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アラサー社畜勇者シオリは聖女と呼ばれるのが嫌いです〜転生時に神様からもらった強靭な肉体で、女だからと女子力を求める輩は叩きのめします〜

作者: 深海生
掲載日:2023/05/18

長くなってしまい、17,000字ぐらいあります。よろしくお願いします。

 土曜日だというのに、オフィスには机に齧り付いて仕事をする社員が十名以上いる。典型的なブラック企業の典型的な社畜社員達だ。


 私、山野詩織(ヤマノシオリ)もその内の一人である。


 そんな私に会うなり、上司が必ず困り顔で言う言葉がある。


「詩織君、そんなに頑張らなくてもいいんだよ? プライベートを大切にしなくちゃ」


 今同じオフィスにいる他の部下には言わない言葉だ。


 なぜ私にだけ言うのか。他の社員も同様にプライベートを犠牲にしているはずなのに。


 答えは簡単。私が女だからだ。その証拠に、オフィスにいる生物学的な意味での女は私しかいない。


 この上司にとって、女は仕事を頑張るべきではなく、プライベートが充実しているべきなのだ。


 ならさぁ……、あんたが仕事終わらせてよ! 仕事は嫌いじゃないけど、別に休みの日までやりたくて来てるわけじゃないからね!?


 私だって、家でお酒飲みながらラノベ読んだりアニメ見たりしたいのよ!


 それ、プライベートが充実していると言うのかって?


 彼氏とお洒落なカフェでデートしたり、親友とテーマパークに行った写真をSNSに上げたり、それが充実と言うんだって?


 知らんわ、そんなの。私の勝手じゃん。私が充実していると言うなら充実しているのだ。


 私は上司に「はい、終わったらすぐ帰りますねー!」と、元気良くいつもの返事をする。当たり前過ぎる中身のない言葉だが、上司は満足げに去って行ってくれる。


 女が元気だと、男はなぜか喜ぶのだ。いや、元気というよりはコミュニケーション力が高いと、とでも言うべきか。どちらにせよ、上司を喜ばせたところで仕事は進まない。


 今日も終電かなぁ……。そんな予感しかしないが、すぐに振り払って仕事を再開した。


 しばらくして時計は夜十一時を回った。後一時間でオフィスを出ないと終電を逃してしまう。


 パソコンを眺めながら終わらない仕事に大きなため息をつく。上司や周りの社員も皆帰ってしまった。


「私も帰りたい……。けど、明日はちゃんと休むために今頑張ろう!」


 私の社畜魂に火がついた。そうやって、これまで心の火を燃やして頑張ってきた。でも、それと同時になぜかとても眠くなってきた。


「……あれ、寝不足だったっけ? ……ダメだ、眠すぎる。少しだけ、目をつむろう。ちょっと休憩したら、またやるから……」


 そう呟いた私が、オフィスで再び目を覚ますことはなかった。





「シオリさーん! シオリさーん! 起きて下さーい!」


 誰かが私の名前を呼んでいる。目を開けると、辺り一面真っ白。


 そして、正面にはこれまた真っ白なローブを着た女性が一人。


 西洋寄りな風貌の美人だ。金髪に色白で、目鼻立ちがはっきりしている。薄い桃色の唇は瑞々しく柔らかそうだ。体つきもナイスバディで羨ましい。


 ハリウッド女優かな? こんなとんでもない美人は初めてだ。なんでこんなところにハリウッド女優がいるんだろう?


「わぁ、やっと起きてくれましたね! 十時間以上も目を覚まさなかったので、どうしようかと思っていたところです。あと、私はハリウッド女優ではありませんよ。女神です! 女神!」


 えぇ? 女神って、何を言ってるんだろうこの人。なんか可愛いけど、可愛ければ何を言っても良いわけではない。


 一旦整理しよう。私はオフィスで仮眠しようと思ったけど、結局そのまま十時間も寝ちゃったのか……。


 ……げっ!? じゃ、じゃあオフィスで爆睡しちゃったってこと!?


 は、恥ずかしい。上司や同僚に何を言われるか……。


「そんな心配はしなくていいですよー! 残念ですが、貴女は死んでしまいました。享年三十二歳です」

「……私が、死んだ?」

「はい。過労死ですね」


 ……違和感はあった。


 この白いだけで何も存在しない世界。


 そこにぽつんと立つハリウッド女優と、地面に座り込んで寝ていた私。


 ハリウッド女優はなぜか私の名前を知っていて、私の心を読み、自らを女神と名乗った。

 

 いちおう夢ではないかの確認に、古典的な手法〈頬をつねる〉を試してみる。すると、痛みが返ってくるだけで夢から覚める気配はない。


「痛ったぁ……。じゃあ、本当なんですか? まだ生きてるような感覚ですけど……」

「信じられないのも無理はありません。でも、女神は嘘をつきません!」


 インディアンが嘘をつかないのは知っているが、女神が嘘をつかない保証はない。などと思ったが、女神を名乗るハリウッド女優が頬を膨らませて怒っているので、どうやら本当らしい。


 死んじゃったのか、私。


 以前打ち合わせの席で、「女性の視点ではどう?」とかいう謎の意見を求められたことがある。そんなものないのでうまく答えられず、上司にがっかりされた。それが悔しくて、女子力以外で結果を出そうとこの十年、がむしゃらに頑張ってきた。なのにこの様って、さすがに悲しいなぁ。


