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深淵海域 -魔導書ソウラマリスの伝説を追え-  作者: 山鳥はむ


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落下部推参!


 点呼を取り終えた俺達は深海へ潜る準備を着々と進めていた。

 そんな中、既に準備を終えたヤタノ隊員が俺に話しかけてきた。

「そういえば隊長。ご実家の神殿遺跡は放ってきてよかったんですか?」

「……ああ、大丈夫。今はシーズンオフだから観光客も来ないし、天候が悪くて人が近づけないから盗掘の心配もないんだ」

「そうですか。あまり遺跡の守護者がフラフラ出歩いているのもどうかと思ったのですが……。まあ、そういうことなら良しとしましょう」


 あれ? なんでヤタノ隊員に実家の心配されているんだろうか。そんなに放蕩生活しているつもりはないのだけど。

 そもそも観光客だって年に数えるほどしか訪れない遺跡なのだ。実家というだけで俺が守護者として管理をしているが、特別に盗まれるような高価なものも置かれていない。だから、こうして暇なときには実家を飛び出して、他の遺跡や魔窟などを探検するのが俺の趣味となっている。


「さ、隊長もしっかり準備しないと、隊員に示しがつきませんよ」

「俺は別に――。あ、いやいや! そうだな! まずは隊長が手本となって準備をしないとな!」

 必要ない、と言いかけて慌ててごまかす。ヤタノ隊員だけでなく、シエラ隊員やタカミネ隊員までこちらを見ていたからだ。とりあえず形だけでも整えて見せなければまずいだろう。


 そうやって俺達探検隊が大きな岩礁の上で深海探索の準備を進めていると、探検隊以外の人の姿もそこかしこに見えるようになってきた。

「人が増えてきたな……」

「まあ、この深淵海域もあちこちで情報が伝えられたから~。冒険者の間では今、一番人気の魔窟ダンジョンじゃな~い?」


 のんびりぽやぽやと語るのは幽狐族のオッツマン隊員だ。めちゃくちゃ男らしい名前だが、これで銀色毛並みが美しい狐美女である。幽狐族は純人すみびと狐人きつねびととあと何かの血が混じって奇跡的な美しさを得た種族であり、元々は少数部族であったものが一時期に爆発的な繁殖を見せ、一気に有名種族へ躍り出たという経緯がある。


「がっはっは! でも、お宝はオレ達が頂くぜ!」

 同じく幽狐族のタラコ隊員が、大きく胸を張って快活に声を上げる。

 タラコ隊員は黄色い毛並みをした幽狐族の女の子でとても可愛らしいのだが、とにかく声がデカい、男勝りな性格とあって、幽狐族には珍しく異性からはあまりもてないらしい。そのかわり同性にはよくもてるとか。

「タラちゃんはいつも元気ね~」

 元気いっぱいのタラコ隊員を横目に、オッツマン隊員は適当な岩場に腰かけてリラックスしていた。


「がーっはっはっ……あ?」

 空を仰いで笑い声をあげていたタラコ隊員が、急に笑いを止めて空の一点に視線を集中する。何か見つけたのだろうか、と空を見上げれば十匹以上もの翼竜が上空を旋回しているのが目に入った。

 他の隊員達や周囲の冒険者集団も気が付いたらしく、にわかに辺りが騒がしくなっていく。


「……あれは翼手の蛇竜(リンドブルム)……」

 ぼそり、と呟いたのは紫色の三角帽子を被った小さな魔女、なんの種族のものかわからない角を二本生やしたガイア隊員である。濃い紫色の外套ローブの裾からは、一見して爬虫類の尻尾のようなものがはみ出している。だが、黒紫こくし色の尻尾を持つ爬虫類など俺は知らない。

 付き合いの長い探検隊の隊員達だが、それぞれに謎を秘めている。俺はそれを全て暴こうとは思わない。

 俺自身もまた人には言えない秘密を抱えている。この世の全ての謎は解き明かすためにあるが、あえて謎のままにしておいた方がいい事実もあるということだ。


 一方で、空を優雅に飛び回るリンドブルムについては俺も知っていた。鱗に覆われた太くて長い尻尾。蝙蝠のように巨大な翼を忙しなく羽ばたかせ、蛇の如く長い首を巡らせる。水平に狭められている瞳孔がどこかミステリアスな翼竜だ。

 真昼の太陽を背にしたリンドブルム、そのシルエットから人型の影が分離する。十匹以上いたリンドブルムの上には人が乗っていたのだ。


「隊長! 空から女の子が!?」

 タラコ隊員が驚きの声を上げる。

 リンドブルムの背から真っ先に飛び降りてきたのは、白い前掛けを着た小柄で可愛らしい狐人の少女だった。顔の横には白狐の面を付け、背中に飾りなのか本物なのかわからない天使のような翼が生えている。


