え、マジ?
ある日の午後。
結局お礼になにをするかを迷った末に、本人に聞くという最終手段をとることに決めた。
「ヴィルヘルミーナ、何かお礼をしたいと思うのだけど、何も思いつかない。何か欲しい物とかあるか?」
「何さ急に。……お礼を言いたいのはこちらの方だよ。退屈な独りきりの生活には飽き飽きしていたんだ。ロランが現れてからの生活は色褪せていた今までとは打って変わって、楽しい日々になった」
「そうか……しかし何かお礼をしたいという気持ちはどうしようもない。何でも言ってくれよ、できることならなんとかする」
「そうだな……」
ヴィルヘルミーナは何故か頬を染めてモジモジしだす。
何かとても恥ずかしいことを告白しようとしている、そんな甘酸っぱい空気になる。
「その、だな。ロランは私の弟子だ。これからも私と永い時を一緒に歩んでもらえると嬉しい」
「なんだ、そんなことか。もちろんだ、一緒に暮らそう」
「あ、そういうことでは……なくて。私はエルフとしても長命でな。それは真理の魔術を極めたからで」
「うん」
新しい魔術を創るだなんてとんでもないことだと思う。
極めた、というのは誇張もない事実なのだろう。
「その弟子であるロランにも、永い永い時を生きてもらいたいのだ」
「なるほど、俺にも魔術を極めて、不老長寿になれってことか」
「そうだ。嫌か?」
「嫌なもんか。魔術を極める、大いに結構。俺は魔法使いって奴に憧れがあるからな。真理の魔術のすべてを教えてくれるなら、大歓迎だ」
前世の地球には魔法なんてなかったから、この世界は面白くて仕方がないのだ。
「そうか、良かった。ロランがその気なら、恐らく魔術を極めるのに十年はかからないだろう」
「意外と短いんだな」
「ロランは既に精霊魔法を使える。それに日々、魔物を狩って魔石を食べて魔力を増しているだろう。内包する魔力量を考えれば、進化も近いと思うぞ」
「進化? ワイバーンって進化したりするのか? いきなり?」
「ああ。魔物は魔石を食らうことで魔力を高めていき、やがて格上の存在に進化していくのだ。ワイバーンにも亜種となる幾つかの分岐が存在する。アルビノワイバーンという種が既に変異種だから、普通のワイバーンよりも強い亜種になる可能性が高い」
「進化してもあくまでワイバーンなのか。ドラゴンとかになれるかと思ったけど、そう甘くはないなあ」
「いや、ドラゴンにはなれないが、龍にはなれるぞ」
「え、マジ?」
「進化を何度も繰り返すことで、龍という存在になることができる。これはその種族の頂点であることを表す。龍は人類にとっては災厄の象徴だ。しかし人間の心をもつロランなら、人類の味方として最高の存在になれるだろう」
ほほう。
ワイバーンの龍になるってことね。
あくまでもワイバーンの種の頂点であって、ドラゴンとは異なるらしい。
それでも龍となった者は、ドラゴンと対等に戦えるくらい強くなるものらしい。
「疑問なんだけど、ゴブリンの龍とかコボルドの龍とかもいるのか?」
「亜人種が龍になった場合、魔王と呼ばれることが多いな。必要になる魔石の量が尋常ではないし、大抵は途中で人間に退治されて龍になる者はほぼいない。それでも歴史上、何度かは魔王が現れたことはある」
「ふうん。じゃあ人間やエルフは?」
「人間やエルフなどの人類はそもそも体内に魔石がないから、魔石を喰らっても進化したりしない。だから龍になることはないよ」
「そうなのか……」
「しかし人類を侮るなよ? 真理の魔術を磨き、魔王を討ち果たしてきただけのことはあるからな」
なるほど、人類は人類で文明や文化を進化させて、魔王に挑んでいるわけだ。
「ちなみにヴィルヘルミーナなら、ドラゴンに勝てるか?」
「私は完全に魔法使いだから、接近されたら厳しいと思う。屈強な前衛がいてくれたら、対等に戦えると思うぞ。そうだな、ロランがもっと強くなったら、善戦できるだろうな」
前衛は俺なのか。
まあ確かに、ワイバーンの膂力を振るうことができる人間ってのは反則に近い戦闘能力を誇る。
進化を重ねてやがて龍に至れば、それこそ単独でドラゴンと戦えるというし、これはもう龍を目指すしかないな。
「いずれは龍になりたいものだな」
「ロランなら百年くらいで龍になれそうだな」
百年か。
前世より長生きしなければならないが、しかし真理の魔術を極めれば不老長寿になるというし、あながち不可能ではなさそうなところが最高だ。
ファンタジー世界に生まれたからには、最強の存在になりたいものな。
異世界転生の醍醐味だ。
「よし、そうと決まったら魔術の勉強だ。今日も教えてくれ、師匠?」
「いいだろう、覚悟して学べよ弟子」
俺たちはしばらく見つめ合うと、笑いあった。