「……そうですか。では女神様、ここは一体?」

「魂だけが来れる仮想世界です。私が作りました。なので、貴女の職場の上司や同僚はいませんよ?」

「良かったぁ……。でも仮想世界? なぜそんな場所に?」


 私、これまでの人生でなんかやらかしたかなぁ……? 天国行き確定かと思ってたけど。


「よくぞ聞いてくれましたっ! 貴女とお話しするために、私が貴女の魂をこちらに呼んだのです。あっ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私の名はイシュタニアです。よろしくお願いしますね。イシュちゃんと呼んでもいいですよ!」


 女神様にちゃんづけは無理です。そこまでリスペクトを欠くほど図々しい性格ではないので。


「それはちょっと……。ありがたいお申し出ですがご遠慮し、敬意をもってイシュタニア様と呼ばせていただきます。ご存知かと思いますが、私の名前は山野詩織です。よろしくお願いします。ところでイシュタニア様、私の魂が呼ばれたのはなぜなのでしょう?」

「あら、残念ですー。私が呼んだのは他でもない、なんと貴女を異世界転生するためなのです!」


 ああ、あれね。私が今読んでるラノベもそれ系だなぁ。


 ……ん? わ、私を異世界に転生させるぅ!!??


「そうなんですー! 頑張り屋のシオリさんには随分前から目をつけてたんです。そして、やっぱり貴女の魂は美しかった。完全に転生向きですよ! 待ってた甲斐があったー!」

「どういうことですか!? イシュタニア様に認めていただいたのは嬉しいけど……。『待ってた』のは『死ぬのを』ですよね……?」

「……その通りです、ごめんなさいね。でも、早く死ねーとか思ったことは一度もないですよ?」

「でしょうね!」


 そんな女神だめだもん!


「それでね、シオリさんには異世界で〈勇者〉になって欲しいんですよー。どうですか?」

「ど、どうって……」


 転生して〈勇者〉? 私が?


「〈聖女〉とかではなく、ですか?」

「あら、シオリさんって〈聖女〉になりたいタイプでしたっけ? なりたいなら──」

「なりたくないです!」


 〈聖女〉なんて100%女子力求められるでしょ。絶対いや。


「ですよねー。シオリさんのことはよく知っているのです! ちなみにこれまで何人か男性を〈勇者〉に転生させてきたんですけど、大体すぐ死んじゃうか犯罪に走るんですよねー。異世界に行くと、危ないこととかダメなことの区別がつかなくなっちゃうみたいで。そういう常識ってこの世界とおんなじなんですけどねー」

「そ、そうですか。男性だからと言うよりは、人選かなとは思いますけど……」

「私の人選が悪かった、そう言いたいのですね……?」


 なんかハリウッド女優がうるうるした瞳で、上目遣いにこちらを見てくる。


 あっ、ちょっと泣き始めちゃった。メンタル弱くない……?


「す、すみません、そう言う訳では……」

「グスッ、グスッ。じゃあ、〈勇者〉になってくれますか……? グスッ」

「わ、分かりました。転生自体は興味ありますし。でも魔物と戦ったりするの怖いんですけど」

「安心してください、シオリさん。貴女には私から特別な力を授けます!」


 さっきまで泣いていたはずの女神がいつの間にかドヤ顔している。嘘つかないはずなのに嘘泣き。


「説明しましょう。その力とは、鍛えれば鍛えるほど強くなれる強靭な肉体と、学べば学んだだけ覚えられるスキルと魔法の才能です! いかがですか!?」

「それはまた、チートですね……」

「これまで一生懸命に生きたシオリさんへのご褒美なのです。そうそう、転生の仕方ですが、子供として生まれるのと大人として生まれるの、どちらがいいですか?」

「え、転生するなら子供からじゃないんですか?」

「私がシオリさんの体を作り出して、その体に魂を移す。転移チックな転生も可能です。こっちの場合出自が謎になっちゃうので、異世界召喚された体で送り込む形になります」


 なるほど。そんなことしてくれるんだ。子供時代をまた過ごすのって嫌だもんね。私は子供のころより大人になった後の方が楽しかったし。


「大人として生まれる方でお願いします」

「オッケーです! じゃあ、シオリさんの体はこんな感じかなー、えい!」


 私の隣に、突然やたら美人でナイスバディな女子が現れた。


 顔をよく見ると、私に似てるところもあるけど、イシュタニア様にも似ているような?


「モデルがいなかったから、シオリさんと私を足して2で割った感じにしましたー! あとは肉体・スキル・魔法ですね。頑張り屋のシオリさんなら、子供から鍛え続けたとして成長したらこのぐらいかなー、えい! そして、これはおまけですー!」


 イシュタニア様が私の隣の女子に手を翳すと、体に黒のワンピース、腰に一振りの剣、他グローブやブーツなどが装着された。


「こ、このワンピース……!」

「ええ、シオリさんが良く着ていたワンピースのデザインを採用して、異世界素材で作り直してあります。気に入りましたか?」

「最高です! 剣もかっこいいですね!」


 現金なもので、この装備で異世界に行くのを想像したらなんかテンションが上がってきた。


「でしょうでしょう? 喜んでくれて良かったです! ……では、名残惜しいですがそろそろ時間ですね」

「な、何から何までありがとうございます、イシュタニア様!」


 滅茶苦茶優しいわ、イシュタニア様。気の利き方が半端ないよ。さすが神様だなぁ。


 そう思っていると、私の体が少しずつ透明になっていく。私の隣にいる私も同じだ。きっと転生する際に、魂である私がその器である隣の私に入り込むのだろう。


「シオリさん。最後に助言を。シオリさんは異世界で生きたいように生きてください。建前上〈勇者〉という役割ではありますが、あまり気にする必要はありません。楽しく生きてくれれば結構です」

