり口を開いた。
「のう小僧よ、お主どこから来たのじゃ?」
さっきと打って変わって、
少し目を細め微笑を浮かべた優し気な表情だ。
酔ってはいないのだろうが少し距離が近い。
いい匂いがするぅ……
『コラー!! 近い近い!!』
いつもこういう感じなら
大歓迎なんだけどなぁぁ……
エヘヘ
『コラー! タケルも惑わされない!!』
サクラがなんか言ってるけど
関係なく見惚れてしまうほどの美貌だ。
「コレ、なにをボ~っとしておる。
チチばかり見ておらんで質問に答えんか。
チチぐらい後でいくらでも揉ませてやるわい。
ホレホレ」
両手を胸の下からユサユサと振るわせ
こっちに近付けてくる。
チチは見てなかったんだけど……
いま見たけど、スゲェなっ!!
いつもはここでサクラの低い冷たい突っ込みが
入るのだが、
今回は彼女もその爆発的胸囲を攻撃的に使用する
セイラを見て圧倒されているようだ。
『ス、スゴイ』
「いや、見てないし揉まないから」
「フン、おもしろくない奴じゃ」
とりあえずチチの話は置いといて
質問に答えることにした。
「えーと、確かオレがどこから来たか。だったよね」
「そうじゃ」
「オレはフォルス山脈の向こうから来たんだけど?」
ホ~
と少し関心を示した目をしながら
更に質問を重ねる。
「そうかそうか、西からのう。
では聞くが、
あそこには頂上近くにワイバーンといってな、
ちとやっかいな下位竜種が番で棲んでおってな」
ヘェ~。
純粋に興味のある話題だったので
その先を促そうと何度か頷いて見せた。
「それでじゃな、
お主あのフォルス山脈を越えてきたんじゃろ?
山の稜線を超えるルートは
ワイバーンで厳しかろう?
とするとじゃ、
山の麓を迂回して来たということかの?」
オレは深く考えず、そうだと答えた。
ニヤリ
と耳まで裂けそうな笑いが
セイラの顔に張り付いた。
(エ~~? なんか変なこと言ったっけ?)
『話の矛盾点を探っているように思います』
(へ?)
間抜けな心の声が終わらないうちにサクラが、
『フォルス山脈の向こうには、
確かにエルフの森があるのは確認済みです。
タケルもガトーさんから聞きましたよね?
ということは
隣町との交流が全くないということが無い限り
このフィーネの街にも山を越えてやってくることは
間違いありません。
ここまでは何の問題もないとすれば
フォルス山脈の迂回ルートという部分が矛盾点の
可能性が高いですね』
(ちょ、
矛盾点って迂回ルートは通れないとかってこと?)
『そうですね、しかしなぜそんなことをするのか?
そこが分かりませんね』
オレがサクラと会話しているのが分からない
セイラさんは訝し気な表情でオレを見て、
「ん、どうしたのじゃ?
何か変なことを聞いたかのぅ?」
シタリ顔でニヤニヤとこちらを見ている。
そして今回の目的の一つは果たした
と言わんばかりに、
サクラの推測から予想された言葉が
表情を一変させたセイラから放たれた。
「嘘を吐いておるな貴様!!」
その言葉を聞いて
タケルは冷たい汗が背中に流れるのを感じ、
転移で逃げたい衝動に駆られながら、
こちらを射抜くような視線を横目に
その不安を振り払うようにブル肉を頬張りつつ……
言い訳を考えていた。
そんなタケルを横目にセイラの酒は進む。
「お代わりじゃ!」
「はいよ! 空きコップはそこな」
セイラさんとオッチャンの遣り取りは
タケルの頭を素通りしていた。
タケルは頭をフル回転させ言い訳を考えていたが
結論が出るより先にサクラからの提案があった。
『聞こえないフリしましょう』
(アホか!!
高齢者ではあるだろうけど通用するか!!)
セイラさんは
さっきサクラが予想した通りの矛盾ーー
要するにフォルス山脈の迂回ルートは
現在通行止め。
雪崩だってさ!!
ーーをオレたちに話し、
「さて、ホントのところを教えてもらおうか」
と言って、
凄くニッコリしている顔と威圧感のギャップが
怖すぎてシャツが背中に張り付くようだ。
しっかしなんでこんな気にすんだろ?
なんか怪しいのかオレ? ギルド職員の責務だ!!
とか……ではなさそうだしこの人。
面倒事避けたいだけなんだけど
既に巻き込まれてる感じか?
うわぁ~~イヤだぁ~~どうしよ~~
「オレは飛べんのさ!」
とかも拙いしなぁ……
あのギルドカード見てるし
受付したのセイラさんだし、
そんなことしたら別のことで詰められるしなぁ……
ック!!
