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深淵海域 -魔導書ソウラマリスの伝説を追え-  作者: 山鳥はむ


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12/16

伝説の魔導書


「こゃ~ん? リーチャさん? 探検隊の人達、こんな場所に集まってどうしたんですか?」

 水中洞窟を通って姿を現したのは落下部のメンバーだった。その代表であるハッカ部長が一番に声をかけてきた。探検隊の皆が警戒態勢を取ろうとするが、俺はその動きを制して一人、前へ出た。今ここで疑心暗鬼に陥って、落下部と全面衝突でもしたら大変なことになる。まずは落下部にも状況を説明しないといけない。

 向こうのハッカ部長も探検隊が殺気立っているのと、俺が一人で出てきた理由を察したのか、落下部のメンバーを待たせて一人で前に出てきた。代表同士の話し合いである。



 ハッカ部長としばらく話し込んで違和感も覚えなかったので、俺達はとりあえず探検隊と落下部のメンバーを呼び寄せて、互いに詳しく情報交換することになった。ヤタノ隊員にこっそりと目配せしたが、彼女の見立てでもハッカ部長は偽物ではないようだった。そうして十分ほど、こちらの状況を話して今起こっている事態を落下部には理解してもらった。

「……なるほど~。この海ではそんなことが起きていたんですか」

「落下部はどうしてこの場所へ?」

「どうして? 一番大きい水中洞窟があったので、皆で一緒に落下したついでに奥の方まで探検しようかと……」

 落下部は本当に目的がぶれないな。

 けれども安心した。落下部は特別、この深淵海域において『落下する』行為以外に執着するものがない。俺達探検隊と競合するようなことはないだろう。


「私達もこんな手記を拾ったんですよ! とても古いものなんですけど!」

 冒険アイドルのコハルちゃんが興奮気味に古びた手帳を見せてくれる。


“『奴』は死者の怨念を食って力を増すらしい。悔しいがここで力尽きる私もまた、『奴』の餌になるのかもしれない。……あぁ!! こんな討伐作戦に参加するんじゃなかった!”


 それは死にゆく無念を嘆いた最後の言葉だった。いったいどれだけの命がこの海底に沈んだのだろう。その死を振りまいた元凶は何者であったのだろうか。


「どうですか!? お役に立ちましたか!?」

 目をキラキラとさせながら、ぐいぐいと迫ってくるコハルちゃん。やばい。海中なのに、なんかいい匂いが漂ってきた気がする。錯覚だけど。

「ええと、これを手に入れたとき、髑髏が近くに転がっていたかな? 変な靄が出てきたりとか……」

「あー……、なんか出てきたかなぁ? バジさん、見た?」

 ハッカ部長が頭の上に乗った小動物に声をかける。深緑色をした、蛙のような……なんだかわからない生き物だ。

「ふぅむ……ハッカは見逃していたのかの? ゼロ君が出現と同時にレーザーで焼き払っておったぞ」

「あ、そうなんだ。だそうですよ?」

 喋った。今、頭の上の小動物が喋ったぞ。あれ、喋る生き物だったんだ……。


「他にもこんなものが、ありましたよ。うちのミナヅキが見つけたんですけど」

 そう言って魔導兵装の少女ゼロが、また別の紙片を差し出してくる。


“孤独だ……。これがあの魔導書の呪いなのか? なんて悪質な呪詛だ!”


