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深淵海域 -魔導書ソウラマリスの伝説を追え-  作者: 山鳥はむ


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11/16

もう一人の隊長


 洞窟の横穴を抜けると、そこにはまた巨大な縦穴が存在していた。

「この穴は……さっきみた大穴よりも更に深いぞ……」

 ごくりと唾を飲み込みながら、俺は巨大な水中洞窟の奥底へと静かに沈んでいく。沈みゆく途中で、また一つ海域に大きな怪音が鳴り響き、光の玉が俺のすぐそばを通って飛び去って行く。


 ごぼごぼと音を鳴らす空気ボンベの泡と、ごうごうと耳元を流れる海流の音。底の見えない恐ろしげな深海への挑戦によって、感覚が研ぎ澄まされていくのが自分でもわかる。

 深く巨大な洞窟は次第に傾斜が出てきて横穴へと変わっていった。水の透明度は高いのに先に何があるのか見通すことができない。しばらく黙々と進んでいくと、大きな断崖が突き当たりとなって現れ、その壁の中心に小さな穴が一つぽっかりと口を開けている。


「不自然な穴だな。人工的に掘られたのか……? どう思う、ヤタノ隊員?」

 探検隊のブレインであるヤタノ隊員の見解を聞いてみる。


 ――――。


「あれ? ヤタノ隊員? 狐さん? シエラ隊員……?」

 振り返ってみると誰もいなかった。俺の声に返ってきたのは沈黙のみ。

 一人だ。俺、一人になっている。

 しばし呆然と佇み、途方に暮れた。


「おかしいな……。確かにさっきまで、皆が一緒にいたはずなのに……」

 先頭をひた走っていたので、気付かないうちに皆を引き離してしまったのだろうか?

「周辺の探索でもしながら、ここで少し待ってみるか」

 巨大な洞窟とはいえ一本道だ。俺がこの穴に落ちていくところは隊員が誰かしら見ていただろうから、待っていれば後に続いてくるはずだ。

 ……来るよね? 誰か見ていてくれたよね?


 一抹の不安を抱えながらも俺は突き当たりの断崖付近を調べ始めた。寂しさを紛らわす行為に思えなくもないが、俺は別に一人で迷子になったわけじゃない。探検をしているんだ。

 そうとも。昔はよく一人で探検をしていたこともある。

 やがて探検に同行者ができると今までになくすごい楽しく感じたので、もっと大勢に声をかけて探検隊を作ったらきっと更に楽しいと俺は考えたのだ。

 気が付けば探検のときには常に人が周りにいる状況だった。ここまで見事に一人きりで探検をするのは久しぶりかもしれない。

「たまにはいいさ、こんな探検も」

 決して強がりではない。ちょっと寂しいけど、同時に腹の底から湧き上がる冒険心は嘘じゃない。


 一人ではどうにもならない事態に陥るかもしれないという恐れとの闘い。それは本来、探検家なら誰しもが常に抱える不安。だけどそれを乗り越えて、未知への挑戦に打ち勝った時こそ、言い表しようもない達成感を得ることができるのだ。

「ふふふ……久々だな。この感覚……」

 冷たい海の底で一人きり。人によっては不安で圧し潰されてしまうかもしれない。そんな状況を俺は楽しんでいた。


 辺りの探索を始めてしばらく、一向に他の隊員達はやってこない。

 そうこうしているうちに俺は断崖にへばりついた一枚のメモを見つけた。


“あの魔導書の力を見誤ったのが我々の敗因だった。我々は見事に分断され『奴』の術中にはまってしまった。海で一人になってはいけない。孤独とは気付かぬうちにあなたの身を蝕む呪いなのだから”


 背筋にぞっとするような悪寒が走り抜ける。

 何だ、このメモは? 警告をしている? この海域で、一人になるなと。

 それに『奴』とは、他の遺されたメモにもあった、この海域に封じられた存在のことか。だとしたら俺は、何らかの呪術によってまんまと他の皆から分断されたのか?


 慌てて周囲に視線を巡らす。すると、恐れていた事態は既に発生していた。

 暗くて今まで目に入っていなかったが、足元に転がっていた髑髏から橙色の靄が立ち昇っている。

 まずい、誰もいない。戦える隊員がいない状況で、幻想種と遭遇するとは。


 ……いや、誰もいなくて、この広い場所でなら好都合か?