「そ、そうなのですか? 分かりました!」


 やっぱり滅茶苦茶優しいよ。ハリウッド女優まで好きになりそう。


 いつの間にか、私の体はほとんど透明になっている。


「最後の最後に注意事項を。転生先の世界は、男尊女卑が強めな社会です」

「……え?」

「あと、異世界召喚で一緒に召喚される人がいます。その人が、多分ちょっとあれなので、気をつけて下さい」

「あ、え?」

「そして、やはり異世界なので、魔王はいます。百体ほど」

「はぁぁぁぁぁあああ!?」


 イシュタニア様はどこから取り出したのか、純白のハンカチで涙を拭うと、手を振る代わりにそれをひらひらさせる。


 私の全力の叫びも虚しく、視界は一瞬でホワイトアウトしたのだった。





 目を覚ますと、床には魔法陣らしきものが描かれていた。目を前方に向けると、正面には金の冠を被った年嵩の男性が豪華な椅子に踏ん反りかえっている。


「目が覚めたようじゃな! さあ、こちらに顔を見せてくれぬか?」


 その男性は椅子から身を乗り出してこちらを見る。


 この人が私を召喚した人かな?


 そう思いつつ、私はその場に立ち上がり男性を見据えた。


「ほう。これはこれは……!」


 何やら感嘆した様子で私の全身を舐めるように見る。


 ……なにこの爺さん。初対面の相手にちょっと失礼じゃない? 周りにいるおじさんたちも一切喋らずに、ただジロジロとこっちを見ている。普通、相手を安心させるためとかでなんか喋るでしょ。……しょうがない、私から喋るか。


「すみません、ここはどこですか?」


 爺さんはさもうっかりしていたと言わんばかりの表情を作る。


「やや! そなたの美しさに時を忘れておったわ……! どうか気を悪くしないでくれよ? ここはロートリンゲン王国城内にある儀式の間。そして我こそはこの国の王、イディオート・ツー・ロートリンゲンじゃ!」


 やっぱりこの爺さんが王なんだ。で、周りにいるのは取り巻きの貴族といったところかな。ちなみに私の肉体の半分はイシュタニア様でデザインされているんだから、美しくならないはずがない。その美しさに気づいたことは評価しよう。


 王は周りのおじさんに、召喚した目的を説明するよう指示する。おじさんの無駄に長い話を要約すると、私を魔王軍に対する戦力として召喚したとかそんな感じだった。イシュタニア様が最後に、魔王が百体いるとか言っていたけど、やっぱりいるんだ……。


「そうでしたか。私は山野詩織と申します」

「……えっ? じゃあ同郷?」


 何やら左隣から声がするのでそちらを見ると、少し離れた場所に戦士風の出立をした金髪の男がいる。


 前からいたんだろうけど全然気づかなかったな。西洋風の顔立ちで、碧眼のイケメンのようだ。どう見ても同郷には見えない。


「いえ、違うと思いますが」

「そんな訳ないさ! 名前からして日本人だろあんた? すごい美人だな……! 仲良くしようぜ!」


 ……はぁ? どう見ても年下のくせにタメ口!?


 もしかしてこいつ、イシュタニア様が言ってたちょっとあれな人? すごい失礼だし間違いないね、きっと。そうなると関わらないのが一番だ。無視しよっと。


 私は国王の方へ向き直った。


「お、おい、あんた! 俺の話を聞いてんのか!?」


 顔を真っ赤にして、ちょっと怒鳴り気味に話しかけてくる。かなり興奮しやすいタイプみたいだけど、引き続き無視だ。


「まあまあ、リヒト殿。ひとまず落ち着くのじゃ。今回の〈聖女〉殿は少々気が強いようじゃからのう」


 そう言って国王は苦笑しつつ、リヒトと呼ばれた男を制止する。


 リヒトって、日本人の名前じゃないじゃん。もしかして、カッコいいと思って西洋風の名前を名乗ってるとか?


 ……そういえば今、王が〈聖女〉って言ってた。誰のことだろう?


「あのー、〈聖女〉って誰ですか?」

「んん? そなたのことじゃが?」

「は? 私〈勇者〉ですけど?」

「〈勇者〉じゃと? ……わはははっ! そんなはずなかろう!」


 何が面白いのか、王が楽しげに笑っている。それに合わせて周りの貴族たちもくすくすと笑い声を上げる。


「女は〈聖女〉と相場が決まっておる。自分のステータスを見てみるが良い! そなたの【称号】に〈聖女〉と書いてあるはずじゃぞ?」


 ステータスって、ゲームのノリじゃん。なんて思ったら、私の脳内の言葉に反応したのか、本当に目の前にステータスが書かれたボードが表示された。


 すごい! 楽しい!


 なんか体力値とか5万以上あるけど、すごいのかなこれ。弱くないのは間違い無いと思うけど、この世界の基準が分からないから何ともいえない。


 【称号】の欄を見てみると、やっぱり〈勇者〉って書いてあった。


「〈勇者〉って書いてありますよ。それに、ここに来る前女神様にも〈勇者〉の役割って言われましたし」

「な、なんじゃとぉ!? 女の〈勇者〉なんてこれまで現れたことがないぞ!? それに、女神様とは一体……?」


 王が何やら困惑している。


 そういえばイシュタニア様が、男は〈勇者〉として何人も転生させたと言ってたけど、女については言ってなかったもんね。〈勇者〉は私が初めてなのかな。初めてってなんかいい!


