リーチャ探検隊
見渡す限り海が広がり、ぽつりぽつりと岩礁だけが景色に映える海域。ここが新たに発見された未踏破の魔窟、『深淵海域』である。
とりわけ大きな岩礁の上に仮の拠点を構えた俺は、集まった隊員達の点呼を取っていた。
「よーし! 皆、集まったかー? 今、何人いる? 点呼取るから順番に手を上げてくれー! まず、いーち!」
さっ、と素早く手を上げたのは全身黒ずくめの少女クロ。
「よし、クロ隊員。早いな! にー!」
続けて楚々と手を上げたのは、九本のふさふさな金色尻尾を揺らす自称狐人のヤタノ。
「ヤタノ隊員、今日も毛並みがいいな! 次、さーん!」
さささっ、と勢いよく手を上げたのは、鼠に似た外見ながら種族名は不明の獣人キノスラ、そして下半身が蛸で上半身は美しい少女の外見をしたアット。二人同時に手を上げていた。
「お、おいおいおい……二人で同時に手を上げたら、わからなくなるだろ……。えーっと、隊員三番はキノスラ隊員か? それともアット隊員だったか?」
アット隊員が首や腰をカクカクと曲げながら不思議そうにガラスの瞳で見返してくる。アット隊員は亜人種の蛸人のように見えて実は、多足型魔導人形の体を操る傀儡術士だ。
なお、術士である本人は遠く別の場所にいるとか、人形の中に小さくなって潜んでいるとも言われているが真相は不明である。
「リーチャ隊長。そもそも、隊員番号なんて決めていなかったと思いますよ?」
にこにこと微笑むヤタノ隊員から冷静な突っ込みが入る。なるほど、そういえば決めていなかったかもしれない。
「うん。まあいいか。とりあえず、隊員の数は俺が代表して数えよう」
「では念のため、私も数えます」
なぜそこで念のため数える、ヤタノ隊員? ちょっと信用ないのかなと寂しくなったが、ヤタノ隊員はいつだって探検では補佐役として手伝ってくれていた。きっと俺が隊員の数を忘れてしまってもヤタノ隊員が覚えてくれていることだろう。とても安心だ。
急な呼びかけで人が集まるか不安だったが、結構な人数が探検に集まってくれて俺は嬉しかった。探検隊のメンバー同士、久しぶりに会う者も多いのか、ちょっとした同窓会みたいになっている。
「隊長、今日は私、気合を入れてきました」
燃えるような橙色のドレスで着飾った猫耳アンドロイドのウッチー隊員が、誇らしげに安全ヘルメットを頭に被る。あれは確か、以前の探検で俺が隊員に配ったヘルメットだ。大事に取っておいてくれたのだろう。
しかし、ウッチー隊員……これから深海に潜るとは思えない格好だ。いや、ヘルメットは水中洞窟を進む際には役に立つかもしれない。アンドロイドのウッチー隊員なら生身(?)で既に頑強なので、服装も拘らないのだろう。
「……全部で十八人か」
「一応、連絡が取れた隊員は他に六人います。遅れる者もいるとは聞いていますが……」
ヤタノがちらりと遠くの岩礁を見やると、ちょうど海上を一隻のボートが走ってくるところだった。
「あれはうちの隊員か……? 誰だ?」
俺が目を細めて遠くから走ってくるボートを眺めていると、隣に立っている狐の面をした人物に腕をつつかれて、手の中へ双眼鏡を渡された。
「おぉ……狐さん、助かる」
小柄な体躯で大荷物を背負った狐面の人物。通称、『狐さん』で通っているが、ヤタノ隊員のような狐の亜人種が多い時には『お面屋さん』と呼ばれることもある。名前の通り、様々なお面を売る商売をしているらしい。俺も時々、お面を借りて遊んでいる。
狐さんから受け取った双眼鏡でボートに乗っている人物を観察すると、すぐにその姿格好で誰であるかわかった。
波しぶきを上げながら高速でボートをかっ飛ばしていたのはゴーグルを被った青髪の少女だ。動きやすさと機能性を追求した防水仕様の白い作業服に身を包んでいる。
「あれはシエラ隊員だな。よかった、今日は来られたのか」
いつも忙しいシエラ隊員は、俺が気まぐれで急な呼び出しをかけたときは大体が仕事で遠方にいたりする。それでもこうして、後からでも駆けつけてくれるのだ。今日はなんとか集合時間に間に合ったようで、本当によかった。
「隊長~! 困るよ、いつも急な呼び出しでさ~! ボクの都合も考えてくれって!」
ボートを岩礁から少し離れた場所に止めたシエラ隊員は、身軽にボートから岩礁へと飛び移ると、素早く手近な岩に固定用のロープを結びつける。登場早々に文句を言われてしまったが、迷惑そうな言葉の割には楽しそうな笑みを浮かべている。いつも間に合わないパターンが多いものだから、集合時間に間に合って嬉しいのだろう。
シエラ隊員は優秀なエンジニアだ。彼女がいるといないとでは魔窟探索の難易度が大きく変わる。というか、今回の探索の鍵はシエラ隊員が握っていたので本当に間に合ってくれてよかった。
「ほら、どうせ隊長のことだから深海潜るのに何も準備してこなかったでしょ? 用意してきたよー」
そう言いながら早速、いくつかの道具をボートの荷台から運んでくる。
「とりあえず皆、これを最低二本ずつ持ってね」
「シエラ隊員、これは?」
俺はシエラ隊員から、水筒の魔法瓶みたいな銀色の容器を受け取りながら尋ねる。小脇に抱えられるサイズの容器で、体に括り付けられるようにベルトが付いていた。
「高圧空気ボンベだよ。千気圧の調整空気が詰められているから、一本で四時間ほどの潜水が可能かな」
