無音と呼ばれた最強プレイヤー
ざり、と。本来であれば耳に残らない砂を踏む微かな音がこの時だけは一際大きく響き渡った。
じりじりと迫り寄ったと思えば後退し、距離を取り直して間合いを測り直す。そんなやり取りが約数十秒。一触即発の空気を醸し出しながら、タイミングを見計らう2人のプレイヤー。
周囲からは歓声が湧き上がり、闘技場の中心にて、試合を行なっている2人のプレイヤーの動向を食い入るように誰もが見詰めていた。
闘技場に設えられたモニターに映し出される2人の姿。
その直ぐ下に書き記されたプレイヤーネーム。
1人は挑戦者。
もう1人は、この大会———半年に一度行われているPvP大会前制覇者。
圧倒的な強さ。独特のプレイスタイル。
それらの特徴から付けられた2つ名が———『無音』。対策は無意味だと嘲笑わんばかりに「速さ」こそ全てであると「速さ」にありったけの情熱を注ぎ込んだプレイヤー。名を、『RAIN』
大盛況を巻き起こしたVRMMORPG———通称【イニティウムオンライン】の中でも目立って有名とされるPvP専門のプレイヤーとして知れ渡っていた人物である。
「なぁ。どっちが勝つと思う?」
「そりゃ『RAIN』だろ。今のアイツが負けるところなんざ想像も出来やしねえっての。タイマンならきっと誰にも負けやしねえよ」
興奮が抑えきれないとばかりに、そわそわした様子で隣の男に問い掛けるレザーアーマーを装備した男性プレイヤー。
そして、素っ気ない様子で答えるローブの男。
彼らの視線は特大のモニターへと向けられており、両者共に一切目減りしていないHPバーに釘付けであった。
「それに、勝ってもらわねえと俺が困る!!!」
そう言いながらポケットから紙切れを取り出すローブの男。そこには何やら金額のようなものが記載されており、
「……賭博かよ」
「か、確実に増えるんだし良いだろうが!!」
呆れ混じりの視線を向けられ、狼狽しながらもローブの男は大事そうにポケットへと収め直した。
「ちなみに倍率は?」
「『RAIN』が1.1倍で、挑戦者の方が17倍」
「……17倍はエグいな」
「そりゃそうだろ。【イニティウムオンライン】が配信始まってから、大会にはフル出場。そんでもって勝率は驚異の9割オーバー。実績を考えれば『RAIN』が相手なら17倍でも少ねえくらいだよ」
そんなこんなと駄弁っている内に、シン、と場の音を拾っていた拡声器が静まり返る。
「……おっと。そろそろ始まるっぽいぜ」
観客サービスだったのか。
直ぐには試合を始めず、時間稼ぎのように緊迫感に包まれた闘技場の中で、お互いに間合いを測り続けていた2人の足がぴたりと止まっていた。
————ついに始まる。
口を真一文字に引き結んでいた観客達のゴクリと鳴らす嚥下の音すら聞こえるのではと思うほどの静寂が場に降りた。
直後。
地面を蹴りあげ、土塊が宙を舞うと同時に二つの剣線が円弧を描き、ちょうどそれは重なり合って衝突————火花が散った。
そして二度、三度と剣戟の音は鳴り響き、その熱に当てられて立ち上がり始める多くの観客。
程なく、喜悦に塗れた男の声が轟いた。
「やるねえ!! 成る程!! 長期戦で確実に『勝ち』を取りに来たか!!!」
感心の言葉を吐き散らすは、前大会制覇者の『RAIN』。
彼の二つ名——『無音』から分かるように、彼の場合は全てを捨ててでも『速さ』に重きを置くプレイスタイルを貫いている。
故に彼の場合、基本的に防御は捨てている。何故ならば限界まで速くする為に所謂、『紙防具』と揶揄される装備を着けている事が極めて多いから。
防御力のある装備はそれだけ頑丈であり————何より、重い。だからこそ、『速さ』に重きを置く彼はどうしても防御を捨てざるを得ないのだ。