「で、ではそなた、〈聖女〉が得意とする《聖魔法》のスキルも持っていないのか?」


 《聖魔法》ねぇ。もう一度ステータスボードを見てみる。うーん、【スキル】の欄に《神聖魔法》なら書いてあるけど《聖魔法》はないなぁ。《神聖魔法》の説明には『聖属性の最上位魔法』って書いてあるけど、やっぱり《聖魔法》ではない。


「はい。持ってないですね」

「なんと、そうなのか……。女の〈勇者〉では、熾烈な対魔王戦の戦力になるはずもない。これでは役立たずではないか……」

「ちょっと! さっきから、勝手に召喚しておいて失礼じゃないですか!?」


 さすがに頭に来て反論する私。すると、王の周りの貴族たちが騒ぎ始める。


「王になんという口の利き方だ!」

「どちらが失礼か! 女! いい加減にしろ!」

「はぁ!? こっちのセリフですよ!」


 負けじと言い返し、取り巻きを思いっきり睨みつける。 


 ……って、なんで私、こんなに好戦的なんだろう? 男達に囲まれて罵声を浴びてるんだけど、全然怖くない。イシュタニア様がくれた強靭な肉体のおかげで、精神も強くなったりしてるのかなぁ。


「静まれ! 勝手に召喚したというシオリ殿の主張はもっともだ。我らの都合で呼び出したのに、それでは彼女に失礼であろう。それに、女であれば戦力以外にも役に立てることはある」


 そう言うと、王は小さく口元を歪めて笑う。


「そなた、我の側室にならぬか?」


 ちょっとちょっと、何言い出すのよこのジジイ!? こんな公の場で初対面の相手に求婚? いや、側室って愛人のことで求婚ですらないから、もっとおかしいだろ!


「非力な女が一人でこの世界を生き抜くなど不可能。しかし我の側室になれば国王軍が保護し、何不自由ない暮らしを約束──」

「王よ! お待ちください!」


 左の方にいる存在感の薄い男、確かリヒトだっけ。その男が今度は王を制止する。


 もしかして、このキモい爺さんをたしなめたりするのか?


「……この女、俺にくれませんか!?」

「はぁ!?」


 なぁに言ってんだ、こいつ!?


「俺、〈勇者〉として活躍して魔王をぶっ倒すんで、その褒美の前借りとしてこの女を下さい!」

「……ふむ。リヒト殿に頼まれると、断ることはできぬな。あい分かった。シオリ殿はそなたに譲ろう」


 王の言葉に存在感薄男はニヤリと笑みを浮かべ、優越感と下心に満ちた目でこちらを見てくる。


 よくまあ、当事者を放っておいて勝手に話を進められるよね。男尊女卑が強めとは聞いてたけど、女の人権ゼロだなこの国。それに乗っかるこの男もどこまで流されやすいんだろう。


 ダメだこりゃ。イシュタニア様は楽しく生きてくれればそれでいいって言ってた。けどこの国じゃ無理だよね。


「あのー、王様。私、誰かの女になるつもりはないですよ。どうやら戦力として役立たずみたいですし、この国を出て行ってもいいですか?」

「な、なんじゃと!?」

「なにぃ!?」


 私の言葉に目を丸くする爺さん。存在感薄男も目玉が飛び出そうなほど驚いている。


 しばらくして気を取り直した王が、真剣な表情で私に質問する。


「異世界ではどうだったか知らぬが、この世界では女一人で生きていくことなどできぬぞ? 城の外は魔物や賊が山ほどいて、ひ弱な女の体ではすぐに殺されるのがオチ。考え直したらどうじゃ?」


 へぇ、女を下に見ているのは間違いないけど、心配はするんだ。まあその程度の心配、普通の人間なら当たり前だから何とも思わないけど。


 ここで自分は強いから大丈夫! なんて言ったらこいつらに働かされるかも知れないから、適当なことを言って切り抜けよう。


「なるほど。ご心配ありがとうございます。とはいえ、前にいた世界ではずっと一人で生活していたので、多分大丈夫です」

「お、女一人で? そうか……ならば何も言うまい。では、わずかだが当面の資金を──」

「要りません! では、こちらで失礼します!」


 危ない危ない。お金なんか受け取ったら後から何を言われるか分からない。将来『お金を渡したんだから魔王軍の討伐に協力して欲しい』なんて言われかねない。


 私は日本人らしくしっかりとお辞儀をすると、回れ右をして颯爽と歩き出した。王の指示らしく、慌てて召使いらしき女性が私の案内をしてくれる。そうして、私はついに王城から抜け出すことができた。



 さて、まずはこの王都らしき場所から出ないと。でもここを出たあと、どこに行けばいいんだろう? 近くの町の場所を誰かに聞いてみるか。


 城下町を歩く恰幅のいいお母さんに声をかける。


「あのーすみません、この近くに町はありますか?」

「おや、見かけない顔だねぇ。まあここは王都だからいろんな人が出入りして、知らない顔ばっかりなんだけどねぇ? わはははっ!」

「は、はぁ」


 なんか明るくて豪快なお母さんだ。


「この近くに町はないけど、村ならあるよ。門を出て道なりにしばらく歩けば見えて来るはずさ! でもあんた、まさか一人で行くわけじゃないだろうねぇ?」

「え? な、なんでですか?」

「危ないからに決まってるじゃないか! あんたみたいな美人、すぐに襲われちまうよ!」

「き、気をつけます! ありがとうございました!」


 これ以上話を続けたらガチで止められそうだったので、私は礼を言うと急いでその場を後にした。


 どうやら外はかなり危険らしい。お母さんの目がマジだった。少し不安になったが後戻りはできない。イシュタニア様がくれた力を信じよう。


 私は開放された城門へと向かう。どうやら外には門番がいるらしい。


 これはまた「女一人でどこに行くんだ?」とか声をかけられて、しまいには止められるパターンなのが目に見えている。めんどくさいし、絡まれずに出たいなぁ。


 ステータスボードでは、たしか私の敏捷性も5万以上あったし、ここは全力で走り抜けてみよう。声をかけられても無視。万が一追いかけられても、私には追いつけないはず。


 そう思い、私は門より少し前あたりでクラウチングスタートの構えをとる。速そうだからなんとなくだ。


 よーい、ドン!


