表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

第8話 蹂躙

 シュタイル王国の軍部にて、『第八魔王エラスムス』の討伐団が迅速に組織された。国の常備軍からの混成団で歩兵が千卒、騎士が三百騎、魔術師が百人、その他工兵や輜重兵、従卒を加え合計二千を超える旅団となった。


 討伐団の指揮官となったゼーマン大佐は王都の西側にある軍庁舎の執務室にて、革製の椅子にふんぞり返り機嫌良さげに口笛を吹いた。


 周りが一斉に手を挙げる中、元帥は思惑通りに自分を指揮官として指名した。これでこそ、自分の嗜好でない元帥の地味な娘を娶った甲斐があるというものであった。


 この二十年、隣国とは平和が続き表立った戦闘はなく、軍人は軽んじられるようになった。そんな逆風の中、ゼーマンは軍人としても貴族としても使えるコネや縁故は全て使い、四十の若さで大佐の地位まで登ってきた。


 今回の討伐遠征で手柄をあげれば次は将軍の地位が見えてくる。何も難しいことはない。森まで規律を保って行軍し、魔物を一匹殺せばそれで達成である。ゼーマンは大きな力に背中を押されているような全能感を感じ悦に入った。


 王都から波旬(はじゅん)の森までは歩兵の足で十日ほど。馬や馬車で先に着いた者たちは森の入口近くにて、全体が揃うまで野営で待機させる予定である。ゼーマン自身は二日後、いち早く馬車で出発する予定であった。


 正午を告げる鐘が鳴る。書類仕事が一段落したゼーマンは昼食にしようと椅子から立ち上がり、高級士官用の食堂へ向かう。執務室に食事を用意させることもできるが、日々の情報収集を兼ね、食堂での雑多な雰囲気を彼は好んだ。


 廊下の窓から見える空がいつもより赤い気がする。やがて建物の内外から喧騒が聞こえてきた。軍人から給仕の娘まで皆が空を見上げている。その顔には一様に正体が分からないものに対する怯えの色が浮かんでいた。


 息を切らせたゼーマンが軍庁舎の外に走り出た頃には、すでに誰の目にも明らかに異常であると分かるほど、空の赤みは不吉に染まっていた。


 やがて赤い空に巨大な影が浮かぶ。二対四枚の蝙蝠のような翼を背に持つ異形の黒い魔物が、王都の上空に飛来した。東の空から近づいてきた魔物は、中央部にある王城を素通りし、周りの貴族街や平民街にも気を留めず、真っ直ぐにゼーマンたちがいる西の軍管区へと近づいてくる。


 その外見はゼーマンが知るどんな魔物ともかけ離れたものだった。創世の宗教画に描かれた創造神と対峙した悪魔が近いだろうか。特徴は報告に受けている今回の討伐対象とおおよそ合致する。翼を持って空を飛ぶとは聞いていないが。


 今ごろ城や町では天地がひっくり返ったような騒ぎだろう。王城の周りの特別な結界は勿論のこと、王都全体にもワイバーンですら弾き返す強力な結界が張ってあるのだ。それを何でもないように侵入してきたこの魔物は、一体何をしたのだろうか。この赤色は空ではなく、結界に異常が起きていることが原因なのかもしれない。


「兵たちを全員武装させて集合させろ! 敵は空から侵略しているのだ、魔術師以外には弓を装備させろ! 大型弩砲も引っ張り出せ!」


 鎧を着込み、大声で指示を出しながら、ゼーマンはこの状況がそう悪くはないと思い始める。王家から平民まで国中の人々に恐怖を与えた魔王を目の前で討ったとなれば、自身の功績や名声はより高まるのではないだろうか。


 異形の魔物は軍管区の上空に着くと、大人しく浮いていた。兵たちが慌ただしく、普段は訓練場となっている空地に集合する。最前列には重装備の騎士が盾を構え、その後ろには弓を持った歩兵、更に後方には魔術師たちが陣取った。脇には大型弩砲などの攻城兵器も準備された。


「総員、攻撃を開始しろ!」


 ゼーマンの怒号で矢と魔法が一斉に空へ放たれる。先制攻撃を許すとは愚かな魔物だ。ゼーマンは口元を歪めて笑ったが、それはごく短い間だけであった。


 空に浮かぶ魔物に届く前に、ほとんどの矢が不思議と勢いをなくし地面に落ちていく。魔法はそのまま向かっていくが、届く前に魔物を覆うように現れた障壁に阻まれた。複雑な模様が光り走る障壁は、一連の魔法を弾いてもなおびくともしなかった。


「あの障壁がどういうものか分かるか?」


 ゼーマンは隣に来ていた王宮の筆頭魔術師に尋ねる。


「……分かりません。見たことがない魔法障壁です。表面の模様は古代語のようにも見えますが……恐らくこの国に読み解ける者はいないかと」


「どうすればあの障壁を突破できるのだ?」


「何とも言えませんが……広い範囲攻撃よりも、一点に狙いを絞ればあるいは」


「魔術師隊、集中して一点を狙え!」


 魔術師たちの攻撃魔法は見事に狭い範囲に集中したが、それでも障壁は健在だった。今の一点集中攻撃で障壁を突破できないのであれば、空にいる相手に対して他に策はなかった。大型弩砲が打ち出した槍はやはり勢いをなくし途中で落ちる。


 魔術師たちの魔力が切れ攻撃が止むと、それまで沈黙していた魔物が動いた。胸の口が開き、前方に小さな太陽のような眩い火球が生まれる。数多の眼が煌めき、投射された光芒が地上への道筋を示した。火球が瞬間的に圧縮され、発生した膨大な力が道に沿って地上を蹂躙する。


「待っ……」


 激烈な熱線が放たれると共に空気が膨張して爆風となる。高熱が鉄の鎧まで溶かし、兵たちは一瞬で炭のようになった。数瞬遅れた爆風により殆どのものが吹き飛ばされバラバラになり、辛うじて形が残ったものには様々な破片が突き刺さった。


 軍管区の大半が跡形もなく消し飛ばされた。ゼーマンは何かを言い残すことなく絶命し、僅かに残ったのは、殆ど溶けた鎧の裏側に張り付く焦げた肉片のみだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