しまった、怪しまれたか?
街は城壁に囲まれた堅牢な作りで、入り口の門衛のもとには出入りする人々の列ができあがっていた。
俺とヴィルヘルミーナは何食わぬ顔でその列の最後尾に並ぶ。
《ロラン、密談は〈マインド・リンク〉を使って行おう》
《分かった。風の精霊に頼んで、門衛と出入りする人々の会話を盗聴しようと思うんだが》
《いい案だ。どのような会話をするのかは気になるね》
俺は風の精霊に頼み、門衛の辺りの音を拾ってきてもらうことにした。
「身分証明証を見せろ」
「おうよ」
「冒険者か。よし、通っていいぞ。……次!」
「どうもご苦労さまです」
「身分証明証を見せろ」
「はい、こちらになります」
「商人か。よし、通っていいぞ。……次!」
次々と入国者たちを捌いていく門衛。
というか、身分証明証ってなんだよ。
《どうするヴィルヘルミーナ、身分証明証なんて持ってないぞ》
《慌てるのはまだ早い。身分証明証もない田舎から出てきたと言えばいい。作るのにお金がかかるかもしれないが、迷宮産の銅貨や銀貨がある》
迷宮産の貨幣は万国共通で使えるとのことだ。
ヴィルヘルミーナの知識は古いから、今はどうなっているか分からない。
しかしダンジョンが滅びることはないだろうから、流通しているはずだと聞いたことがある。
盗聴を続けていても、身分証明証を持っていない者はいなかった。
そして遂に俺たちの番がやって来た。
内心の焦りを顔に出さずに、俺たちは門衛の前に立つ。
「身分証明証を見せろ」
「身分証明証ですか。申し訳ないが、持っていないのです。何分、田舎から出てきたもので」
「む? そうか。では詰め所まで来てもらおう。犯罪歴がなければひとり銀貨一枚で発行できる」
「なるほど。じゃあ行こうかヴィルヘルミーナ」
俺はヴィルヘルミーナの手を引き、詰め所に入る。
詰め所では門衛が紙束を持ってきて、一枚一枚、確認していく。
時折、俺たちのことを見上げるが、それも徐々に回数が少なくなっていく。
どうやら人相書きのようだ。
きっと犯罪者かどうかを調べているのだろう。
「よし、この中には無いな。では身分証明証を作る、でいいのだな?」
「はい、よろしくお願いします」
俺はポケットに手を突っ込んで、〈ストレージ〉から銀貨二枚を取り出し、門衛の前に出した。
「お、ダンジョン貨幣じゃないか。お前たち、一体これをどこで?」
「普通に流通している貨幣じゃないんですか?」
「この辺りにはダンジョンはないからな。珍しいぞ。他の銀貨はないのか」
「生憎と銀貨はそれだけです」
「そうか。……ところで、田舎とは言ったがどこから来たんだ?」
「ずっと南から来ました」
「南、南か……まあいい。身分証明証を作成するにあたって、この用紙に名前と性別、年齢、職業を書いてくれ」
ヴィルヘルミーナに文字の読み書きは最初に習ったから、問題なく書けるかと思ったが、いくつか読めない字があった。
ヴィルヘルミーナも困惑しているようだ。
「どうも俺たちの知っている字と少し違うようなんだが、代筆を頼めるかい?」
「そんなに遠方から来たのか? 何日くらい旅してきたんだ」
「ええと……」
素早く計算する。
ワイバーンの姿でかなりの距離を飛んできたから、一ヶ月くらいだろうか。
「……三十日くらいですかね」
「そんなにか。その割には小綺麗にしているな」
しまった、怪しまれたか?
「しかしそれなら納得だ。土地が変われば使う文字も変わると聞く。人類共通語は変わらないというのに、文字だけはその対象外だというのは、不便でならんな。どれ、代筆してやろう」
「ありがとうございます。俺はロラン。男で年齢は、……」
はて。
年齢は何歳と答えるべきか。
《俺って生まれて十年しか経っていないけど、十歳には見えないよな?》
《そうだな。十五歳と答えておくと良いだろう。私も人間の年齢や外見には詳しくない》
「……十五歳です。職業は今の所ありません」
「ふむ。この街に来た目的は?」
用紙にない質問が来たぞ。
「俺たち、結婚したんです。それで折角なので都会で暮らしたいなと思いまして。仕事はこれから探そうと思います」
「ほう、新婚だったのか。兄妹には見えないから、恋人か夫婦かとは思っていたが」
白髪頭に病的な白い肌、赤い瞳の俺と、金髪碧眼のヴィルヘルミーナとは似ても似つかない。
兄妹という線はないだろう。
《おいロラン。いつ私たちが結婚したんだ!》
《いいじゃないか。順番が前後したけど、結婚自体はするだろ、俺たち?》
《く……っ、後で覚えていろよ》
「じゃあ次は奥さんの方だな」
「あ、ああ。名前はヴィルヘルミーナ。性別は女。年齢は……十五歳だ。職業は同じくない」
「ふむふむ。よし、じゃあこれで身分証明証を作るから、ちょっと待っていてくれ」
俺たちは一時間ほど待たされた後、身分証明証を受け取った。
今の年齢なんて聞いてどうするのかと思ったが、作成年月日が書かれているので、これを元に年齢を計算するようになっているらしい。
ようやく街に入れる。