 ギュュューーーーーーーンン!!


 周りの風景が目まぐるしい速さで変化していく。門と門番の姿は一瞬で過ぎ去り、城の外の街道に出ても勢いが止まらない。


 なんか新幹線とかより早くない!?


 道の両脇に生える木々もまた、視界に入った瞬間にどんどん後方へと流れていく。


 速すぎるっっっっっ!


 私は焦って両足のかかとを前方にグッと踏み込んだ。


 ズザザザザザザザザッ!


 数メートルほど地面を抉ることで、何とかスピードを殺すことに成功した。後ろを見ると、道のど真ん中に、まるで畑の畝のように細長い溝と盛り上がりができてしまっている。


 う、嘘でしょ……? 人外じゃん、私……。やりすぎですよ、イシュタニア様……。


〔てへっ!〕


 えっ? 今なんかイシュタニア様の声が聞こえた様な……? 気のせいかな。


 幻聴が聞こえるなんて私、異世界転生して早々疲れてるのかも。早めに近くの村に行って、休めるところを探そう。申し訳ないけど、今は道を元に戻すための道具もないし、後から必ず戻ってきます!


 誰もいない道に向かって「すいません!」と謝罪し、今度は普通の速度で歩き始めた。周りが森だからか、空気が新鮮でおいしい。空も晴れていてハイキング日和だ。


 どうか山賊や魔物に会いませんように。あ、こういうのって考えるとフラグが立つんじゃなかったっけ……?


「きゃあああああああああ!?」


 えー、フラグ回収するの早くない……?


 随分先の方だが、道で馬車が複数人に囲まれている。遠くてはっきりとは見えないが、馬車を囲んでいる人達は何やら手に武器らしきものを持っているみたいだ。


「うひひぃ! 大人しく降りてこいガキどもぉ!」


 明らかに下衆な輩と分かる喋り方の男の声。


 『ガキども』ってことは、子供が襲われてるの!? どうなってんのよ、この世界!


 私は一応〈勇者〉だ。そしてイシュタニア様には「生きたいように生きてください」と言われた。なら、子供が襲われるなんて許さない。


 相手をやっつけるなんて、喧嘩もしたことがない私には無理だと思うけど、みんなを連れて逃げるぐらいはできるかも。それに、私の命は死んだはずの命だ。まだあまり長く生きていない子供のために命を散らすなら、女神様も許してくれるだろう。


 そう考えて、再びクラウチングスタートの構えを取った。


 よーい、ドン!


 ギュュューーーーーーーンン!!


 なんか一瞬で馬車に追いついた。


 馬車の周囲に大人が二人、血を流して倒れている。馬車の中には泣いて怯える男女の子供がいる。


 あっ、どうやって止まろう。なんて考えていたら目の前に山賊の男。


「あん?」


 私のタックルが男を直撃する。


 ズドォォォォンンン!!


 こんなつもりはなかった。私の気配に気づいて振り向いた男にぶつかるまいと、頑張って地面を踏ん張ったけど無理だった。ぶつかるのは避けられそうになかったので、仕方なく上体をひねり、肩を相手に向けて衝撃に備えた。その結果、まあまあの勢いでタックルする形になってしまったのだ。


 山賊は物凄いスピードで吹き飛び、木に激突して気を失う。


「ああ……大丈夫かな……?」


 山賊と言えども人権ぐらいある。問答無用でタックルされてはさすがに理不尽だ。


「なんだぁ、こいつ? どこから現れやがった?」


 妙に偉そうな、身体中イレズミだらけの男が現れた。中肉中背の弛んだ体にスキンヘッド、顔にはヘラヘラした笑いを浮かべている。一瞬のことだったからか、吹っ飛んだ男に気づいていないようだ。


 私はその偉そうな男を見据える。


「ちょっとあんた! 子供を襲うのはやめなさい!!」


 こういうの、言ってみたかったんだよねー! 正義の味方的なやつ!


「あぁ? ぶははははっ! 女のくせに俺達と戦おうってのか!?」

「「「ぎゃはははははっ!!!」」」


 偉そうな男と、その部下らしき男達が私を嘲笑する。馬車の中の子供達は、私の方を驚愕した様子で見ている。


「おい女ぁ、なかなかいい度胸してやがるなぁ。顔も体つきもいいし、気に入ったぞ。俺が可愛いがってやろう! 女なんだから料理や洗濯くらいできるだろうし、一石二鳥だなぁ、ぶはははははっ!」


 ぶちっ。切れました。


 なにしれっと女子力求めてきてんの、こいつ? 現代人には冷凍食品っていう、高度な文明が開発した高度な食事が存在するんだよ。レンチンなんだよ。料理なんてそうそうしないわ。


 洗濯だって、洗濯機に洗剤入れて回すだけなんだよ。服を干すのも、なんなら乾燥機で終わりなんだよ。この世界にそんなものないよね? じゃあできねえよ。やるつもりもないわ。


