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深淵海域 -魔導書ソウラマリスの伝説を追え-  作者: 山鳥はむ


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14/16

死闘、孤独の海


 十二本の光の柱が立ち昇り、魔法陣が強烈な青い光を放って輝きだす。薄暗かった洞窟部屋が隅まで照らし出され、隊員達の不安な表情が鮮明に見て取れる。

 まずいな。皆、突然のことに浮足立っている。

 魔法陣からは魔力感度の低い俺でも圧迫感を感じるほどの魔力波動が溢れ出てきている。これは間違いなく、来る――。

「探検隊!! 総員、魔法陣から離れて囲め! 『奴』が来るぞっ!!」

 俺の声に探検隊のメンバーが反応して、直ちに魔法陣から飛びのく。その様子を見ていた落下部も慌てて魔法陣から離れ、探検隊の囲いの穴を埋めるように位置取りして『奴』の出現に備えた。


 ――ヴゥアアアァァァッ――!!


 水を激しく震わせる音波を撒き散らしながら、強大な魔力の渦が目の前に収束していく。

 毒々しい紫色の靄が辺りに立ち込め、海中の視界を遮りながら一冊の本とおぼしき物体が魔法陣の上に姿を現す。

 複雑な文様の描かれた青い装丁の表紙には複数の目玉が貼りつき、背表紙には髑髏を模した悪趣味な箔押しが施されている。


「くっ!! こいつが……魔導書『孤独の海(ソウラマリス)』!?」

 ぎょろぎょろと動く大きな目玉が、俺達一人一人に探るような視線を送ってくる。目が合った瞬間、ぞっとするような悪寒が全身に走った。突然、大海原に一人で放り出されたような孤独感が襲ってきて、脚の力が抜け思わず膝を着きそうになる。

 周囲を見れば他の探検隊のメンバーも半ば座り込んでいる状態だ。

「意識をしっかり保って! ソウラマリスの呪詛に負けないように!」

 ヤタノ隊員が気丈に声を張り上げて、他の隊員達を鼓舞する。そうだ、隊長である俺もびびってなんていられない。


「探検隊一同!! 気をしっかり持てー!! 俺達は、一人じゃない!! 魔導書ソウラマリスをもう一度、封印するんだ!!」

 呪詛に抗う方法なんて知らない。

 封印の方法だってわからない。

 それでも俺達はこんな奴に負けたりしない。いくら孤独感を煽っても無駄だ。

 俺達探検隊は心の奥底で繋がっている。錯覚で孤独と絶望を与えようとしても、本当の繋がりまでは断ち切れない。


「うぉおっしゃらぁああああっ!!」

 いち早く立ち直ったタラコ隊員が猛然とソウラマリスへと突撃を仕掛けた。無謀にも思える行動だが、今はそれぐらいの気合がなければ皆まともに体を動かすことすら苦しい状況だ。ここは無理やりにでも心と体を奮い立たせて戦う必要がある。

 大丈夫。ヤタノ隊員とガイア隊員が既に体勢を立て直して、隊員達のフォローに回ってくれている。ソウラマリスからの攻撃があれば守ってくれるはずだ。


 力任せに殴りかかろうとするタラコ隊員だったが、海中ということもあって動きが鈍い。ソウラマリスは海中をひらりひらりと、本の頁を開閉しながら飛び回りタラコ隊員を翻弄する。

「ちくしょっ! 陸上なら、こんなやつ捕まえられるのに!」

 予想しづらい不規則な動きで海中を漂う魔導書ソウラマリス。


 ――キハハハハッハハハッ!!


 甲高い子供のような笑い声が耳障りに響き渡る。ソウラマリスがあざ笑っているのだ。とても本とは思えないほどに悪意の感情が透けて見えるようだった。

 この気配と存在感、偽リーチャのものとそっくりである。俺達に十二の封印を解かせたのは、他でもないこいつ自身だったのだろう。封印されながらも力の一端を発現し、この海域にやってきた人間を誘導して封印を解かせたのだ。


「私達を……舐めないでくださいませ! 『水流アクア・マナント』!!」

 タカミネ隊員が先端に蒼玉サファイアの埋め込まれた短杖ワンドをソウラマリスに向けて、共有呪術『水流アクア・マナント』を放った。上級の術士も好んで使う水系統の呪術である。

 元より陸上でも高速の水流を生み出せる術式が、海中で発動されることで暴力的な水の砲弾となってソウラマリスへ襲い掛かる。


 ――ヒィイイッヒヒヒーッ!!