このプレッシャーに耐えられる時間は
然程長くない。
時間にして数秒の沈黙を保った後、
勇気を振り絞って告げた。
「エッ!! なんて?」
『……』
オレはサクラの案を採用した。
肉に向けていた視線をセイラさんに向け、
恐怖を噛み殺しながらアホ顔と耳に手を当てる
素振りで聞こえていない、
否聞きたくないことを主張してみる。
「フム、ここまで追い詰められ、
それでも白を切り通したいということは
相当に厄介な秘密を持っておるな貴様」
だが先程店に入って来た時のような
怒気を孕んだ笑顔から漏れ出る独特の
周囲数メートルをカバーするような、
天敵に睨まれた獲物が感じるような
恐怖はなかった。
あくまでも冷静に
オレの態度を分析しているようだ。
いつもの能天気なタケルなら怒られなかったのを
喜んでいるところだが、
セイラはタケルの態度を見て
自身の想像した以上の秘密を抱えていることを
推理したと考えられるため手放しで喜べなかった。
(イヤ、そもそもそんなに言うほどの
秘密ってないんだけど……
それよりオレのアホ顔にもかかわらず
その冷静さが逆に怖いよ……)
そんなことを考えているタケルに
セイラが優しく話し掛ける。
「まぁ、聞け」
それまでこちらに視線を送っていたセイラが、
徐にお代わりの酒を呷りながら言う。
「お主が嘘を吐いていることを
責めているのではないのじゃ」
……確かに怒っている様子はなさそうだ。
一時期の威圧感ももうない。
かと言って
普通の美人姉さんに戻ったわけでもないことは、
こちらを見透かそうとする鋭い眼からも分かる。
危機は一旦回避されたようだが油断はできない。
「フム、いずれにしろここでは話辛いこと
この上ないわ。
まずは食事をしてから
貴様の部屋でゆっくり話すとしようか」
そう言うと残りのおつまみを食べながら
ガトーさんにもう1杯お代わりを頼み、
その最後のひと口を飲み干すと
同時にキッチリとオツマミも食べ終えていた。
タケルとサクラは勝手に自分たちの部屋に
やって来る流れになっていることに
困惑しているが、
そんなことは気にも留めてもいないようで
事はズイズイと進んでいく。
「ウム、相変わらず料理だけは
褒めてやっても良いな。
馳走になったなガトー」
それを聞いたガトーさんが奥の方から顔を出すと、
「ヘッ!
相変わらず褒めてんのかなんなのか分からんが
お粗末さん!」
同じく食べ終わっていたタケルたちも
慌てて席を立つ。
「オッチャンご馳走様!」
「オウ! ウチのカミさんにも言ってあるから
今日はゆっくり……
出来たらいいな!!」
横目でセイラさんを見てそう言った……
セイラさんはチラッと声のした方向を見たが
ガトーさんは隠れるように
サッと厨房の奥へ戻ってしまった。
「フン」
セイラさんは、
それだけ言って宿屋へと通じている扉を開け
ショコラさんに部屋への案内を頼んでいた。
(マ、マジか!?)
顔には出していないが
ーー出すと圧殺されそうだから(タケル談)ーー
困惑するタケルとセイラを部屋に案内しながら
宿の説明をするショコラ。
「朝食は隣の酒場で9時から11時までやってるから
適当に行きな。
あと風呂は1階にあるからね。
なんか分からないことがあったら
だいたいは受付にいるからいつでも言いな。
それとーー
タケルの事情は露知らず、
それよりもショコラさんからすると
珍しかったようで、
ーーセイラ、あんたにしちゃ珍しいじゃないか。
部屋で話なんて」
(いや、オッケーしてないし……)
口には出せないタケル。
「要らぬ世話をしとらんでサッサと行かんか。
ちとこの小僧に確認したいことがあるだけじゃ」
「そうかい。
ただアンタは腕っぷしが強いから
逆にタケルが心配なんだよ!!
タケルは強そうに見えないからねぇ。
アンタにかかりゃあっと言う間に……
っとゴメンよタケル、本音が出ちまったよ。
考えたことがすぐ口を突いて出ちまう。
損な性分だよねぇ全く」
……やっぱ夫婦って似るもんなのかぁ。
似た者同士が夫婦になるのか。
確かガトーさんのオレ評もこんなだったよな。
「いやいやご心配ありがとうございます」
オレがそう言うと
ショコラさんは下からの呼び鈴もあって
急いで部屋から出て行き思い出したように
後戻りして扉から顔を半分覗かせて、
「襲うんじゃないよセイラ」
クククと声が聞こえそうな顔をしたショコラが
揶揄かいがてらそんなことを言って
足早に去っていく。
「よけいなお世話じゃ!!」
と言ってベッドにあった枕を
扉に投げつけるセイラ。
二人にとってはいつもの遣り取りなんだろうと
微笑ましく見ていたものの、
現実逃避できるほどの時間もなく。
(さて、どうしたもんか。
今更断る雰囲気でもないしなぁ……
ハァァァ……長い夜になりそうだぁ……)
溜息と同様に
長くならないことを祈るばかりのタケルであった。




