知らない唄
お降りの方は、こちらから、地獄の二丁目、到着しました。
ゆめまぼろし、書を捨てよう街に出よう、
いや街ではなく荒野に行こう、化野で幽霊とワルツを。
車掌は黒い影。赤信号を直進。
読みかけの本を、其処に置いたまま、
駅を出ると、彼岸花に手を合わせる。
回送列車なのに、葬式姿の人々が乗っている。
黄昏時に、失くした恋がひょっこり顔を出して、よく来たねえ、君、と尻尾を振っている。
蓮池が、今年も沼地で雨を待つ。
まちぶせしてみたの、君。とでも言いたげに。恋とはね、罪悪だよ、君。
そう言った先生も、亡くなって、後世の人々に、好き放題。
夢は枯野を駆け巡る。
あの柳の下で待っているから。
生きていますか?生きていますよ。
御堂の中から、ぞろぞろと僧侶が湧いてくる呪い。
道を行く、黒猫、横切るの禁止と看板がたつ迷信好きの古い街。
煙を吐いて通り過ぎる機関車の、尾に朱い女物の緋襦袢絡み、
なにやら秘密めいたひそひそ声が、村の子らの、秘密の隠し事。
神も仏も踊りだす深夜一三時。
私にはこれしかないんです。と、ちっぽけなお金で買った、クジラの歯。
戸棚の奥に隠していた水晶の隣で、輝く妹の乳歯。
押し入れの奥の、臍の緒。大きなお腹の母親の飲む牛乳パックの青い事。
両手が真っ青に染まってしまった。海に戻れという、常世の教え。
知らない唄が、路地裏を流れている。
秋色の、そうですね、風が線香臭いです、何処かで、焼け野原。
金木犀の馨りのする台所。
抜けた歯の堕ちている洗面所。
飾られている芒に、蜘蛛の巣。
念仏を唱える祖母の背中が、黒く、沼の主のように西日指す仏間を黒く染め上げてゆく。
秋は、涙の出るように、郷愁的で、私は、蔵の裏の川で人魚に戻る。
傘の下で、飛び跳ねる魚。やけに線香臭い秋空と、傘地蔵。
四四四円払ってお寺の奥で見られる秘蔵の襖絵の中で、鬼が邪悪な顔をしている。
三度目の月が昇るころ、海の上で、とこしえを探す人魚。
ボンボン時計が午後一二時を指す頃、絹の布を纏って宿場町で踊る踊り女。
私は、夢の中を泳ぐ虚空人魚。
秋の稲穂。呪術を語り部にしている婆が、あの忌み地だけには近寄るなと。
夏の或る日、どうしても気になって行くと、綺麗な女が立っていた。
女は私に気が付くと微笑む。
心地いい気持ちで帰る。
よく喰われなかったな、婆が云う。
あれは、自分の子を喰らっておかしくなったされこうべの妖怪。
秋の夕暮れ。
夕暮れ時に、会いましょう。
小さな日本人形の綺麗な嗤い声。
しゃらしゃら、軒先に吊るしている、螺鈿細工に使う貝の、貝の念仏。
百物語の最後を語った者が、煙と鳴って消える。
火葬場の傘地蔵の、一体だけが首がもげている。
風が吹いて、化野に青い燐光、火の玉が舞い踊る。
見えますか?見えますよ。
秋の夕暮れ。百物語の娘たちは死んでしまった。
蜩の最後の悲鳴。おどろおどろとやってくる提灯お化けの夜。
水面が輝き、横顔が、美しいですね。麗人の、金魚は片目が潰れて。
沼の主が咥えた髑髏が夜叉になる。
そんな夕暮れもあっていいと思うんです。
夕凪。神薙。
坊やがろぞろ出てくる壺。今宵も怪。
冬が近づいてきます。秋風ピューピュー、凩寒し。
お父さん、この無花果、美味しいね。
口の周りを真っ赤にさせて、犬歯が光っておるわ。
この息子、鬼か悪魔か。
通り沿いでは、影法師が、椿の簪片手に、舞い踊り。
早く来い来い冬景色。
路地裏でも、花舞い踊る。
ぶっぽうそうの啼く夜こわしと、押し入れの中を整理。
何処かに隠れないとと、必死になって。
熊野古道、お地蔵の顔不気味と夜目光り。
シャンシャンと鈴の音。錫杖が独り歩き。
御手水前にて、修行僧、慌てず、錫杖を叱る。
見よ、これが、僧侶の手本。さすが瞑想高野山僧侶。
私なんぞは、茶釜集めに必死。
ゆうらゆうらり、線香の灯が、揺れている。
短いの、太いの、みな、命のともしび。
海に行く、と云ったまま消えた姉さんの命の蝋燭は?