 孤独をもたらす呪詛? そんなものがあるのか。いや、そうか。それが先ほどの偽リーチャだったのかもしれない。


「部長、自分ちょっと心配になってきました。ミナヅキのところに戻りますね」

 ミナヅキというのは落下部の猫耳少女のことらしいが、彼女はどうも体調を崩して今は岩礁広場で休んでいるそうだ。

「タックさんが様子を見ているから大丈夫だと思うけど?」

「おかしな奴がこの海域で暗躍しているんでしょう? あまり少人数で孤立しない方がいいと思います」

「そっか、ゼロさんの言う通りかも。よーし! 落下部は二組に分かれよう。ミナヅキが動けないから、そっちに半分の人数を……」

 落下部はハッカ部長の指示のもと、二組に限って別れることにしたようだ。あくまでも深淵海域の奥には向かうつもりらしい。


「死者の怨念を食う、それに人を孤独に追いやる呪いですか……。これがもし例え話でないとしたら……」

 先ほどからヤタノ隊員の顔色が悪い。

「気付いたことがあるのか、ヤタノ隊員」

 わかったことがあるなら早めに共有しておきたい。ここには探検隊が揃っている。一人で悩むより、皆で考えた方が答えに近づけるはずだ。

「……確実でないことを口にするのは躊躇ためらわれましたが、皆さんにも覚悟しておいてもらう必要がありますね」

 神妙な口調でヤタノ隊員が告げる。

「我々が相手にしようとしているのは、おそらく高位の幻想種」

「幻想種って、あの靄みたいなやつじゃないのか? 大したことねーぞ!」

 威勢のいいタラコ隊員の発言に、ヤタノ隊員は静かに首を振った。


「髑髏に宿っていたのは低級の亡霊です。この海域に潜む『奴』とは、亡霊などとは比較にならない強い力を持った存在でしょう」

「比較にならない、って。それでは何となら比較になるんです?」

 恐る恐るヒバ隊員が尋ねた。

「先ほどの偽隊長を生み出した力、他の幻想種を食って取り込む特性、過去にここ深淵海域で多くの術士を葬っていることからも敵の正体として考えられるのは――」

 探検隊、落下部の全員が固唾を飲んで、ヤタノ隊員の次の言葉を待つ。


「伝説の魔導書『孤独の海(ソウラマリス)』である可能性が大です」

「なにぃっ!? 『奴』の正体を知っていたのか!? ヤタノ隊員!!」

 タラコ隊員が大声を上げて驚愕する。他の隊員も同じ気持ちだろう。俺も驚いた。なんで知っているんだ。

「ここへ来る前に、私なりに調べたと言ったでしょう? 調査の中で、信憑性の薄い伝説としてなら話に出ていたのです。まさか、大昔の魔導書が現在も存在し続けているとは思いもしませんでしたが」


 ――曰く、かの魔導書『孤独の海(ソウラマリス)』は、かつて遠洋航海に赴く船に娯楽用の書籍として紛れ込み、大海において船を遭難せしめる恐ろしき呪詛を振り撒いた。沈められた船は百を超えるといわれ、船乗り達の怨念を糧として生きる呪われた魔導書と化したのである。事態を重く見た当時のトラキア海軍は呪術士の一個中隊を連れてソウラマリスの討伐を試み、ついにこれを大規模な結界によって、この海域に封じることに成功した。だが、無念にも討伐までは至らず、大勢の術士が暗く冷たい海底に命を散らしたという。


 ちなみにトラキアは近海を支配水域としていた国家で、精強な海戦術士を多数抱えていた。その一個中隊の戦力規模ともなれば、村落の二つ、三つを一晩で灰にすることさえ可能なほどだ。それが結果的には全滅したということである。封印こそ成功したものの倒しきれなかったソウラマリス、かの魔導書の力とはいかほどか。


「あまりにも被害規模が大きく、深淵海域での事故が多いことになぞらえて、荒唐無稽な伝承として残ったものと思っていたのですが……」

「魔導書は実在した、と……そういうわけか」

 一同は完全に押し黙ってしまった。過去に百以上もの船を沈め、一個中隊規模の術士を全滅させた魔導書が相手だと知ったのだ。

 度々、遺品のメモ書きにあった『奴』というのは魔導書ソウラマリスのことだったのである。一冊の本によって船が沈められたというのも、それを奪い合って船が沈められたなどという話ではなく、まさに魔導書そのものが船を沈めた元凶ということか。

 これ以上の探検は危険だ。賢い選択をするなら、今すぐに引き返すべきだろう。


 だが、俺はこのまま深淵海域を去ってはいけない気がした。何の根拠もない直感だったが――。


「なあ、もし落下部がよければこの先の探検に協力してほしいんだけど、どうだろう? 下手すると魔導書との戦闘になるかもしれない。それでも、この深淵海域で何が起こっているのか確かめておきたいんだ。そのためにはたぶん、この先を見ておく必要があると思う。髑髏から飛び出した光の玉、その行方を」

「ば……バジさん、バジさん……光の玉って……?」

「なんじゃ、それも見ておらんかったのか? 髑髏から出た靄を倒した後に、びゅーんっと光の玉が飛び去っておったぞ。それがこっちの方角に飛んでいったのだろうて」

 格好良く台詞を決めたのだが、ハッカ部長はどうやら光の玉をよく見てなかったらしい。頭の上に乗った謎生物のバジさんは見ていたようだが。

 話が通じてなくて俺ちょっと恥ずかしい。


「えっと……とりあえず、奥を確認するのは落下部の総意でもあったので、行けるところまで行きます。こゃん!」

 両拳を軽く握って気合を入れるハッカ部長カワイイ。その場にいる全員が勇気をもらった。

「おぉおおおっ、燃えてきましたね! よぉし! リーチャ隊長さん! そうと決まったら、皆で一緒にがんばりましょう!」

 すぐ目の前まで顔を寄せてきたコハルちゃんが、俺の両手を取ると、ぎゅっと握ってくる。

 純真無垢のつぶらな瞳に見つめられると、胸がきゅっと締め付けられる。

 あ、もう俺、この握られた手は洗わない。……と、思ったけどここ水中だったわ、海流に洗い流されるの悲しい。


「大丈夫です! 皆の力を合わせればきっと大勝利!」

 鼻先がくっつきそうなほどに近づいてくるコハルちゃん。え……なにこれ、やばい。コハルちゃん、もしかして俺のこと好きなのかな……?

