お面屋の憂鬱
なぜ自分はこんな場所に来てしまったのだろう。
その日はたまたま、ケロリンタウンの街中でお面の露店売りをしていた。
売れ行きもいまいちだったので場所を変えようとしたところ、一人でフラフラ歩いていたリーチャ隊長を見かけたのだ。久しぶりだったので声をかけてみると、楽しげな様子の隊長に誘われたのである。
「おぅ! 『狐』さん! こんなところで奇遇だな! これから探検隊の皆で海行くんだけど、一緒に行かないか? 楽しいぞ~、きっと!」
海か、海はいいな。
青い海、白い砂浜、水着の狐美少女達……。妄想が捗る。
――などと甘い幻想を抱いていた自分よ、今すぐこの場で溺死しろ。
目の前の光景を見てみるがいい。
底の見えない真っ黒な海、足場の悪い尖った岩肌。そして、魔境に生きる人外達の集団に囲まれて、私は非情な現実を噛みしめていた。
私はただのお面屋だぞ? 旅生活が長いから、色々と便利なものを持ち歩いていて探検隊では重宝されているが、それだけなんだ。
「あぁ、狐さん。お久しぶりですね」
深淵海域に到着してすぐ、ニコニコと笑いながら声をかけてきたのは自称狐人のヤタノ隊員だ。ヤバい人、筆頭である。狐人だとか自称しているけれど、隠すつもりが全然ない九本の立派な尻尾は並みの生物とは存在からして違うことを証明している。
私よりよっぽど狐なヤタノ隊員に『狐さん』と呼ばれると落ち着かない。というか、この人は妖狐だろう?
妖狐というのは長く生きた狐人が幻想種、いわゆる精霊や悪魔の類と融合して妖獣と化したものだ。この手の特殊な獣は人類種に発見され次第、捕獲なり討伐なりされる存在である。
それをヤタノ隊員は自衛のためか狐人であると表面上ごまかしているが、明らかに妖獣としか言いようのない尻尾は隠していなかったりする。矛盾した行動だが、誰かが指摘するのを待っているのかもしれない。突っ込み待ちだ。もちろん、指摘されても舌先三寸でごまかすだろうし、それが通用しなければ実力でどうにかするだけの自信はあるのだろう。
武力行使されても余裕でひっくり返せる力量、考えるだけでも恐ろしい。
とりあえず長生きの妖狐だからといって、迂闊に年齢を聞き出したりするのはやめておこう。何が逆鱗になっているかわからない。
ほどなくしてシエラ隊員が合流したことで、私の不安は少し和らいだ。
先ほどからリーチャ隊長の様子を見ていた私だが、深海に潜るというのに何も準備していないので不安になったのだ。
――もしかしてこの人、素潜りするつもりじゃないよな? と。
リーチャ隊長もなかなか謎が多く、平気な顔して人間の限界を超えたこともするので油断ならない。親しみやすく、とてもいい性格なので、誘われるとつい気軽に私も探検へ付いていってしまうが、行った先でとんでもない目に遭うことはいつものことだった。
私も普段から色々な道具を持ち歩いているが、さすがに探検隊全員分の潜水道具は持ち合わせがない。
どうしたものかと思っている所へ、シエラ隊員が最低限の装備を人数分そろえてくれたというわけだ。
探検隊のメンバーは身体能力の高い種族が多いので、空気ボンベ一つあれば十分に探索は可能だ。足りない分は私が持ってきた道具で補えばいい。
私はいそいそと岩陰に隠れて潜水服に着替える。リーチャ隊長やヤタノ隊員は普段着のまま潜るつもりらしいが、常人の私は断熱性の高い耐圧潜水服でも着ない限り、とても深海の環境には耐えられない。
着替えが終わってふと顔をあげると、すぐ傍に背の高いアフロの男が直立不動で立っていた。
「うぃっす……狐さん……」
スイエン隊員は私と同じく全身を耐圧潜水服でぴっちりと覆った姿で、水中用ゴーグルと吸気マスクまで装備している。
真っ当だ。至極、常識的な装備で安心感が増す。
その風貌から驚いてしまう人も多いが、スイエン隊員は探検隊の中でも慎重な方で一般常識も持ち合わせている。普通、深海探索となったらこれくらいの装備は用意してくるのが普通だろう。
ちょっと心が落ち着いた私は探検隊が集まる広場へ戻ってきた。
「あ、狐さん! どこに行っていたんです!? 大変ですよ、大騒ぎになっています!」
小柄な猫耳少女のヒバ隊員がわたわたと空を指さしている。何だろうか、嫌な予感がする。
間が悪かったのか、ちょうど広場では一騒ぎ起きていた。空を見上げると十人近い人影が次々に落ちてくるところだった。
彼らはパラシュートもなしに岩礁へ着地してみせる。
……やべー奴らだった。
全身機械武装だったり、戦闘用魔導兵装に身を固めていたり、生身で上空から落ちてきて着地するというありえない身体能力だったり……普通の人がいない。
ヤタノ隊員は彼らを多国籍の落下傘部隊だと説明していたが、落下傘という概念が形骸化するような降下を連中は見せてくれた。
「はいはーい、皆さん、注目してくださーい! こっち、こっち! コハルちゃんやよっ☆!」
落下部のメンバーでは一人、毛色の違う猫耳尻尾の少女が声を張り上げている。
「今日は落下部さんの活動に、密着取材したいと思いまーす! よろしく~!」
――あれは!? まさか冒険アイドルのコハルちゃん!?