「ねぇ下品な刺青のおじさん、あんたみたいな全体的にだらしない男、相手にする女なんていないのよ。分かったらその汚い口を閉じなさい!」

「だ、誰が全体的にだらしないだぁ!? ゆ、許さん! 泣いて喚いても許さんぞぉ!! お前らこいつを捕まえろ! 絶対に殺すなよ。女に生まれてきたことを後悔させてやる!!」

「「「へいっ!!!」」」


 あっ、怒らせちゃったみたい。10人ぐらいに囲まれてしまった。これじゃあ子供達を連れて逃げるのは難しそう。倒れている大人も、酷い怪我だけど生きているから放っておけないし。


 どうしよう……? 考えている間にも、じりじりと山賊が近寄って来る。


 あ、さっきみたいに、タックルで吹き飛ばしちゃえばいいんじゃない? 私の動きってかなり速いみたいだし多分いける? っていうか私、あれしかできない。


 早速やってみることにする。私はクラウチングスタートの構えを取った。


「おいおい、突然地面に膝をついて、今更神様にでも祈るつもりか? それとも命乞いか? ぶははっ、もう遅せぇんだよぉ!!」


 よーい、ドン!


 バゴォォォォォオオオオオンンン!!!


 一番近くにいた山賊は、私のタックルをもろに食らい、どこかに吹き飛んだ。一瞬の出来事で、他の山賊はぽかんとしている。


 そんな山賊達に私は次々とタックルをかましていく。


 ドゴォォオオンン! ズドォォオオンン! バゴォォオオンン!


 色々な音を立てて吹き飛んでいく山賊達。私の姿を捉えられているものはいない。


 最後に残ったのは偉そうな男だ。私はその男に近づく。


「おい、お前ら! どこへ行ったんだぁ!? ま、まさかこの女が……!? な、何者だ貴様ぁ!?」

「何者? ……〈勇者〉よ!」


 私はそう言うと、偉そうな男にタックルをかました。ちょうど相手の胸部に肩がめり込む。


 バギバギバギッ!!


「グボォッ!!??」


 血を吐いて吹き飛んでいく男。


 ちょっと力が入っちゃったかな……。やりすぎはよくない。今後気をつけようっと! 失敗は反省すればリセットされる。きっとそうだ。


 私は自分の考えに頷きながら、馬車にいる子供達へと近づく。見た感じ、二人とも十歳よりも下って感じかな。女の子の方が大きく、お姉ちゃんのようだ。


「ねぇ君達──」

「「ヒィィィイイイ!?」」


 抱き合ってガタガタと体を震わせる二人。


 ん? まだ山賊が残ってるのかな?


 きょろきょろあたりを見回しても山賊はいない。ってことは、もしかして私に怯えている……?


 人差し指を自分に向けて、ジェスチャーで私に怯えているのか確認する。子供達は頭をブンブン縦に振る。


 おっと、〈勇者〉がこれじゃいけないわね。名誉挽回するにはどうしたらいいかなぁ?


 そうだ、ちょうどいいところに怪我した大人の男女が転がっている。もしかしたら子供達の両親かも知れない。なんとか助ければ、彼らの怯えも小さくなるはずだ。


 さてさて、まずは怪我をしているから回復だよねー。《神聖魔法》になにかそれ系の魔法ってあるかなぁ。


 ステータスボードを見ると、その中で覚えている魔法はたった二つ。《フルキュア》と《サンクチュアリ》というものだ。前者は怪我を回復する魔法で、後者は聖なる結界を張る魔法らしい。


「じゃあ使ってみますか」


 魔法なんて初めて使うが、本当に使えるかどうかはやってみないと分からない。倒れた大人達に近づいて手をかざす。


「《フルキュア》!」


 彼らの体が発光し、みるみるうちに傷が癒えていく。


 おおっ! うまく行ったーーー!


「う、ううっ……」


 大人達は目を覚ますと、気だるそうな体をなんとか起こした。


「お父さん! お母さん!」


 子供達は馬車を降りると一目散に両親の元へ駆け出す。親は子供を見るや、ギュッと抱きしめる。


「レオナ! マルコ! 無事だったんだね!」


 父親も母親も安心した表情になる。しばらくして、彼らは私の存在に気づいた。


「あ、あなたは……?」

「このお姉ちゃんがね! アタシたちを助けてくれたの! 悪い奴らを吹っ飛ばして、お父さんとお母さんの怪我を治してくれたんだよ!」

「な、なんと! 私達家族を助けていただき、ありがとうございます!」


 両親は私へ心のこもった礼を言う。


 そして、ちゃんと子供からの評価が上がってる! お姉ちゃんって言われた! 私、歓喜!


「きっとお姉ちゃんは〈聖女〉様なんだよ!」


 んん?


「まさか!? そ、そうなのですか……?」

「違います」


 父親の質問に、私は即答する。


「私は〈勇者〉です。女で回復魔法を使ったからと言って、すぐに〈聖女〉と結びつけるのはいかがなものか。冗談でも〈聖女〉なんて呼ばれれば、勝手に女子力が高いと思われて、勝手に期待されて、がっかりされるのが目に見えています。そう言うのって迷惑です。レオナちゃん、分かるかなぁ?」


