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第6話 辺境兵団

 ある日の夕暮れ時、ヘルトは冒険者たちとは異なる気配が森に近づいてくる感覚を捉えた。馬や馬車に乗った一団が規律を保ちこちらへやってくる。数は百を超えるくらいだろうか。


 遠見の魔眼で森の中から確認する。一団の先頭では、これまで何度か森で見たことのある冒険者が馬に乗り先導をしていた。その後ろには二十騎ほど、金属製の鎧を着込んだ騎士たちが軍馬に跨り続いている。さらに後方には歩兵や荷を担いだ輜重兵、魔術師を乗せた馬車や荷馬車が列を作っていた。


 一団は森に到着すると外縁部で野営を始めた。ヘルトは森の暗闇の中から、入口に旗が立てられた一際豪華な天幕の中へと聴覚を集中する。


「――予定通り、日の出と共に討伐作戦を開始します」


 壮年の男性の低く太い声が聞こえる。


「うむ、魔物一匹などさっさと森ごと焼き払ってしまえ」


 次に聞こえてきたのは、さらに年嵩の男の高い声だ。貴族なのだろうか。口調が傲慢さを感じさせる。


「はっ。しかし領主様、森は隣接する三国が協定で領有を主張しないことになっている無主地です、本当によろしいのですか?」


「何度もしつこいぞ団長。此度の遠征の目的は領の冒険者たちを次々と虐殺している黒い魔物の討伐である。森を焼くのはそのための作戦であり、対外的には黒い魔物が吐いた火が原因であったと報告する。それで何も問題はなかろう」


「…………しかし、対外的にはそれで良いとしても……森に火を放てば、十年前のようにまた魔物の集団暴走(スタンピード)が発生する可能性があるのでは?」


「そんなものはただの偶然であろう。本能で生きているだけの魔物どもが種を超えて集団行動するなど、たまたまにすぎん」


「……承知しました。準備が残っておりますので、これで失礼いたします」


 入口の幕が揺れ、大柄の男が疲れた顔をして出ていった。


「十年だ。十年も待ったのだ。今度こそは我が領土を広げてみせよう」


 天幕の中ではくつくつとした笑い声がしばらくの間響いていた。


 ヘルトはすぐにでも天幕ごと押し潰したかったが、体は動かなかった。森の共有意識とやらの仕業なのだろう。




 夜が明け人間たちが一斉に動き始める。兵士が松明を手に次々と森へ入って行き、草木に火を付ける。魔術師が風を起こして火を煽り、煙を森の奥へ送った。煙に追われ出てきた動物や魔物を屠りながら、一団は森の奥へと進んだ。


 共有意識を通じ、森から命令が下りてくる。


『森を侵している人間たちを殺せ。燃えている木に当たって倒せ。その後は森を出て人間の拠点を潰しながら死ぬまで走れ』


 周囲の魔物たちが色めき立ち、目からは理性の色が失われていく。ヘルトは森の共有意識に外方向の魔力を流した。認証認可の過程を魔力量と並列試行で無理やり押し流し、管理者権限を取得する。


『森の奥へ避難しろ』


 管理者権限を使い、森からの命令を上書きした。


「クエレ、火を消せるか?」


 クエレに対しては命令の上書きでなく、取り消しを行っていた。


「任せてアニキ!」


 白銀色の小さな竜が空へと咆哮する。すぐに雨雲が集まり激しい雨が降り出した。木々の火が消え、雷鳴が轟然と鳴り響く。雷光と共に、黒い異形が討伐団の前に姿を現した。


「人間どもよ、どのような権利を持ってこの森を侵しているのだ?」


 なるべく威厳が出るような口調で語りかける。学のないヘルトにはこの程度が限界であった。言葉は魔法で増幅させている。


「人の言葉を話す魔物とは……お前が森の西の黒い魔物か?」


 一際大柄の騎士が大きな声で応えた。天幕で領主と話していた男だ。この討伐団の長なのだろう。


「……それは知らん。森には我の他にも黒い魔物はいるだろうからな」


「ここのところ、冒険者たちを次々と殺しているのはお前か?」


「それは……我だろうな」


「ならばお前は我らにとって討伐対象の黒い魔物である。冒険者たちの仇、正義の名の下に討たせてもらう」


「仇だ正義だ言われてもな。動物や魔物を捕らえるため、危険を承知で自ら森に入ってきたのだろう。それが返り討ちにされたとして、恨まれるのは筋違いではないか?」


 団長が息を飲む。魔物にこのように言い返されるとは思っていなかったのだろう。何やら思案しているようだ。


「……個人的にはお前が言っていることは間違っていないと思う。侵犯しているのは我々だからな。正義などという言葉は撤回する。しかし、悪いがこちらにも事情というものがある。言い直そう。これは我々人間と我々にとって都合が悪いお前との生存闘争である」


「そうか、では話は終わりだ。かかってくるがいい」


 胸の口を大きく開き、恐嚇の咆哮をあげると共に魔眼に魔力を流す。目があった兵たちが泡を吹いたり、耳鼻から血を流して倒れていく。


「倒れた奴は後ろへ連れて行け! 騎士は前へ出て盾になれ! 後ろから弓と魔法で攻撃しろ!」


 団長の大喝が豪雨と雷轟のなか響き、兵たちの目に落ち着きが戻った。


 腕を振って盾ごと鎧ごとに体を引きちぎる。体を回転させた勢いを乗せて尻尾を振るって吹き飛ばし、体中の骨を粉砕する。矢は体毛を通さず、魔法は一部通ったが気にするほどの損傷はなかった。


 クエレが空へ翻り、上空からブレスを吐く。兵たちは地面に叩きつけられたり、吹き飛ばされた先で木の枝に貫かれたりと次々に無力化された。


「ドラゴンまでいるだと!」


 どよめきが伝播して士気が下がっていく。抗うように団長が盾を構え槍を繰り出してくる。槍を持った腕を爪で吹き飛ばした。


「うーむ、見事なまでに強いな……これは勝てん」


 失くなった腕の断面を見ながら団長が独りごちる。


「悪いが鍛錬を積んで得たものじゃない。たまたまこうなったんだ」


「そうか、それは羨ましいことだ。総員撤退しろ! 領都まで領主様を守れ!」


 団長が捨て身の構えで突っ込んでくる。爪を振るって頭部を刈り取った。残りの兵たちは潰走し、領主も馬車で逃げ帰った。ヘルトは逃げた者たちを追わなかった。


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