魚の目玉克服記
私は、魚は好きだけど小魚の目玉が苦手だった。子どもの頃に親から出された、いかなごのくぎ煮。あれは我が家ではご馳走だというが、私は好きではなかった。
いかなごたちの目玉を見つつ私が、
「こんな気持ち悪いの食べたくない!」
そう言うと親は、
「なら食べんでいい!」
そう言って一人でおいしそうに食べていた。そのままご飯にのせて食べたり、お茶漬けにして食べたり。私は内心で、
(よく食べられるな……)
と、いかなごのくぎ煮を食べる親のことを白い目で見ていた。同じ理由でじゃこやシシャモなんかもダメだった。
さて。
大人に成ると、私は食道楽になった。やはり大阪は時代は変わっても天下の台所。比較的安くていろいろな食べ物が集まってくる。
その中に北海道展という催しがあった。そこで親と様々なモノを買って食べた。とろけるような牛くし。ギュムッと詰まった甘酢のカニ飯。濃厚なチーズケーキにさっぱりアイス。贅沢なひと時を過ごしていた。
「ん?」
親と別行動をしていた私は、甘じょっぱくも鮮度の良い魚の匂いを嗅いだ。どこからだろうと探っていると、右隣りの店員のおばちゃんが上品に且つ饒舌に声を掛けてきた。
「シシャモやホッケの開きはいかがですか。シシャモはメスは卵がパンパンに入っていて焼き上げるとしっとりしています。オスは身がしっかりとしていてふっくらです。ホッケはちょうどいい塩加減で、ぎゅっぎゅとした味わいにお米が進みます」
「は、はぁ……」
さすが、接客のプロだなぁと思いつつ。やはり気になるのは魚の目玉。買えないわけではないし、話を聞いてみると興味も湧いてきたが、やはり目玉が怖い。
――――でも、押しに負けて買ってしまった。
メスのシシャモに、大きなホッケの開き。それなりの値段だった。生ものを買ったと親に言ったら、「じゃあ早く帰らなな」ということになり、予定を縮めて北海道展をあとにする。
帰ってからどうする。
食べるしかない。買った者の責任がある。しかし、シシャモの目玉がこちらを見てくる。怖い。親は、「頭も栄養があるから食べや。勿体ないし」と言う。私からすれば拷問だ。
私は最後の抵抗をした。
「なぁ、やっぱり残したらアカンかなぁ」
「いくらしたん?」
「2000円くらい」
「アホ! 食べ! 買った責任!」
「……はぁーい」
その日の夜ご飯は、シシャモになった。ホッケは次の日の夜ご飯になる。期限的にそういう風に食べないといけなかったからだ。
(どうせなら、ホッケが食べたい……)
と思いつつ。シシャモが焼きあがるのを待った。芳ばしくて何だかみりんのような甘い香りがしてくる。その匂いに酔いつつ、いざ食卓にシシャモが並ぶ。
弾けた腹からふっくら卵がこぼれていた。ジュクジュクと皮と身の間から油が漏れ出している。それはとってもおいしそうだった。しかしやはり目が気になる。
同時に親からの、
「絶対に頭も食べなアカン」
という目も気になった。
こうなったら覚悟しかない。食べ物のことで親から怒られるなんて、いい歳してそんなみっともないことしたくない。
私は嫌いな物から先に食べる。
――――がぶり。
シシャモの頭にかぶりついた。目玉の食感よりも苦味の方が勝った。
「美味しい!」
どうせなら頭だけでも良い。そう思いながらパクパク食べていた。実際親の分まで食べたかもしれない。それくらい美味しかった。
小魚の頭がクリアできた瞬間だ。
それならば、昔食べられなかった、いかなごのくぎ煮はどうだろうか。一人スーパーで買い物をしている時にそんな思いがふとよぎる。店頭に並ぶ時期があるから、レア商品だ。
値段を見ると決して安くなかった。でも、私は知っている。高いものは美味しいと。大抵外れないことを。
「ふふふ。買っちゃお」
そんなことを口ずさみつつ、買い物かごへ。帰ってからご飯が炊けるのを待つ。こぽぽぽと水のはじける音。米の甘い香り。ワクワクが止まらなかった。
――――ピーピー
炊けた!
15分蒸らしてから米を茶碗へよそう。そしてパックの、いかなごのくぎ煮をふんだんに取り分けて炊き立ての米へのせる。
一口。
「んん!」
ふっくらと甘く、ショウガが効いて魚臭さが全くない! いかなごのくぎ煮。おいしい! いろんな食べ方を試した。海苔に巻いて見たり、お茶漬けにしてみたり。
「おいしいなぁ」
ずっとそればかりを言うのであった。
今では魚の目も怖くなくなった。あの時の北海道展が私に挑戦する勇気をくれて、好物を増やしてくれた。おかげさまで私は、毎日食べる事ばかり考えている。