ということは、今日はもしかすると秘境探検を取り上げて全世界放送する『異世界・魔窟発見!』の収録なのだろうか。そうなると我々探検隊も凄いタイミングで来たものだ。リーチャ隊長もこれを狙って――?
と思ってリーチャ隊長を見たら、初めてアイドルという存在を目にしたかのように驚いて、コハルちゃんに注目していた。
あ、これ本当に偶然なんですね。
「ハッカ部長! 今回は深淵海域という恐ろしげな海底へのダイブですが、落下部さんはどんな準備をしてきているんですか?」
インタビュー風にコハルちゃんが、落下部のハッカ部長へ質問をしている。映像記録係はどこかにいるのだろうか? 最近の魔導工学で作られた録場機は小型で性能も高いので、誰かが持っていたとしてもわからない。
録場機はその『場』の映像・音声を、特定の範囲に限ってだが全方位三次元で記録する。もしかすると私達探検隊も、その記録範囲に収められているかもしれないので迂闊な行動は慎んだ方がいいだろう。
「えーっとねぇ、今日の支給装備は……。水中で呼吸ができる魔導具、『鰓呼吸の呪詛』がかかった首輪を持ってきましたよー」
前掛けのポケットからごそごそと取り出したのは、ペット用かと思うような鈴の付いた可愛らしい首輪だ。
「なるほどー! それで『鰓呼吸の呪詛』ってどんな効果があるんですか?」
「うん。水中で水を飲み込んでも普通に呼吸ができるようになるの。その代わり、陸だと呼吸できなくなるから皆、注意してね。えーと、『探索者』さんはいらないかな? 首が太い人も適当に縛り付けてね、喉に直接触れていれば効果はあるから。コハルちゃんには私が付けてあげる。ゼロさんはいる?」
「もらいます。一応、空気ボンベも持ってきていましたけど。そっちの方が便利そうだ」
魔導兵装で武装した少女ゼロは、生身の部分も見え隠れしている。完全な水中装備というわけではないのだろう。
「さあ、ワクワクしてきましたね! 未知の深海に挑む落下部! これからダイブです!」
コハルちゃんが握りこぶしを前に出して、どこで記録しているのかわからない録場機に向かってポーズを決める。
首輪の鈴がちりん、と鳴って、そのまま息ができずにコハルちゃんは窒息した。『鰓呼吸の呪詛』の首輪、装備するのが早すぎたのだ。
「きゃぁ~! コハルちゃんごめ~ん!」
「部長! 首輪をすぐ外して!」
「いや! 水に投げ込んだ方が早い!」
「早く海中へ!」
「こゃ~ん……!!」
「イソゲ……!」
落下部の面々がどたばたとコハルちゃんを担ぎ上げ、迷いなく海中へと飛び込んでいく。
うわ、躊躇なく行った。肝が据わり過ぎていて怖い。
岩礁の端まで身を乗り出して海の中を覗くと、透明度はかなり高いはずなのに底が見えないほど深い。足がすくむ。ここへ飛び込んでいくのは相当な勇気が必要だ。
「うわぁ~……底が見えねぇ。怖いわ、これー」
呟くような声に隣を見ると、派手なマントを着た猫人の男が恐る恐る海中を覗き込んでいる。確かこの猫人も落下部だったはずだが。
不意に猫人の男がこちらを向く。狐の面越しではあったが、視線がぶつかって気まずい空気が流れる。
「……よし。行くかね……」
覚悟を決めたらしい猫人が目をつぶりながら海に飛び込み、海底へと沈んでいく。
なんだか無理に背中を押してしまったような気がして申し訳ない気分だ。しかし、仲間を追ってすいすいと泳ぎ始めた彼の姿を海中に見て、少しだけ私も勇気を分けてもらった気がする。
すべての人が、完璧で、無敵で、強いわけじゃない。人それぞれに能力の差もあるけれど、仲間と一緒にいたいという想いは人を強くするのかもしれない。私だって探検隊の皆と一緒にいるのは楽しい。ずっと一緒にいたい。だから、こんなところまで付いてきたのだ。
見回せばただただ広い海と、所々に頭をのぞかせる岩礁地帯。
下を向けば底の見えない深淵が口を開けている。
改めて、私は思う。
とんでもねーところに来ちまったなぁ……。