 ソウラマリスは水流に逆らわず、その流れの勢いを利用して上方へ飛び上がると高らかに笑い声を上げた。耳障りな笑い声、それが魔導発動の楔の名(キーネーム)となっていたのか、『水流アクア・マナント』の数倍は威力のありそうな水の奔流がタカミネ隊員に向けて撃ち出される。

「どきゃああああっ!?」

 圧倒的な水の質量に押し流されて、タカミネ隊員が上下左右全回転しながら洞窟の壁に叩きつけられる。

 べちんっ。と、水中だというのにやけに勢いのある衝突音が響いた。

 痛々しい音に、近くにいたクロ隊員の表情がくしゃりと歪む。俺も思わず顔をしかめた。あれは痛そうだな……あ、ひっくり返ってパンツ見えてる。縞パンだ。


「これ以上……好きにさせない……」

 小さな光の魔法陣を足場にしたガイア隊員が、上方で高笑いを続けるソウラマリスに肉薄する。背後に光る紫色の魔法陣から、丸太ほどの太さもある二本の光線を放射する。

 鮮烈な輝きを放ち、水中でも減衰することのない光線が洞窟の岩壁を真っ黒に焼きながら、ソウラマリスを隅の方へと追い詰めていく。


 ――ブヴォァア――!!


 魔導書ソウラマリスが短く奇妙な音を発すると、青く光る小さな魔法陣が出現してガイア隊員の放つ光線を反射する。

「――んがっ……!?」

 自分の光線をまともに反射されてその身に受けるガイア隊員。黒い魔女服が一瞬で焼け焦げ、幼い肢体が露わになる。


 ――ヒャァハハハハーッ!!


 人を馬鹿にしきった笑い声が深海の洞窟に響き渡った。

「この……腐れ魔導書がぁあああっ!!」

 屈辱的な反撃を受けたガイア隊員は目を赤く光らせて激怒し、見る間にその姿を変貌させていく。白い肌は黒紫色の皮膚へと染まり、細い手足は腫れ物のごとく筋肉を膨れ上がらせる。

いてやる! 焚いてやるっ!! その紙、一枚残らず、灰と化すまでぇえ!!」

 ガイア隊員は本気だ。普段の擬態を解いてでも、目の前の敵を殲滅しようと暴走している。

「あわわわわっ……!? ガ、ガイアさんっ!?」

 頭脳労働担当のヒバ隊員が、ガイア隊員の変貌に腰を抜かしてしまう。強大な魔力波動がガイア隊員の全身から放たれていて、それは気の弱い者なら失神してしまいかねないほど強烈なものである。

 ガイア隊員の体が二倍、三倍と膨れそうになったところで、背後から包み込むようにリーゼ隊員が優しく抱きしめた。


「ガイアちゃん、そこまでですよ。あなたが本気で全力解放したら、この洞窟が崩落してしまいます。探検隊の皆も巻き込まれてしまうわ」

「むぅううっ……!!」

 怒りに震える体をどうにかしぼめ、ガイア隊員は辛うじて暴走を押し止めた。ずっと笑い続けているソウラマリスの声を聞いて、まだ怒りが収まらないのか、リーゼ隊員の腕の中でガイア隊員はもぞもぞともがいている。だが、限度を超えた力の解放をしない程度には冷静になったようだ。


「このままではまずいな……」

 皆、どうにか体は動くようになったが連係がまるで取れていない。ソウラマリスに煽られて、完全に奴のペースだ。

「こゃ~ん……! リーチャさん、私達どうしたらいい!? 落下部も攻勢に加わりますか!?」

「私も! 私もこう見えて戦えますよ!」

 様子を見ていた落下部のハッカ部長や冒険アイドルのコハルちゃんも戦闘に加わる気は満々なのだが、どこでどう手を出していいか迷っているようだ。


 どうする?

 ――いっそのこと、俺がやるか?

