怨嗟の向かう先
「さて、ザフライ隊員も無事に合流できたことだし、先へ進むか」
水深が深いこともあって横穴の中は暗く、明かりなしでは躓いたり、飛び出した岩に頭をぶつけそうになる。
「大きな横穴だなー。奥の方が明るいから、袋小路ではないみたいだけど」
隣を歩くシエラ隊員は水中でも使える暗視ゴーグルを使っているのか、わずかな光の加減さえも捉えて危なげなく進んでいた。
「あー……シエラ隊員。その格好いいゴーグル、もう一つない?」
「ないよ。これはボクの分だけ」
「…………」
せっかくの雄大な水中洞窟の風景、明るくこの目に焼き付けておきたかったのだが仕方ない。
「おーい、狐さーん。ライト貸してくれないか?」
「…………?」
前を歩いていた狐さんが水中ライトを持ったまま振り返る。
光がもろにシエラ隊員の顔面を直撃した。
「ああぁーっ!? 目が! 目がぁあああっ!!」
かなり強烈なスポットライトだったのか、水中洞窟を照らしていた狐さんのライトがシエラ隊員の目を焼いた。
こ、これは事故だ! 俺に悪意はない! ただ、ライトで洞窟を照らして、自分の目で見たかっただけなんだ!
悶え苦しむシエラ隊員に、狐さんが謝っているのが申し訳ない。しかし、ちょっとライトを借りようとしたタイミングが悪かったのだろう。シエラ隊員が恨めしそうな声で「隊長? 隊長どこ?」と、狐さんに支えられながら何もない水中に向かって手を伸ばしている。たぶん誤解している。ほとぼりが冷めた頃に謝っておこう……狐さんにもな。
そんな風に周りに気を取られていたせいか、俺は足元に転がっていた何か硬い物に躓いてしまった。
「痛っ!? なんだこれは……?」
白くて、丸いものが地面に転がっている。
「髑髏……また、人の骨か……」
どうもこの海域にはあちこちに人の骨が転がっているようだ。そして、遺書らしきメモが近くの岩場に挟まっていた。耐水ペーパーに水中インクで書き込まれたものなのか、紙自体が古いこともあって綺麗な状態とは言えなかったが辛うじて文章は読み取ることができる。
隣にいた狐さんがライトで手元を照らしてくれる。それまで狐さんに支えられていたシエラ隊員は、いつの間にかヤタノ隊員の尻尾に捕まって誘導されていた。まだ目が見えていないらしい。
目が見えないでいるシエラ隊員のことも考えて、俺はあえてメモの内容を口に出して読み上げた。
“この海域はなんとか封鎖した。作戦は半ば成功したといえる。あとは結界の内に捕らわれた『奴』を見つけ出して討伐するだけだ。そうしたら、やっと帰れる……”
不穏なメモだ。読み上げられた内容に、隊員達の間でも動揺が走る。
「討伐……?」
「『奴』とは……?」
「この海域に何がいたのでしょうか……?」
不吉なのはメモの内容だけではない。この紙自体も、赤黒い滲みがこびりついていて、結果的にこのメモを書いたであろう本人も海の底で骨になっているというわけだ。深淵海域、討伐作戦、『奴』、そして……帰ることのできなかった人の遺骸。
過去にこの海域で何かがあって、その元凶が潜んでいるということなのか。
「なにかしらがこの海域に封じられて、討伐作戦が実行された……。いや、これだけではよくわからないな……」
メモの謎が頭をぐるぐると回るが、どうにも情報が少なすぎて考えがまとまらない。もう一度、これまでにこの海域で見つけたものを整理して考えようと決めたところで、俺はキノスラ隊員に腕を軽く引っ張られて我に返る。水中でもモフモフな感触が失われないキノスラ隊員の毛皮は至宝だ。
「ん? どうしたんだ、キノスラ隊員――」
振り返ると髑髏が転がっていた辺りから青い靄が立ち昇っていた。海中をゆっくりと、溶けたインクが広がるように青い靄はこちらへ向かってきていた。
「うおっ!? なんだこいつ! また幻想種か!?」
青い靄がうっすらと淡い光を放ち始め、急激に魔力の気配が強まる。まずい兆候だ。俺達は攻撃を仕掛けられようとしている。
「静かに眠っているといい……」
すかさず小さな魔女っ子ガイア隊員が飛び込んできて、足元へ敷くように展開していた魔法陣で青い靄を上から押さえ込み、水中洞窟の岩盤との間に挟んで押し潰した。
――ォオオオオオォオオオッ!!
青い靄は悍ましい怨嗟の声を残して消滅する。
同時に、転がっていた髑髏が青く光り輝き、光の玉が飛び出していく。
「くっ――!? またこれか! いったいなんなんだ!!」
だが、異変はそれだけで終わらなかった。
海域全体に響き渡るような怪音が、さらに一回、二回と鳴り響き、俺達の頭上を通り過ぎるように光の玉が横穴洞窟を飛び去っていったのだ。
そして、どこか遠くから聞こえてくる――悲鳴。
「なっ――!?」
「悲鳴か!?」
「いったい誰の……?」
「ええっ!? 叫び声ってどういうこと? 何が起きてるの!」
まだ目がよく見えていないシエラ隊員が、ヤタノ隊員の尻尾にしがみつきながらあたふたとしている。
「そういえば、ここにいない他の隊員は無事なのか……?」
探検隊のメンバーは皆、経験豊富な探検家だ。心配することはないと信じたいが、この海域はどうにも尋常でなくおかしい。
「とにかく先へ進むか、ここは……」
光の玉が飛び去った先、暗く長い水中洞窟はまだずっと先まで続いていた。