深淵海域の魔窟は主に海底洞窟となっている。並みの心肺能力では素潜りなど絶対に不可能だろう。この空気ボンベがあれば長時間の潜水も可能になるというわけだ。
「あと、水中で会話ができるマイクもあるからね。喉と耳の後ろに付けて。骨伝導で音声がクリアに伝わるから」
「本当に準備がいいな……」
「いや、隊長さ……。準備もなしに、いったいどうやってこんな深海を探索するつもりだったの?」
「んんっ……えぇーと、それはだな……。いつもの通り、各隊員の能力を結集して挑んで……!」
「つまり何も考えていなかった?」
「いやはははっ! そんなことはないぞ! ただ、俺が下手なことを考えるより、皆を信頼して任せた方がうまくいく! そういうことだな!」
「まあ、実際そうなっていますね。ふふふ……」
シエラ隊員に詰め寄られる俺を見て、ヤタノ隊員が小さく肩を震わせながら笑っている。これ以上の追及は無駄と悟ったのか、シエラ隊員も「やれやれ」と笑みを漏らして他の隊員に空気ボンベを配り始めた。
そんな中、シエラから空気ボンベを受け取った隊員の一人が疑問を投げかける。
「でも、シエラさん? こんな原始的な空気ボンベより、水中呼吸ができる魔導具を使った方が楽じゃありません? 通話も、故障の恐れがある機械式って大丈夫なのでしょうか?」
「あー……魔導具ねー。できれば今回は使いたくないかな~」
「なぜですの? なにも使い古した技術の遺物を使わないでも、魔導具の方が色々と便利でしょう」
納得がいかなそうに質問をしたのは洗熊人というちょっと珍しい亜人種の血が混じった女の子、タカミネ隊員だ。タカミネ魔導具店の自称ご令嬢。こう見えて魔導情報学に精通しているので、魔導回路を使った道具の利便性については引けないのである。
「利便性で言ったら、まあ魔導具の方が便利なんだけど……」
「そうでしょう? ではなぜ?」
ぐいぐいと疑問をぶつけてくるタカミネ隊員への説明に困っているシエラを見かねて、ヤタノが代わりに説明を始める。
「タカミネさん。シエラさんは命を預ける道具について、安全性を重視しているからこそ、魔導具を選ばないのですよ」
「安全性? 時代遅れの機械技術より、現代魔導工学に基づいた魔導具の方が安心だと思いますけど」
「そこですよ。わからない人にはわからない。一般的ではない。だからこそ、安全なのです」
「???」
タカミネ隊員は人差し指を口元にあてて、可愛らしく首をかしげた。ふさふさ縞模様の尻尾が、彼女の思考の揺れを現すかのように勢いよく左右に振れている。ついついそちらへ目が動いてしまって、俺はヤタノ隊員の説明が頭に入ってこなかった。
俺がタカミネ隊員の尻尾に気を取られている間に、ヤタノ隊員は細かい説明を進めてしまう。
「もう少しわかりやすく説明しましょうか。現代では失われつつある機械技術の応用で作られた空気ボンベと、空気を継続的に召喚して生み出す魔導具を持って、海に潜ったとしましょう。深く、深く潜ったところで、あなたが財宝を見つけたとします」
「え? 財宝!? やりましたわ!」
仮定の話なのだが、タカミネ隊員の反応が一々かわいい。ふさふさの尻尾がピンと持ち上がっている。
「ところが背後から迫っていた同業の探索者が財宝の横取りを狙って、あなたを攻撃します。仮想敵は私だとしましょう」
「なんで!? なんで、ヤタノさん敵なのです!?」
「ちなみに私は魔導には深く通じていて、海に潜る探索者が呼吸に使う魔導具も熟知しています。ですので、真っ先に魔導具の動作に干渉する魔力波動を放って、その機能を停止させます。魔導回路に詳しい人間なら不可能ではないですよ。そして、現代において魔導技術に通じた人間は山ほどいます。やろうと思えば誰にでもできるのですよ」
「魔導回路への外部干渉は、相当に強力な共振波動をぶつけない限り乱されませんわ! そんなの手間もかかるし、難しくて普通はやりませんわよ!」
「確かに難しいでしょう。でも不可能ではありません。そして、それを深海でやられてしまえば確実に死にます。一方で、機械技術で作られた空気ボンベは構造が単純なだけに、物理的な攻撃でしか破壊できません。そして、物理攻撃によって破壊されるのは魔導具も同じこと。ならば、より安全なのはどちらでしょうか?」
「ぐぬぬぬぅ~! そんな恐ろしい攻撃方法を考えるのはヤタノさんくらいですわ! でも、安全なのは空気ボンベだと認めてさしあげます!」
びしっ、とシエラ隊員の抱える空気ボンベを指さして、自分も一つボンベを受け取るタカミネ隊員。どうやら突如として勃発した技術論争はこれで終わったらしい。俺には難しいことはよくわからないが、シエラ隊員が色々と考えて空気ボンベを用意してくれたらしいことはわかった。
「さすがだな! シエラ隊員!」
ぐっ! と、親指を立ててシエラ隊員を称賛する。
「え? いやー、あははは……まーねー。……ただの懐古趣味なんだけど……」
ぼそりと、何か今までの論争の全てを否定しそうなことをこぼしていたが、難しいことは俺にはわからないので聞かなかったことにした。
そういえば昔、タカミネ隊員に時代遅れと笑われていた鉱石ラジオを作ってくれたのも、シエラ隊員だったなと思い出しながら……。