つまり、彼の場合は大体、一撃入れれば致命傷。二撃入れれば『勝ち』というパターンが多い。
故に、対策としては多少、ダメージを受けようとも、たった二撃。それだけ入れればいいという作戦を取る事が鉄板として知られていた。
だが。
「で、も——っ、そうやって対策してきた奴らも結局、最後まで当たらず仕舞いで終わってったぜ!?」
この【イニティウムオンライン】ではプレイヤーのレベルが上がる事にステータスポイントというものを割り振るシステムが採用されている。
存在する項目は5つ。
体力と防御力を上昇させるVIT。
物理攻撃力と、若干の体力を上昇させるSTR。
魔法攻撃力と、魔力保有量を上昇させるINT。
命中力を上昇させるMEN。
そして、回避率と素早さを上昇させるAGI。
この5つである。
ステータスを割り振る上限というものはなく、ステータスポイントさえあれば幾らでも割り振る事が出来る。つまり、————極振りというやつが出来るシステムなのだ。
そして『RAIN』が選んだのはAGI極振り型ステータス。つまり、回避率と素早さがとんでもなく高いPvP特化型のステータス。
しかも、【イニティウムオンライン】ではステータスの振り直しは原則不可能であり、攻撃力と防御力を全て捨てて素早さに特化しようと試みる阿呆は間違いなくひと握り。
「それ、にッ、そうされると誰でもすぐに予想出来んのに、まさか俺が対策を怠って来るとでもッ!?」
持ち前の素早さに物言わせながら、目にも留まらぬ速さで残像だけを残して確実に相手のHPバーを目減りさせてゆく。
可能な限り、『速さ』を邪魔しない程度に攻撃力の方もあげてはいたが、長期戦を想定して挑んでいる挑戦者側は、ひっきりなしに攻撃を受けているにもかかわらず、やはりHPの消耗は限りなく遅い。
だが、何を思ってか。
ここぞとばかりに手にしていた盾を思い切り地面に叩きつけながら挑戦者はスキルを発動する。
「こ、こだッ!! 〝獅子の咆哮〟ッ!!!」
近接職専門スキル————〝獅子の咆哮〟。
70%の確率で相手を混乱状態に追い込むスキルである。
しかし。
「悪いが、それは対策済みでねぇっ!?」
ノックバックする事も、硬直状態に陥る事もなく、怒涛の攻撃は乱暴に吐き捨てられた言葉と共に今も尚、降り注ぐ。
この【イニティウムオンライン】では、数多くの状態異常があり、そしてそれに対する対抗手段が存在している。
その対抗手段として、主に装備が挙げられる。
プレイヤーに許されているのは
武器。頭防具。身体防具。足防具。最後に、3つものアクセサリーである。
基本的に武器は攻撃力に直結し、三種の防具は防御力に直結している。そして、3つのアクセサリーに備わった効果が状態異常に対抗する手段であった。
「むしろ、それを待ってたんだわ」
スキル発動から数秒遅れて、『RAIN』の右の人差し指に嵌められた指輪が光を帯びる。
「神楽の指輪って知ってるか?」
「ん、なっ……」
神楽の指輪。
超がつく程の激レア装備アクセサリーの一つで、効果は
混乱、又は中毒状態を引き起こす攻撃を与えられた場合、それを反射。
加えて、対象に状態異常を付与した際、20秒間————被ダメージ倍増。
「いくら耐久型にしてきたとはいえ、倍増で混乱20秒間じゃあ、もう詰んだろ————い、や」
そう断言しようとしていた筈の『RAIN』は、キィン、と音を立てる挑戦者の腕輪を確認し、その考えを覆す。
それは見覚えのあるアクセサリー。
耐久の腕輪であった。
効果は混乱耐性を装備者に付与する装備で、その効果が発動されてから10秒間、自身に防御力上昇のバフを付与。