「ヤタノさんもよろしくお願いします! 一緒にがんばりましょう!」

 ふと気づいたらコハルちゃんは俺から離れてヤタノ隊員の手を取っていた。そのままの勢いで隊員全員に挨拶回りをしていく。

 すごい……これが冒険アイドルの全方位神対応……。

 このあと探検隊の士気はめちゃくちゃ上がっていた。



 細長く伸びた洞窟はその先に何かがあると言わんばかりの雰囲気だった。

 狭い水中洞窟を探検隊と落下部のメンバーが緊張した面持ちで進んでいく。

 やがて辿り着いた最奥には、明らかに人工的に設けられたと思しき、四角く切り取られたような空間が存在した。そこには――。


「魔法陣……?」

 誰かがぼそりと呟く。

 四角い空間には大きな魔法陣が一つ描かれていた。

 深海のさらに奥深い洞窟の中。光も届かない真っ暗な空間で、魔法陣は薄ぼんやりとした青い光を放っている。

 さらに、魔法陣の各所から色彩さまざまな光の柱が立ち昇っていた。全部で十本、魔法陣の要所から光の柱が立っているが少しバランスが悪い。ひょっとするとこの魔法陣は完全な形になっていないのかもしれない。まだ、立ち昇る光の柱があるのでは?


「この光の柱、これまでに髑髏が放っていた光と同じ色じゃないかな……?」

 シエラ隊員の言葉に俺もこれまで見てきた髑髏の光を思い出す。言われてみれば髑髏が放った光も様々な色をしていた。並べてみるとまるで虹の光のようである。魔法陣に近づいて思い思いに調べ始める落下部と探検隊のメンバー。その中でリーゼ隊員は海底に這いつくばって熱心に魔法陣を読み解いていた。

「この魔法陣は……封印の陣ですね……。全部で十二の封印が施されていますが、この光の柱は解かれた封印の数を示しています。つまり、十二のうち十もの封印が解かれてしまっていることになります」


 リーゼ隊員の不吉な推理を裏付けるように、魔法陣に手をかざしながらガイア隊員が難しい顔で唸る。

「魔法陣から……強大な魔力が漏れ出ている……。今にも溢れ出しそうなほどに……」

 魔導に長けた二人が魔法陣を解析した結果の答えだ。認めたくはないが、おそらくその通りなのだろう。

「つまり、俺達が封印を解いてしまっている、ということなのか?」

「もしかすると、あの髑髏と亡霊は封印を守っていたのかもしれませんね……。すみません、どうも倒してはいけないものを倒してしまったようです」

 探検隊はどうやら魔法陣の封印を解いてしまっていたようだ。亡霊退治を積極的にこなしていたヤタノ隊員は申し訳なさそうに謝る。

 だが、あの髑髏は近づいた俺達に襲い掛かってきたし、成り行き上どうあっても倒すほかなかっただろう。

「ヤタノ隊員が悪いわけじゃないさ。俺や他の隊員も亡霊とは戦っているし、結果的にこうなることは必然――」


 ――必然? 本当にそうだろうか? だとしたら、それは誰にとっての必然だったんだ?


「必然……。……そうか。この封印を解きたい奴がいて、俺達探検隊を誘導していたなら必然の結果になるな」

 俺が一つの気付きに至ったとき突如として海域に怪音がとどろき、光の玉が飛んできて魔法陣に吸い込まれると新たに光の柱が立ち昇る。

「……!? 魔力が、増大している……。もう、抑えきれずに封印が破られそう……」

 ガイア隊員が魔法陣から一歩退き、他の探検隊メンバーも下がらせる。

「バジさん! これ……!?」

「むぅう……、まずいのぅ……。封印が解けかかっておる」

 落下部も何かを感じ取ったのか、魔法陣を円になって囲むように位置しながら臨戦態勢を取っていた。

 緊迫感の増した一同のなかで、コハルちゃんが何かを思いついたように口を開いた。

「こ、これ、まだ封印があと一つ残っていますよね!? もし、あの髑髏が封印の鍵なら、これ以上は封印を解かなければいいだけですよ! 急いでこの海域にいる他の人達に知らせて、改めて封印をし直しましょう!」


 なるほど、それが賢明な判断だ。

 だが、ここまで封印を解いてしまっていて、後戻りができるだろうか。

「一度最初の場所へ戻って全員を集めないといけないな。他の冒険者達にも理由を説明して――」


 ――コォオオオォッ!! と、海域に怪音が鳴り響いた。


 恐れていた事態が起きてしまった。


 どこからともなく光の玉が飛んできて魔法陣に吸い込まれる。

 最後の一つを止める暇もなく光の柱が十二本立ち昇り、深淵海域に怨嗟の声が響き渡ったのだった。


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