 レオナちゃんが再び怯えた表情でコクコクと頷く。


 誰にでも間違いはある。まして相手は子供だ。ちょっと言い過ぎたかも知れない……。


「お姉ちゃん言い過ぎちゃった。ごめんね、レオナちゃん。……そ、そういえば、みなさんは村に戻られる途中だったりしますか?」

「はい、その通りです。いつもはこの辺に山賊など現れないのですが、魔王軍が攻め込んできているせいで、彼らが住処を奪われてこちらに現れるようになってきたのです」


 まじかー。魔王軍もやるならやるで、ちゃんと山賊を逃がさないようにしてくれないと困るよ。


「なるほど。実は私もそちらの村を訪問しようと思っていたので、もし良ければご一緒してもいいですか?」

「ぜひお願いします! 貴女のような〈聖女〉様──(バキッ、ボコッ)、……も、もとい〈勇者〉様がいて下さると安心です……!」


 父親の失言に、レオナちゃんと母親からのパンチが飛んだ。二人ともナイスだ。


「そう言っていただけるとありがたいです。では、山賊どもを集めてきますね!」

「……え?」


 私は先ほど吹き飛ばした山賊達を見つけては、引きずって馬車の近くに集めた。どこに飛ばしたかは大体記憶していたので余裕だ。


 全員気を失っているだけで、もちろん死者はいない。


「こいつら、どうすればいいでしょう?」

「そ、そうですね……。とりあえず村の地下室に放り込んでおいて、明日にでも王都の警備隊に突き出しましょう!」


 ナイスアイディア、お父さん。


 みんなで山賊を縛り上げたあと、彼らを叩き起こした。村まで引きずるのは大変なので歩かせる必要がある。


 起きた途端怒鳴り出す者もいたが、私の顔を見るなり黙った。誰にやられたのかは覚えているらしい。


 そして、私が山賊を監視しながら村へと向かった。



 村に到着し、住民が共同で使用するという地下室に山賊たちを突っ込むと、私はレオナちゃんの家に案内された。家はレンガ造りの簡素な家だ。


 やっと皆が落ち着いたので自己紹介。父親はフランク、母親はアデリナというそうだ。


「シオリさん。改めて、この度は本当にありがとうございました」


 一家全員に頭を下げられる。礼儀正しい親子だ。


「も、もういいですって! さっきも言いましたけど、私一応〈勇者〉なので!」

「わぁ、〈勇者〉ってカッコイイね!」

「うん、カッコイイ!」

「そ、そうかな……?」


 レオナちゃんと弟のマルコ君がキラキラした目で私を見る。二人とも赤茶色の髪にクリッとして目をしていて、随分似ている。


 子供が可愛すぎる。私もいい歳だけど、純粋に褒められると嬉しいわ。ほんとに助けて良かった。


 アデリナさんに出してもらったお茶を飲みながら、いつの間にか近くに寄ってきた子供達の質問に答える。質問は『なんで強いの?』とか、『なんで足速いの?』とかいったものだ。


 和む。この世界に来て、今一番和んでいる。


 だが、その時間もあまり長くは続かなかった。


「み、みんな!! ゴブリンだ! ゴブリンが攻めてきたぞぉ!!」


 家の外から焦った様子で叫ぶ人の声が聞こえてくる。


「な、なにぃ!? 今日は山賊にも襲われるし何という日だ! 私が様子を見てきます!」

「では私も行きます」


 フランクさんに付いていく形で私も外に出た。


 村の構造として、民家が密集する場所は防御用の柵で囲まれている。柵の外には畑が点在し、さらにその先には森が広がっている。


 その森から次々と、子供ぐらいの大きさだが醜悪な顔をした生物が姿を現す。


 コイツがゴブリンか。強そうではないけど、数が凄い。百体ぐらいいるね、これ。


 フランクさんを含め、様子を見に外に出てきた村人達の顔が真っ青だ。


 ゴブリン達は遂に柵にまで到達し、何やら片言でこちらに向かって喋り始めた。何かの要求らしい。


「ワカイオンナ、ヨコセ! ソウスレバ、オマエタチコロサナイ!」


 ……はぁ? 女をモノ扱いしてるな、こいつら。国王とか、存在感薄男とか、山賊と同じノリじゃん。


 まさか、レオナちゃんもターゲット? あり得るよね、気持ち悪い。この世界、色々終わってるわー。そりゃ〈勇者〉も必要な訳だ。


「フランクさん、あいつらぶっ飛ばしてもいいですか?」

「ほ、本当ですか!? それはありがたいのですが、奴ら、村の外で働いていた者達を捕まえて、人質にしているようです……」


 人質?


 ゴブリンの方に目を向けると、奴らに捕まり刃物を突きつけられた人達がいる。どうやら体のあちこちに怪我をしているようだ。ゴブリン達にやられたらしい。


「ヒトジチガ、ドウナッテモイイノカ? オトナシク、ワカイオンナダセ!」


 はい、切れました。もう許さん、こいつら。


 まずは、絶対に柵の中に侵入されないように、《サンクチュアリ》を使ってみるか。


「《サンクチュアリ》!」


 何となく両手を上に上げて魔法を放つ。すると、上空から半透明の白いヴェールが現れ、柵で囲まれた範囲を覆った。


 うわぁ綺麗!


「ナ、ナンダコレハ!?」


 ゴブリンは一瞬慌てたのち、恐る恐るそれに触れた。


 バチバチッ!


「グギャャャャアア!!」


 白いヴェールからゴブリンの腕に白いエネルギーが流れ込み、その部分が突然焼け焦げた。


「コ、コレハ、セイイキ? マサカオマエ、セイジョナノカ?」


 ……あぁ?


「……ねぇアンタ、女が聖域を展開したからって、すぐに〈聖女〉と結びつけるんじゃないわよ! 短絡的なのよ! 私は〈勇者〉よ!」

「ユウシャ? ……ギャハハッ! オンナガユウシャナンテ、バカバカシイ!」


 ゴブリン達がゲラゲラと嘲笑っている。よし、ぶちのめそう。


 前みたいにタックルをすると人質の人まで吹き飛んじゃうかも。あっ、そういえば、イシュタニア様にもらった剣があったな。使ってみよう!