僕のを足してあげるのにな。神隠しの不思議。
姉は、海神様のお嫁様。
日和見、街道沿い、綺羅綺羅、コノハズクの雛飾り、
三つ子の魂百まで、お前とは、似たのかもな。
春が来るよ。この山の上にも。
櫻の花の馨りに、寄ってくるのは、人間だけじゃない。
お酒を飲みながら、鬼どもが、お花見をしている。
体の弱い弟が、櫻の時期に、神隠し。
遠い神在月の國に行ってくると、言伝残して。
満月の夜、街では春祭りの、宵の宮。
血の跡が点々と裏の山に続いていて、妖しいもの。
しばらくすると、海が見える。
潮の匂いは、みどろおどろの匂い。
海藻が足に絡んで、洗濯物を取り寄せる邪魔をする。
磯貝が、耳に竜宮城の誇大広告の宣伝をしてきて煩い。
鰯の大群が、空から、堕ちてくる。
ひそひそあそこで内緒話をしているのは、法螺貝の説法か。
海の見える街は、磯の香が止まない。
通りを行く、あめふらしの行進、鴉のおどけ踊り。
雨も降っていないのに、黒い足跡があるのは、影法師の足跡だ。
夏は、人々を小さな夏の箱庭に閉じ込めて、赤い布で目隠しして、出られないように、夏という永遠の秘宝から。
ほら、おもちゃ箱から、ビー玉が転がりだしてきて、日差しの中で光っている。
狒々舞う。火の粉をあげて。
忌まわし祭り、踵を上げて。
火渡り明神、修験道。
最後は線香花火。締めくくりは、宵の鬼ころし。
秋祭りの収穫祭。呼ばざる客も、早しの奥に…決して、振り返っては駄目だよ。
ああ、片足を亡くした。彼奴に違いない。
妖怪のミステリ、魍魎の鳴らす鈴の音。
呼ばれて舞い舞い。
竹藪の家。鈴の音が鳴りやまない。近くに坊主塚もある。
恐ろしくて、鈴の音を探りに行くと、猫が通りで鈴で遊ぶ。
それを取り上げて、ほっとしていると、また、何処かでシャン…という音が鳴りだす。
死んだはずの男が泣きながら、道端で女装して舞う。
くねくねと屍蝋が、腕をくねらせて、櫻の下踊る。
夢の中 やじろべいが左右に 揺れている メトロノームの 秋の静寂
潮騒が聞こえる。
教室の中にいても、寝ていても、起きていても、トイレに居ても、どこにいても聞こえる。
あ、と思ったら、ポケットの中に、小さな巻貝が入っていた。
こいつか。
巻貝の中身が、首を伸ばして、
なにやら怪しげな眼玉をぎょろりと見せたので海の見える小さな神社の境内に置いてきた。
桜散るらん。妖しい櫻の精が、夜ごとに顔を覗いて立ち去ってゆくものだから、
辻占いに訊いてみたら、やっぱり憑いているようだ。
枕元に、辻占いから買った香を焚いてみたら、
桜の妖は、夜ごとに口づけをしてくるようになった。
昔、近所の地蔵堂の近くで、綺麗な青年が、世を儚んで自殺したという。
雨の日には、出るよ。雨合羽の小さな子供。
雨に濡れた阿弥陀堂で、仏様の頬が、
蝋燭の灯りに照らされて、不気味に輝いている、
どうして僕だけ大人になれないんだろうと、
道行く人が、ボールが、
転がりだしてくる寂れた駄菓子屋に、肝をつぶす。
近くの御堂には、風車やメンコやおもちゃが雨に濡れる。
夜光貝、白蝶貝、黒蝶貝、青貝、鮑、阿古屋貝、祖母の残した螺鈿細工。
琥珀蝶の標本と、どちらが上でしょう。
先日、京都で買った寄木細工、吊るし雛。
凡て、蔵の中に閉まっておきました。
その日から、眠っている間に、何故か蔵の中で目が覚める朝が続きます。
財宝の中に、なにか、よからぬ物が…。
お地蔵さんの傍で、佇む少年の影。
決まって雨の日。彼岸花が咲くころになると。
お彼岸の時期。
遠い昔、車で轢かれた少年のために建てた地蔵堂。
片足だけの黄色い長靴。
黙って、花を添えてやるも、成仏できずに入道雲の隙間で、笑っている笑顔は古い写真の中。
雨の日に、必ず現れる独りぼっちの幽霊。
路地裏愛好家。薄汚れていて、黄昏ていて、懐かしい、
あの路地裏で、横になって眠れるほど、路地裏が好き。
なんで古い家の並ぶ路地裏に来ると、懐かしさで、胸が満たされるのだろう…。
一滴の、涙が零れる…さああ…と、雑木林が秋風に吹かれて揺れている。
路地裏の陰翳は、愛おしい父か、母か。
あーあ、今日もすっちまったヨ。
おじさんの深いため息が、路地に沁み込んでいく。
路地は、人間の悲しみや憂いを吸い込んで、
あんなに懐かしい記憶の通り道となるのだろうか?
懐古の夕日がまた裏路地に堕ちていって、
また、路地は美しい懐かしい西陣織の娘のようになってゆく…。
記憶の曲がり角。
君、焉んぞ夏を知らないか?
知らぬ間に、私の右袖の隙間から、夏が逃げだした。
そのせいで、今年は、あっという間に夏が終わってしまった。
夏は逃げ出して、神社の境内の祠の中に隠れているようだ。
深夜一二時にこっそり蓮の雫を飲みに外に出てくる処を捕まえなければ…
嗚呼、夏よ。懐かしき、麗しき…
陽炎の世。夏の焦土には、秘密が眠る。
黄昏時に寄せて、陽炎はさよならを云う。
電柱の傍で、信号機が、朱い魔物が出るよ、と赤信号をつけっぱなしにする。
野を駆け山を駆け、我は泣く。
母恋しや、父恋しや。魂の踊りを聞け、今。
ゆらりゆらり、日溜まりの説法。
夜は、月の灯りで、夜毎に崩れ行く涙。