 誰も見ていないこの状況でなら、俺も『本気』が出せる。


 ぐっ、と俺は自らが着ている『守護者の装束』を握りしめた。衣服に縫い込まれた魔導回路がドクン、と鳴動して淡い緑色の光を放つ。同時に、俺の緑色をした髪が薄っすらと光を帯びて輝き始める。全身に力がみなぎってきた。

挿絵(By みてみん)

「こんなもんかな?」

 全力を解放するまではしないでいいだろう。


 下から上へ撫でるように、橙色の靄を手の平ですくい上げる。ただそれだけの動作で水中に大きな渦が発生し、橙色の靄は一瞬で吹き散らされた。物理的な力だけでなく、幻想種を構成する魔導因子をき乱す力を加えたので効果があったはずだ。これで――。


 こぅ――っ!! と髑髏から光が迸り、光の玉が飛び出して断崖に開いた穴へと吸い込まれていく。光の玉は全てあの先に向かっているようだ。


「この先に何かあるのは間違いなさそうだな。さて、他の隊員は……」

「――隊長」

 いつの間にやってきていたのだろう。すぐ傍に魔女のリーゼ隊員がふわふわと浮いていた。海中に漂うスカートの隙間から、艶めかしい太腿がチラついて見える。思わず視線がそちらへ吸い寄せられてしまうが、今はそんなものに気を取られている場合ではない。

 もしかして、今のを見られたか? 髑髏に宿っていた幻想種を吹き飛ばした後は速やかに力を抑えているので、俺の体からはわずかの光も漏れてはいない。多少、毛先がいつもより赤く染まっているくらいで目立った変化はないはずだ。だが、一連の行動を見られていたならまずいかもしれない。リーゼ隊員にはどう言い訳をしよう?


 そんな俺の心配をよそに、リーゼ隊員は臆することなく俺に近づいてくると一枚の紙を差し出してくる。

「隊長……全部、あなたの仕込みだったんですね……?」

「な……なに……? この紙はいったい……」

 薄汚れた一枚の紙。何か短い文章が大きく書き込まれている。


「とぼける気ですか? ここ深淵海域に探検隊のみならず、落下部や冒険者を集めたのは隊長なのでしょう?」

「ちょっと待て! 俺が集めたのは探検隊だけだぞ!? どうしてそういう話になるんだ? そもそもそれがいったいなんだと……」

「おかしいと思っていたんです。宝も何もない、この深淵海域に大勢の人間を集めることの意味……」

「え……意味? 意味なんてあるの? 俺が聞きたいよ、それ……?」

 リーゼ隊員はいったい何を言い出しているんだ? 雰囲気が尋常ではない。俺を見る彼女の目は疑いと恐怖に満ち溢れたものだった。


 なんで……どうして俺を、そんな目で見るんだ。

 やはり、見られていたのか? 先ほどの行動を。


 理由がわからないまま、俺はリーゼ隊員の糾弾にさらされる。

「隊長の目的は、この海域に封印された魔導書の奪取!!」

「――な!? なんだってぇー!?」

 俺すら知らなかった衝撃の事実が明らかになる。弁解を手伝ってくれる他の隊員はこの場にいない。リーゼ隊員の推理はなおも続いた。

「自分は報酬がいらない、と言いながら……本命は最初から魔導書ただ一冊だったんですね」

「違う! 誤解だ! 何を言っているんだ、リーゼ隊員!!」

 俺の必死の説得にもリーゼ隊員は耳を貸さない。それどころかより強く、証拠であるらしい紙を突き付けてくる。

「そのチラシに書かれた内容を読んでも、まだシラを切ることができますか?」

「こ……これは……!?」

「さあ、ご自分で読んでみてください」


 すまない、リーゼ隊員。はっきり言おう。

 さっきから君が突き付けている紙に書かれた文章だが――。


「オウ……デュー、ライ……トゥビ……あー……メムバ?」

「リーチャ隊長……読めませんか?」

 すいません。読めません。だってそれ、俺が苦手としている第二共通言語だもん。

 俺が首を振ってお手上げのポーズをすると、「はぁ……」とリーゼ隊員が深い溜め息を吐き出す。ごぼがぼごぼ……と盛大に空気の泡が立ち昇る。

 落胆した様子のリーゼ隊員に俺はどうしたものかとオロオロしていると、遠く洞窟の向こうから複数の人影が近づいてくるのが視界に入った。


 あれは探検隊の皆だ。俺も一緒にいる。

 ……ん? 俺が、いる……? 鏡じゃないよな?


 どう見ても俺としか思えない姿をした何者かと一緒に、タラコ隊員が先陣切ってこちらへ向かってきた。俺と同じ姿をした何者か、見れば見るほど俺とうり二つだ。

 そうか、先ほどからリーゼ隊員の言動がおかしかったのはこいつが原因か! どういうわけかわからないが、これは混乱してもおかしくない。俺も混乱している!


 だが一つわかったことがある。こいつがいたから俺の周りから隊員がいなくなったのだ。誰かがいなくなれば、その人を探そうと動くだろう。しかし、その人がその場にいれば探そうとは思わないわけだ。

 恐ろしい罠だ。成り代わられた人物は、皆が自分を探してくれていると思って待っていても、誰も自分がいなくなっていることに気が付かず探してもらえないのである。


「おーう、リーゼよぉ。偽物は正体、現したかよ?」

「ええ、はっきりしました。こちらの隊長・・はチラシの内容を読むことができませんでした」

 タラコ隊員の問いかけに、リーゼ隊員は俺を指さして答える。

「そっか、じゃあ決まりだな」

 バキボキと指を鳴らしながら、タラコ隊員が一歩前へ出る。ちょっ、ちょっと待ってくれ!

