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一話

 わたくしは陰陽頭の安倍吉勝の娘として、生まれた。


 母は鈴子といい、さる高貴な家の生まれだった。両親にはわたくしの他にも妹を一人もうけている。

 吉勝もとい、父は常陸(ひたち)の国守も兼任していて自邸にはいない。母やわたくし、妹の浩子、家人や女房などで留守を守っていた。


「……錠子(さだこ)、今日も殿から文が届きましたよ」


「母上、父上はお元気ですか?」


「文には単身だと、寂しさが堪えるとあるわ。それはそうよね」


 母はそう言って、ふんわりと笑う。わたくしは相づちを打つ。もう、父が常陸に赴いてから半年が経っていた。母が文を手渡してくれる。読んでみた。


<鈴子へ


 元気にしているだろうか?


 私も歳のせいか、単身で赴くのはなかなかに疲れるようになった。


 娘達も息災か?


 それが気になって夜もろくに眠れないよ。


 それでは、さようなら。


 吉勝より>


 短くそう書いてあった。父らしいなと思う。わたくしは文を母に返した。大丈夫だろうかと父が心配になる。ほうとため息をついた。


 あれから、十日が過ぎた。父が任地から戻るのは、早くても後三年くらいにはなる。という事は、わたくしが裳着の式を済ませてからになるだろう。現在、わたくしは十一歳になっていた。母もそれを意識して少しずつ、準備をしてくれている。


「錠子、今日は縫い物を一緒にしましょう。裳着に使う衣装を手伝ってちょうだいな」


「はい、わかりました」


 母はそう言って、裳着に使うらしい唐衣を出してきた。お裁縫箱も出して、唐衣に刺繍を入れていく。母に教えてもらいながらだが。一針ずつ丁寧にしていった。妹の浩子はお庭に出て、鞠つきをしている。二人程、女童(めのわらわ)が一緒に遊んでいた。楽しそうだが、刺繍に集中した。ちなみに浩子は今年で八歳になる。


「錠子、考え事ですか?」


「あ、ごめんなさい」


「いいのよ、浩子が気になるの?」


 母はそう訊いてきた。わたくしは頷く。


「ええ、気になります」


「どうしてかしら」


「何というか、羨ましいと言いますか。わたくしはもうあんな風に外で遊べないのかと思ってしまったんです」


「そう、私も昔はそうだったわ。何故、他の子たちは良くて自分は駄目なのかと。よくそう、駄々をこねたものよ」


「え、母上がですか。意外ですね」


 母は苦笑いした。わたくしは失言をしてしまったかと焦る。


「母上、わたくし」


某方(そなた)が気にすることではないわ。今はただ、懐かしいというだけで」


「……そうですか」


 わたくしは自ら、刺繍を再開した。母も同じようにする。しばらくは集中した。


 夕刻になり、お裁縫箱などを片付ける。母と一緒に台盤所に行く。夕餉を作るためだ。今日は何を作ろうかと二人で話し合う。とりあえず、今は初夏の五月だから水漬け飯に大根のにらぎ、鹿肉入りの汁物に早いが鮎の塩焼きと豪勢な物を作ろうと決めた。まずは強飯(こわいい)を炊くためにお米をお釜に入れる。次に水瓶の近くに行き、柄杓で水を汲んだ。お釜にそれを入れる。何度か繰り返してから、お米を研いでいく。水を捨てたりと二、三度繰り返した。水を母に訊きながら測って入れる。そうしてから、お釜に蓋をした。(かまど)の上の部分にお釜を載せる。下の穴の部分に紙くずや薪、杉の葉っぱをくべた。火打ち石を母が手渡してくれて、火種になる綿状の物に火花が移るように石を打ち続ける。何度かやるうちに綿状の物に火花が燃え移った。ボォッと火がついたので素早く、薪の一本を出してそれに移す。穴の部分に放り投げたら、少しずつ薪などをなめるように燃え始める。火吹き竹で息を吹き入れながら、様子を見た。

 母は鹿肉入りの汁物を作っている最中だ。既に山菜や他の具材を切ってお鍋に入れていた。お水を入れて、同じように竈に載せる。火を付けたら、母は手慣れた様子で調味料で味付けをした。そうしてから、おたまじゃくしでかき混ぜながら様子を見る。

 汁物を煮込んでいる間に母は、鮎を捌き始めた。数は三匹だ。捌くのを済ませたら、竹串を口から通す。そうした上で母はお鍋の蓋を開けた。


「……ん、そろそろ頃合いね」


 そう呟いてから、母は蓋を再びしてお鍋を竈から出す。次に網を置き、鮎を載せた。団扇を用意して焼き始める。粗塩をパラパラと振りながら、母は魚用の火箸で鮎をひっくり返す。鮎が焼ける良い匂いが台盤所中に充満した。お腹がキュウと鳴る。咳払いをして誤魔化しながら、強飯の火加減に意識を向けた。


 宵の口になって、夕餉が完成した。浩子がニコニコ笑いながら、待ち構えている。


「母様、姉様。夕餉ができたの?」


「ええ、今日は浩子が好きな鮎の塩焼きもありますよ」


「やった、じゃあ。食べましょう!」


 はしゃぐ浩子に母は苦笑いした。それでも、お膳を浩子の前に置く。女房も母やわたくしの分を置いてくれた。


「いただきます」


「いただきますね」


 浩子や母が言うと、わたくしも倣って言った。


「いただきます」


 三人で言ってから、夕餉を食べる。わたくしはまず、強飯を口に運んだ。自身で作ったから噛み締めながら、食べた。まあ、味はいつもと変わり映えはしないが。お米のほのかな甘みがしてそれなりに味はする。鹿肉入りの汁物もあっさりしていて、夏になりつつある今には食べやすい。鮎の塩焼きも熱々で美味だ。わたくしは気がついたら、黙々と食べ進めていた。

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