「そもそも混乱が通るとは、思ってない……ッ!!」
通ればラッキー程度の攻撃だったのだろう。
基本的にPvPにおいてアクセサリーに関わらず、装備には隠匿の効果が付与されている。
ただ、効果が発動した瞬間に限り、その隠匿の効果は解除されてしまう。
その為、お互いがお互いに何を装備しているかは分からない状況。言ってしまえば、PvPとは究極の読み合いゲームである。
そして、程なく10秒が過ぎ、やって来る10秒間の倍増タイム。そこで漸く、観客の一人が違和感に気付いた。
「おいおい、『RAIN』の与ダメ、なんか徐々に上がってね————?」
「は? 馬鹿いえ。今は神楽の指輪がモロ発動してる効果時間だからそりゃ与ダメはあがんだろ」
「いや! それを加味した上でだよ!!」
そう言われ、声を上げた観客の周囲は一斉に挑戦者側のHPバーを確認。ジッと凝視。
すると、言われた通り、与ダメージが徐々に上がっているではないか。
「……は、っ、あのヤロー〝呪いのアクセサリー〟使ってやがるな」
程なく、そのカラクリが判明する。
通称——〝呪いのアクセサリー〟。
通常のアクセサリーはプラスに働く効果のみをプレイヤーに与えるものなのだが、〝呪いのアクセサリー〟はそれとは全くの別物。
何かとてつもなく大きな代償を払う代わり、相応のリターンを得るという諸刃の剣。
それが、〝呪いのアクセサリー〟。
「それも、経過時間に応じて、与ダメが上がるタイプの〝呪いのアクセサリー〟かよ! 読みが的確過ぎんだろあのヤロウッ!!!」
何を犠牲に、その効果を得ているのかは不明。
しかし、今回の『RAIN』は耐久型で来ると見せかけて、攻撃特化型にする——と、見せかけてやっぱり耐久型に——!!
という読み合いに見事勝ち、絶好の状況を作り上げていた。
「挑戦者側の残りの二つのアクセは恐らく……防御か、命中か、なんかのバフ系か。……何にせよ、博打をうってくる『RAIN』に堅実さは逆効果でしかねえわなあ。こりゃ、早々に試合決まったか————?」
冷静に状況把握に努めていた観客の一人が諦念の言葉を口にすると同時、再び、わぁぁあ!! と、歓声が上がった。
——————〝影縛り〟。
「オイオイ、戦士のナリして〝影縛り〟使えるだけの魔力確保してんのかよ————!!」
基本的に、近接職——戦士と呼ばれる者達は物理攻撃力や体力に重きを置くものが多く、偶に魔法を扱う者も存在する事には存在するのだが、〝影縛り〟のような魔力を多く要求される魔法を扱う戦士は限りなく少ない。
これは流石の『RAIN』も意表を突かれ、下手を打ったのでは……? と、モニターに再度視線を向ける観客の男。
そこには、地面に広がる漆黒の魔法陣。
そこから不規則に這い出る触手のようなものから未来視のスキルを所持しているのでは……? と、思わせる変態的な動作で完全に回避してみせる『RAIN』の姿が映っていた。
そして、更に場がどっと沸く。
やがて〝影縛り〟の効果時間が過ぎ去り、始まる反撃の一手。
嚥下する間も忘れて行われる一進一退の攻防、読み合い、騙し合い。それが10秒にも満たない間で行われ、例外なく誰もが見入ってしまう。
時に静まり返り、時に溢れんばかりの歓声が周囲一帯を蹂躙し尽くすPvP————最強を決める【イニティウムオンライン】公式主催のトーナメント制デスマッチ。
闘志を燃やし、血気盛んに得物を振るう2人のプレイヤー。VRMMORPG【イニティウムオンライン】のPvP大会は未だ、始まったばかり———。
昔書いてた作品を手直ししてみました照
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