 俺が全力・・を出せば魔導書の一冊程度、苦も無く消し飛ばせるだろう。


 いな、それはダメだ。

 ガイア隊員も我慢しているのに、俺が台無しにしてどうする。

 今ここで俺が短慮な行動を取れば、巻き込まれて消し飛ぶのは探検隊の皆だ。

 それだけはできない。


 俺は答えを出せずにいた。だが、ここで探検隊の知恵袋ヤタノ隊員が前へと出る。

「ここからは皆で連係してかかりましょう。基本は私がアレの動きを抑え込みます。隊長は他の隊員への指示を頼みます。ハッカちゃんとコハルちゃんも臨機応変に、狙えると思ったら私に構わず攻撃を仕掛けてください」

「こゃん!!」

「わっかりましたぁ!」

「お、おう! え……?」

 ここまで慎重に立ち回っていたヤタノ隊員がいよいよ攻勢に加わるのだ。ハッカ部長が両手を握りしめて気合を入れる。そして俺はなんかさりげなく重大な役割を振られていた。

「では……行きます!」


 どぅっ!! と水音を鳴らしながら、九つの金色尻尾で推進力を得たヤタノ隊員が笑い狂うソウラマリスへと突撃する。

 尻尾の四本を縦横無尽に泳ぎ回るために使い、残りの五本でソウラマリスへ怒涛の攻撃を仕掛けている。並みの敵なら一瞬のうちに金色尻尾でモフ殺されて終わるところだが、ソウラマリスはとにかく見た目に反して回避能力が高い。ヤタノ隊員の尻尾パンチをのらりくらりとかわす姿は、まるで宙を舞う木の葉を殴りつけようとしているかのようだ。

 さて、ヤタノ隊員とソウラマリスの戦いに見惚れている場合ではない。俺は俺でやれることをやらねば。


「だ、だが……隊員への指示ってどうすればいいんだ……? 無茶ぶりだぞ、ヤタノ隊員」

 俺は隊長だが別に隊員へ細かく行動を指示することはない。せいぜい探検隊の皆に声をかけて、あっち行こうぜ、こっち行こうぜ、という程度だ。戦闘指揮なんて執ったこともない。そんな逡巡をしながら隊員達の様子を見た俺は、ふとザフライ隊員とばっちり目が合ってしまった。

「よ、よし! ザフライ隊員! 君に決めた!!」

「…………!?」

 突然、指名を受けて動揺するザフライ隊員。

「俺が合図したら、なんかいい具合に頼む!」

「ざっくりしすぎだよ、隊長!!」

 シエラ隊員からダメ出しされてしまう。しかし、俺に言えるのはこれが精一杯だ。


 そんな曖昧な指示でも、ザフライ隊員は自分がやるべきことを理解しているのか、背負った大剣に軽く手をかけていつでも飛び出せる構えを取った。大剣に刻み込まれた魔導回路がほんのりと薄赤い光を放っている。

 この間にも魔導書ソウラマリスとヤタノ隊員の応酬は続いており、海中とは思えない速度で両者が激突している。その刹那、互いに弾き合って間合いが開いた瞬間を俺は見逃さなかった。

「今だ!! ザフライ、突撃!!」

 どぅっ!! と水を押し退ける鈍い音を響かせて、ザフライ隊員がソウラマリスめがけ飛び掛かっていく。


 大剣の表面に強く浮き上がる赤い光の筋。魔導回路を刻まれた大型の魔導剣が真価を発揮した。

 その巨大さゆえに水中で振り回すには馬鹿げた重さと大きさになっている魔導剣だが、魔力の流れ込んだ大剣はザフライの驚異的な腕力によって横薙ぎに振るわれる。

 水中の抵抗をものともしない勢いで振り回される魔導剣は、水を巻き込みながらソウラマリスへと渾身の一撃を叩き込んだ。


 ――ウヴァバババッ!?


 これまでの攻撃の中では唯一、まともに決まった一撃だった。魔導書の中心に沿うようにザフライ隊員の魔導剣が食い込んでいる。

 ザフライ隊員がそのまま岩壁に叩きつけようとしたところで、ソウラマリスの周囲に青い魔法陣が出現した。魔法陣は食い込んだザフライの魔導剣を押し戻して弾き飛ばす。

「ぬぅおぉおっ!?」

 ザフライ隊員は体勢を崩されて、魔導剣ごと大きく後退させられてしまった。

 惜しい。もう少しであの魔導書を真っ二つにできたかもしれないのに。

「キノスラ隊員、ザフライ隊員の補助へ! アット隊員、ヤタノ隊員と共にソウラマリスへの撹乱を!」


 ――ヴゥァアアアッ!!