「着地ぃ~……こゃん!」

 小柄な狐人の少女は重力を感じさせないふんわりとした着地を決めてみせる。

 リンドブルムが飛んでいた位置はかなり高い。そこから飛び降りてきて岩礁の上に着地したのだ。普通は足の骨が折れるだろうに、平然としている狐人の少女を見て、その場にいた皆が騒然としていた。

 しかも、リンドブルムの背からは次々と人が落ちてきている。


「着地ぴょん」

「とっ、とっ……。この岩場は固くて、肉球が痛みそうだな……」

 兎人うさぎびとと見られる少女がぽよんと着地した横に、マントをはためかせながら落ちてくる獣の血が濃い猫人ねこびとの男。

 兎人の少女の腕には、何か小型の謎生物が抱えられていた。そいつは着地と同時に腕の中からぴょいんと飛び跳ねて、近くにいた狐人の少女の頭に乗っかる。そこがその謎生物の定位置なのだろうか。狐人の少女も慣れた様子で、謎生物を撫でくりまわしている。


 さらにその後も奇怪な面々が空から降ってきた。

 くるりと半回転しながら華麗に着地する猫耳少女とラフなジャージ姿をした狐人の女性。

 落ちたときに尻もちをついて弾みながら転がる狐幼女、それを狐の着ぐるみを着こんだ大柄の人物が優しく受け止めた。なんだかやけに狐に関係する人物が多い集団だ。


 そう思っていたら、子供の落書きのような姿をした怪人物が音もなく落下してくる。視界を惑わす術式でも使っているのか、じっくり観察しても正体は見破れなかった。もしかしたら幻術で姿をごまかしているのは、素性を明かせない事情でもあるのかもしれない。

「しゅたッ……!」

 無音で着地したのにわざわざ自分で着地音を漏らすあたり、本当は自分を出していきたいのか。世を忍ぶ者が日の当たる場所を歩くというのは難しいのだろう。うん、俺もわかるぞ、その気持ち。遠慮もなく本当の姿をさらけ出せたらどんなに楽か。


 最後に大きな噴射音を響かせながら、体の要所を魔導兵装で固めた少女と重量感のある人型機械が、落下の勢いを殺しながらゆっくりと降りてきた。

 人型機械は肩の辺りにロープが繋がれていて、どうもリンドブルム数匹に吊り下げられた状態でここまで飛んできたようだった。


「なんかすごい奴らがやってきたな……」

 探検隊のメンバーも個性的だが、彼らも相当に不思議な集団だ。

「彼らのこと、知りたいですか?」

 突然降って湧いた集団を前にして思わず漏れ出た言葉に、ヤタノ隊員が悪戯っぽく笑う。

「彼らのことを知っているのか、ヤタノ隊員?」

「まあ、噂程度にですが。各地で目撃されていますからね、冒険者の間では結構な有名人ですよ彼らは」

 そうだったのか。俺は世間の情報には疎いから、直接に会った人、見た人、話に上がった人しか知らない。一方でヤタノ隊員は、日常的に世界各地を渡り歩いているので事情通である。


 ヤタノ隊員は神妙な面持ちになると、眼鏡をくいっと押し上げて説明を始める。

「彼らは、独立空挺落下傘部隊どくりつくうていらっかさんぶたい……通称『落下部』ですね。世界各地の落下傘部隊員が、国籍を超えて趣味で集まったそうです。彼らのリーダーは最初に落下してきた狐人の少女……ハッカ。部隊員には親しみを込めてハッカ部長と呼ばれているとか」

「……ほほぅ。凄そうな集団だな」

 なるほど、通りで着地が鮮やかなわけである。しかも、落下傘部隊と言えば、戦時には敵の背後に回って急襲する戦闘のプロだ。迷彩服や幻術を駆使して空から密かに敵の背後へと着陸し、運んできた魔導兵装や機械武装の圧倒的火力で敵部隊や目標施設を制圧するのだろう。


「彼らの目的はただ一つ。名所、秘境問わず、各地の高所から落下すること。彼らはその為だけに有給休暇を取って、世界のどこへでも私財をはたいて向かいます」

「ほぉ……。え? 落下するため? それだけ?」

「はい、それだけです」

「……探検とかは?」

「落下のついでに散策をすることもあるようですが、落下することが主な目的らしいですよ。今回は海底への落下……ということでしょうか。大抵は高い建物や山頂から落下することが多いようなので、ここで会うのはいささか意外でしたが……」

 探検家の俺が言うのもなんだが、世の中には本当に変わり者がいるようである。


 ヤタノ隊員の説明を聞きながら、彼ら落下部の方を眺めていると、もう一人だけ、遅れて空から降ってくる姿が見えた。これまでのメンバーとは違って、なんだかわたわたと手足をばたつかせながら、落ち着きない様子で落ちてくる。大丈夫か、あれ?