 私は腰に差していた剣を引き抜いた。恐ろしく軽い。白銀の刀身は細くまっすぐ伸びている。いわゆるレイピアのようだ。軽く振ってみると、ヒュンヒュン音を立てる。これなら楽々使えそうだ。


 私はまたしてもクラウチングスタートの構えを取り、一気に加速した。その速度を維持したままゴブリンに近づき、人質を捕まえている両腕に剣を振るう。


 スパンッ!


 綺麗に切れた腕が地面に落下した。


 この要領で、他の人質を抱えたゴブリンに攻撃を仕掛ける。


 スパンッ! スパンッ! スパンッ!


 まるで私の動きが見えていないらしく、ゴブリン達は微動だにしない。しかし、ゴトッという腕が地面に落ちた音を聞いて、やっと自分の身に起きた事態に気づいたらしい。


「「「「ギィィャァァァァァア!?」」」」


 ゴブリン達は苦痛の声を喚き散らす。


 後から回復すればいいやっていう気持ちでぶった切ってみた。生命力は高そうだし、死にはしないだろう。


 私はすぐさま人質を抱きかかえて、聖域の中に移動した。


 そして、そこから私の蹂躙劇が始まった。とはいっても、ほんの数分の出来事だ。


 素早い動きを維持したまま、ゴブリンの腕や足をひたすら斬り飛ばしていった。今や、百体程のゴブリンはすべからく地にうずくまり、痛みと怒りで何やら叫んでいる。


 ふう。終わったか。


 そう思ったのも束の間、何を思ったかフランクさんを含めた村人達が一斉に聖域を飛び出し、ゴブリン達を農具のようなもので殴り始めた。


 ええ……まじで……?


 ゴブリン達の抵抗も虚しく、次々に倒れていく。しばらくして相手を全滅させると、満面の笑みで近寄ってくるフランクさん。


「私達の方でトドメは刺しておきました! 奴らは害虫と同じ! 確殺が基本ですからねぇ!」

「は、はあ……」


 そんなの知らない!


 いつの間にやら近くに来ていた他の村人達も、満面の笑顔で頷いている。もはやゴブリンよりもこの人達の方が怖い。


 そういえば、人質になっていた皆さんが怪我してたな。私は聖域の中に入り、怪我人に近づく。


「《フルキュア》!」


 よし、ちゃんと回復したっぽい。


「あ、ありがとうございます!」

「回復魔法に聖域……? せ、〈聖女〉様だ!」

「本当だ! 〈聖女〉様!」


 ……あぁ? やれやれ。この人達もか。説教だな。


 私が口を開こうとした時、私とその村人達の間にフランクさんが割って入った。そして、村人達に怒鳴る。


「バカ者! このお方は〈勇者〉様だ! 回復魔法を使い、聖域を展開することのできる〈勇者〉様なんだ!」

「えぇ……? でも、女で〈勇者〉なんて──」

「う、うるさい! さっきの戦いを見ていただろう!? このお方は凄まじく強くて、怖いんだよ!?」


 ……えっ? 怖い?


「ひぃ……!」


 なんか私の顔を見て怯えている人がいる。そんな怖い顔してたかな。ダメだダメだ。


「フランクさんの言う通り、私は〈勇者〉です。間違っても〈聖女〉などと思わぬよう、よろしくお願いしますね」


 私はニッコリと笑い、そうお願いする。万が一にも〈聖女〉が現れたなんて噂が広まったら、勝手に私のイメージが構築されるだろう。そして本物を見た時に〈聖女〉らしくないことに気づき、勝手にがっかりするに違いないのだ。そのような可能性は排除せねばならない。


 ちゃんと笑顔でお願いしたはずなのに、なぜか青ざめた顔色の皆さんはすごい速さでコクコクと頷く。


「シオリさん、いや、シオリ様! 何度も失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした! また、この村を救っていただき、本当にありがとうございます!」


 フランクさんがそう言って、深々と頭を下げる。いつの間にか父親の元まで来ていた、レオナちゃんとマルコ君が可愛らしい笑顔でこちらを見ていた。


「いえいえ、とんでもないですよ! それよりも私、一つ分かったことがあるんです」

「は、はあ。なんでしょう?」

「山賊が出たのもゴブリンが出たのも、全部魔王のせいですよね?」

「確かに、その通りですね」

「魔王がいると、レオナちゃんやマルコ君が安心して暮らすことができない。なら、百体だろうと二百体だろうと魔王を倒します。そして、ついでに山賊やゴブリンも殲滅します」


 うん、そうしよう。一応私は〈勇者〉なんだし、最低限そのぐらいはしなくちゃ。そして、〈勇者〉として存在を認知してもらうことで、自分が生きやすい世界にしていくんだ。誰にも〈聖女〉なんて呼ばせない。


「ま、魔王を……?」

「はい。ちなみに魔王ってどこにいるんですか?」

「世界のあちこちにいるのですが、最寄りの魔王はここから東の方角にいるとか……」

「なるほど。では皆さん、ここは聖域に守られているので、できるだけ出ないようにして下さいね! じゃあ、行ってきます!」

「こ、これから!?」

「すごぉい! お姉ちゃん、行ってらっしゃい!」

「行ってらっしゃい!」


 レオナちゃんとマルコ君が応援してくれる。この声があれば私はやれる!


 かくして私は自分が生きやすい世界作りのために、最初の獲物を発見すべく村を後にしたのだった。



 おしまい

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