「逃がすんじゃねぇぞ。この偽物をよぉっ!!」

「違うぞ! 俺じゃない! 俺は偽物じゃ――!?」


 タラコ隊員、会心の裏拳が俺の顔面に炸裂した。

 裏拳。そう……ぶっ飛ばされたのは、タラコ隊員の斜め後ろにいた偽物の俺だ。


 ゲタゲタゲタッ!! と、ぶっ飛ばされた偽リーチャが手足を複雑怪奇に歪めながら、海中を泳いで逃げ出そうとする。

 その動きを予想していたかのように、ヤタノ隊員が九つの尾で偽リーチャの足を掴んで動きを封じると、魔女っ娘ガイア隊員が飛んできて偽リーチャの腹に軽く手を添える。

「……貫き穿うがて……」

 ごばぁっ!! と紫色の太い光線がガイア隊員の小さな手の平から放たれて、偽リーチャの腹に風穴を開けた。

 痛いっ! これは痛いぞ! まるで自分のお腹に穴が開いたかと錯覚してしまう!


 腹を光線にぶち抜かれた偽リーチャは海中に溶けるように消え去った。

 その残骸かと思われた衣服の切れ端は、真ん中に大きな穴の開いた一枚の紙であった。

「魔導書に使われる高級用紙ですね、これは。ガイア隊員が焼いてしまいましたが、呪術を発動するための魔導回路が書き込まれていたようです」

 ひらひらと漂っていたそれをリーゼ隊員は摘まみ取ると、封印の術式を使って小さな立方体として圧縮してしまう。


「いったい何だったんだ……」

 呆然としていた俺の元に、クロ隊員とキノスラ隊員が抱き着いてくる。皆、不安だったのだろうか。

 ゆっくり近づいてきたシエラ隊員とヒバ隊員が事情を説明してくれた。

「隊長さぁ、ずっと一人で探検していたの? その間、偽物に成り代わられていたんだよ」

「いつから入れ替わっていたのか……。でも、薄々おかしいとは感じていたんです。だって、隊長があんな流暢に第二共通言語を読めるはずがないんですから」

 どうやら俺と入れ替わっていた偽物は、俺よりも言語に堪能であったらしい。まさか、それで本物か偽物か判断されるとは。俺も、俺の偽物も予想できなかった、隊員達のファインプレーというわけだ。

「でも、そうか……。ボクの目を焼いてくるとか、ひどいことをするなぁと思っていたけど、あれは隊長の偽物がやったことだったんだね」

 シエラ隊員は勝手に納得しているが、あれは間違いなく俺が原因だ。後で謝りにくくなったじゃないか、おのれ偽物め!


「すみません、隊長。私、こちらの隊長が本物かどうか、確かめる必要があったものでして……」

 リーゼ隊員が先ほどの言動を謝ってくる。誤解が解けたのはいいことだが、一つ確認しておかなければいけないことがある。

「リーゼ隊員、俺に話しかけてきたとき何か見なかったか?」

「……? 何か、とは何でしょう? もしかして橙色の光のことですか? その光で隊長を見つけられましたが」

 どうやらリーゼ隊員は俺が幻想種を倒した後に、俺のもとへやってきたらしい。だとすればギリギリで隠し切れたと思ってよさそうだ。


「それにしても隊長、よく一人で幻想種を倒せましたわね?」

「えっ……!? そ、それはまあ……俺も隊長だからな! 切り札の一つ二つあるんだ! なんてことなかったぞ!」

「そうなのですか! さすが隊長ですわね! 場数を踏んでいるだけありますわ!」

 洗熊人のタカミネ隊員からの冷静な質問に俺は少しばかり焦りながらも、なんとかごまかしきった。ヤタノ隊員と狐さんがじっとこちらを見つめているのが、なんとも居心地悪いがここは押し切ってしまおう。


「ところでねぇ、隊長。こっちではこんなメモも見つけたんだけどぉ」

 おっとりとした口調で話す幽狐族のオッツマン隊員が古ぼけたメモを見せてくれる。書くものがなかったのか、衣服を裂いて作ったような布切れに文字が書かれている。


“多大な対価を払って結社の協力まで得たのに、討伐は失敗した……。私もこの穴の底で朽ちていくと思うと口惜しい”


「討伐に失敗したってことは、もしかして他の死者が遺したメモにある『奴』ってのはまだ生きているのか?」

「我々が何者かの呪詛による攻撃を受けている以上、そういうことなのかもしれないですね」

「呪詛って、さっきの偽物もか?」

「えぇ、かなり高度な呪詛です。人間(わざ)とは思えないほどに……」

 ざわざわと警戒するように九本の尻尾を揺らしながら、ヤタノ隊員がもと来た道である水中洞窟の方を見て厳しい顔つきになる。


 ヤタノ隊員が目を向ける方向から、複数の人影がこちらへ近づいてくるのに俺も気が付いた。

 あの人数、あのシルエット、探検隊の残りのメンバーではない。

 また一波乱、起こりそうな予感がするのだった。


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