「はわわわぁ~! 誰か、受け止めて~!」

 セーラー服を着た猫耳尻尾の美少女が体勢を崩した状態で空から落ちてくる。

 背中に羽が生えているのだが、あれは飾りなのだろうか? 頭には天使の輪っかみたいなものも付いているのだが、まさか本物の天使というわけでもあるまい。自在に空を飛んだりはできないようだった。


 かといって、猫人にしては体の柔軟性が残念なのか、体を捻って落下に備えるでもなく空中でもがいている。まさに野生を失った獣の姿だ。あのままだと危ないな。

「コハルちゃん!? 慌てないでー! 受け止めるから!」

 落下部部長のハッカが謎生物を頭に乗せたまま身軽にジャンプする。コハルちゃんと呼ばれた猫耳尻尾少女を見事に空中でお姫様抱っこして受け止めた。そしてそのまま岩礁へふわりと着地する。二人分の体重をどうやって打ち消しているのか謎だが、ともかく無事に着地できたようだった。


「大丈夫だった? コハルちゃん?」

「う……うん、ありがとう部長……」

 ハッカに顔を覗き込まれて、ぽっ、と顔を赤くするコハルちゃん。

 その様子を見ていた落下部の部員達が、ほんわかとした空気を漂わせながら口々に二人を称賛する。

「尊いなー」「あぁ……尊い」「尊いぴょん……」「……こゃ~ん……」「ええのぅ……」

「ハカコハ……ハカコハ……」「いいわ~。癒されるわ~」「トテモ、イイ……」


 そんな光景をにやけた顔で眺めていたマント姿の猫人が思わずといった感じで言葉を漏らす。

「あー、いいなぁ。俺も間に挟まりてぇ~」

「それは許されないぴょん」

 感情を持たない声が猫人の言葉にかぶせられる。

「あ……いや、その。冗談……」

「許されないぴょん」

 冗談でも許されないらしい。とても大事なことのようで、兎人の少女から二度の忠告を受けていた。


「……なあ、ヤタノ隊員……さっきの『落下部』の情報、どれくらい確かな話なんだ?」

 登場した状況から見るに凄い集団だというのはわかったが、今の様子を見ているとまるで娯楽旅行に来た団体さんである。殺伐とした戦場で戦う姿はとても想像できない。

「おや、隊長。私の情報をお疑いですか? ……そうですね、確度で言うなら九対一というところでしょうか」

「九割……。つまりほぼ確定?」

「いえ、九割がた噂と想像です」

「あてになんねーじゃねーか!?」

 驚きだよ!? あとの一割、確定部分って何なの!?


 大声で叫んでしまったのが目を引いたのか、落下部の部長であるらしいハッカがコハルちゃんを岩場の上に下ろすと、こちらへ手を振りながら走ってくる。

「ヤタノさ~ん! お久しぶり~」

「ハッカちゃん、久しぶりですね~」

 朗らかに挨拶を交わす二人。

「いやいやいや!? ヤタノ隊員、そもそも知り合いだったの!? そんな雰囲気、欠片も出さなかったよね!?」

「いえ、隊長。私も彼女について知っているのは、名前と落下趣味くらいなものでして。各地を旅しているとき、たまに顔を合わせることがあるくらいなんですよ?」

 本当なのか!? ヤタノ隊員から人を騙す妖狐の匂いがするぞ!?


「えーと、そちらはもしかしてリーチャ隊長さんですか?」

「え? ええっ!? しかもなんであっちは俺のこと知っているの!?」

「まあ、私が話しましたから。探検隊のこと」

 しれっと個人情報を漏らしてくれているヤタノ隊員。まあ、隠すほどのものじゃないんだけどね!


「実はリーチャさんのファンなんですよ~」

「えっ!? 本当に!?」

 まさか俺にファンがいたなんて。こんな可愛い――。

「うちの『探索者』さんが!!」

「リーチャ、タイチョー。アエテ、ウレシイ……」

 ずしん! とハッカ部長の後ろから一歩踏み出してきたのは、全身機械武装の巨体だった。複数の探照灯サーチライトが生き物のように動き、辺りを探るように照らしている。


「あ、はい……。えっと、『探索者』さん……?」

「オレハ、タダノ、タンサクシャ。ソレイガイノ、ネームハナイ。タンケンタイノ、タイチョーリーチャ。オマエニハ、マケナイ」

 そう言ってごつい機械の右手を差し出してくる。

 あれ? 今のって宣戦布告じゃないよね? 俺のファンなんだよね? 握手しても大丈夫?

 恐る恐るこちらも右手を差し出すと意外にやんわりと握手を返してくれた。


 こうして探検隊、落下部、その他の冒険者達は深淵海域という魔窟に集まった。

 それぞれの思惑を抱えて、何が眠るかもわからない深海の探検が始まるのだった。


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