 魔導書ソウラマリスが奇怪な音で吠える。水の渦が発生して、回転力を伴った水流が体勢を崩した状態のザフライ隊員を襲う。

 だが、攻撃が当たるより早くキノスラ隊員がザフライ隊員を引っ張ってどうにかこれを回避した。

 追撃をかけようと再び奇怪な音を上げ始めるソウラマリスだったが、アット隊員が素早くソウラマリスの周囲を泳ぎ回り注意を引きつける。釣られたソウラマリスは強烈な水流を放つも、アット隊員は軽々とかわして見事に無駄撃ちを誘発させた。そこへヤタノ隊員が怒涛の全尻尾攻撃でソウラマリスへと圧力をかける。


 これは撹乱なんてものじゃない。ソウラマリスが見せた隙を突いて、ヤタノ隊員は守りを捨てた全力攻撃を仕掛けているのだ。ヤタノ隊員の表情に余裕は見られない。どうにかここで決めてしまいたいという焦りが見える。一方のソウラマリスは連続で襲い掛かる尻尾の殴打を無数の小さな防御魔法陣で的確に防いでいた。

「ヤタノ隊員! 無理はするな!!」

 俺の声に、ハッと表情を変えると、ヤタノ隊員は慌ててソウラマリスから離れる。攻撃に集中しすぎて気が付くのが遅れたのだろう。ソウラマリスが防御を固める一方で、攻撃用の魔力を溜めていたことに。


 ――ギャヴァヴァアアッ!!


 魔導書ソウラマリスがこれまでとは異なる、悪意に満ちたおぞましい叫び声をあげる。それは呪術となって、槍をかたどった数十本の氷柱を生み出した。水流とは殺傷力が格段に違うと容易に想像できる。狙いの矛先は全てヤタノ隊員に向かっている。

「ヤタノ隊員を、カバーだ!!」

 俺は信じている。隊員の力を。だから仲間を守るために、別の仲間が危険を冒すことになっても、それが最善だと信じて――。

 くそっ! そんな簡単に割り切れるか!

 それでも口から出た言葉は取り消せない。現状でヤタノ隊員をカバーできる位置にいるのはキノスラ隊員。あとは少し離れた位置に狐さんがいるくらいだ。


 ドドドッ!! と、氷の槍が撃ち出される。ヤタノ隊員は自らの体を九つの尻尾で包み、辛うじて防御態勢を取った。だが、あれだけの本数の鋭い氷の槍を全て受けきれるのか?

 ヤタノ隊員へと殺到する氷の槍。そこに、海中へ大きく広がった一枚の投網が横入りして氷の槍に絡まる。勢いを減衰されて突端の入射角もずらされた氷の槍は、ヤタノ隊員の尻尾に深々と突き刺さるものの柔毛の壁を突破することなく受け止められた。


 網を投げたのは……?

 腕を網ごと引っ張られて痺れたのか、両手を前に出してぷるぷると震えている小柄な姿。

「狐さん……!」

 便利な道具を持ち歩いて、いざというとき頼りになる。よろずのお面屋、狐さん! それにキノスラ隊員も、ヤタノ隊員の尻尾の間から丸い毛玉となって飛び出してくる。二重のモフモフで防御力を高めたのか。

 他にもいつの間に移動していたのか、ヤタノ隊員のすぐ後ろに安全ヘルメットを被ったウッチー隊員の姿がある。水中仕様のライフルを構えているところから、防ぎきれそうにない氷の槍はあれで迎撃するつもりだったのだろう。


 なんだよ皆、俺が想像した以上の動きじゃないか。

 やっぱり探検隊のメンバーは最高だぜ!

「よぉおおし! 総員、全力攻撃開始だ! 奴にこれ以上、攻撃の機会を与えるなっ!」

 どぉおっ、と探検隊の士気が上がるのが感じ取れた。



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