禁忌
二十…世紀の初め、地球の人々は、
様々なことを管理しなければならなかった。
例えば、テロ、情報、消費者問題、
そして、医療、教育、食糧、温暖化……
中でも温暖化による、
地球規模での環境問題は、
過去のオゾン層の破壊や、
それによる細菌感染により、
抜き差しならない状況となっていた。
燃やさない文明へ急ごうと、
元首達は主張し合うが、
自国の利潤が減る対策には、
相変わらず反論し合い、
いっこうに意見がまとまらないのである。
人々は人間の悲しい性を感じながらも、
地球を救う手立てを見つけられずにいた。
各地で雷鳴や地鳴りがして、
まさに、地球の悲鳴が人々の耳に届いた日、
かつて、北半球の冬、南半球の夏と呼ばれ、
クリスマスという風習があった日のことだった。
ニューヨークの東の、まだ少し青さの残る空に、
空飛ぶ円盤が現れた。
その時代、円盤は、各国で開発されていて、
新しい円盤の実験かと人々は思った。
もっとも、現れた円盤は、大昔の記録にある
アダムスキー型と呼ばれるもので、
古めかしい形だった。
初めは一機だけが、空に浮かんでいた
半日ほどして、別の円盤が
前後左右に並び初め、
次々とその数を増やしていった。
紫外線を防ぐアーケードのガラス越しに、
人々はその様子を見ていた。
国連では、戦闘円盤を
スクランブル発進させるよう、
指示が出た。
世界中にそのニュースが伝わり、
映像が各地の巨大スクリーンに流された。
その様子を見た人々の中には、
ついに、地球最後の日が来たと、
ひれ伏す者や、
禁断の核兵器を使用して、
攻撃すべきだと、騒ぎ出す者がいた。
そんな人々の様子を、じっと眺めるように、
古臭い形の円盤たちは、ゆらゆらと揺れながら、
何かしらメロディーを流し始めた。
滑らかで、繊細な、
インド音楽に似たメロディー、
神秘的な響きが地上に降ってくるようであった。
メロディーはやがて静かな湖畔の音になり、
その中から、透き通る女性の声がした。
「地球のみなさん……こんにちは……
この世のみなさん……こんにちは……
突然、たくさんの者で来てしまいました。
私たちは、みなさんから見た、
あの世の者です。
心配なさらないで……恐れないで下さい。
私たちは、みなさんに、すべてをお伝えし、
みなさんに学んでいただいて、
地球を、この世を、
救っていただきたくて来たのです。
もうあまり時間がありません。
みなさんも、すでにわかっておられるように、
地球は、この世の地球は、壊れそうです。
みなさん、どうか、
お互いの利潤を一度、考えから
外していただいて、
この地球を、この世を、救ってください。
みなさんのこの世と、私たちのあの世が、
みなさんの心というもので
つながっていることを、
少なからず感じておられるでしょう。
その通りなのです。その通りなのですよ」
それからニューヨークの空にいた円盤は、
世界中の空に広がり、世界中の人々に、
そのメッセージを伝えていった。
円盤が、メッセージを伝えると、
各地の紛争は治まり、
人々は柔和な表情になった。
あの世のメッセージなだけに、
何かしら、特殊な効果があるのだろうか。
この世の国連も、地球を守りきるために、
自然との共生という言葉を、
憲章に素直に加えた。
地球の、この世の人々は、それから、
徹底的に自然との共生に勤しんだ。
必要であるなら、
培われた産業技術でさえ廃棄した。
また、円盤の正体がわかってからは、
あの世の構造も人々の知ることとなり、
唯一、神様の居場所だけが
封印される世界となった。
人々は死をさほど恐れなくなった。
それは、天国と地獄の構造や、
どういう行いが、
それらに通じるものなのかが正確に、
わかりやすく、解明されたからであった。
人々は、愉快に過ごすようになった。
それが、天国に通じる、一番基本的な
要件であった。
しかし、肉体も神経も、心も精神も、
人々の構造が変わったわけではないのである。
愉快に過ごさなければならない……
そう思うがゆえに、ストレスを抱える者もいた。
二十……世紀の中頃、地球の人々は、
様々な地球環境と
共生しなければならなかった。
そして、人々の間では、
愉快に明るく過ごすことが、
人間として当然あるべき姿だと
言われるようになった。
各国の円盤は、改良され、
あの世との交流も、
国連の共生憲章に基づき、
行なわれるようになった。
すべてが解明された、
その明るい世界は、
静かに更なる時代を築き始めた。
ある、老いた科学者が、
そんな世界を見て、
人々がいつも楽しく、
笑って愉快に過ごす為に、
笑いの坪を完璧に捉えられる
ロボットを開発した。
科学者は、様々な思いを込めて、
ロボットの名前をピエーロと
呼ぶことにした。
ピエーロは大昔の書物を元に、
サーカス団を作り、
世界中を旅してまわった。
曲芸をし、おかしな格好をし、
くすぐり、褒めちぎり、
とにかくありとあらゆる
笑いのテクニックを人々に施した。
科学者は、世界中から賞賛され、
ピエーロと過ごし、
ほぼ間違いなく、天国へのチケットを
手にしていた。
そして、地球に、
かつての季節が戻り始めた、
北半球の春にあたる日の午後、
その科学者は、一つの箱をピエーロに託して、
老いた体を横たえ、息を引き取った。
肉体は焼かれ、魂は予定通り天国に向かった。
ピエーロは、科学者が残していった
その箱を見つめ、
何故か、科学者のことを
思い起こす自分に戸惑った。
箱を開けたところ、一本の瓶があった。
中には透明な液体が入っていたが、
ピエーロにはその液体が、
何なのかはわからなかった。
……科学者がピエーロを開発してから、
ある地下組織が
密かに集めていたものがあった。
地球の環境と共生する、明るい人々の間で、
それは、秘密裏に取引されていたという。
液体の名前は、涙と言うらしいが、
その意味を知るものは、そう多くはなかった。