おばあさんは、なぜ大きな桃を持ち帰ったのか
お題『あなたの想像力を駆使して、昔の童話を新たな視点で解釈してみませんか?』という『新訳童話短編』で書いた短編小説。
本文は100文字以上、5000文字以内。
【タグ】純愛、桃太郎、夫婦愛
【ジャンル】恋愛
むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんが住んでおりました。
おじいさんは山へ芝刈りに。
おばあさんは川へ洗濯に行きました。
おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃が流れてきました。
おばあさんはその桃を持ち帰り、おじいさんの帰宅を待って桃を割ると、なんと中から赤子が出てきました。
おじいさんとおばあさんは赤子を『桃太郎』と名付け、育てます。やがて大きくなった桃太郎は、おばあさんの作ったキビ団子を持って鬼を倒しに行きました。
──ご存知、『桃太郎』です。
さて、ここで質問です。
おばあさんは川から流れてきた桃を不思議に思わず、なぜ持って帰ったのでしょうか。
お腹がすいていたのでしょうか。
いいえ、そうではありませんでした。
おばあさんは知っていたのです。川から流れてくる桃から赤子が出てくることを。
時をさかのぼってみましょう。そう、あれは、おじいさんとおばあさんが、まだ少年と少女だったころ。
少年と少女は恋に落ち、結婚し、決して裕福ではないものの幸せに暮らしていました。
一年が経ち、二年が経ち。
いくら年月が過ぎても、若いふたりは子宝に恵まれませんでした。
妻は夫に悩みを打ち明けます。すると、夫は驚く言葉を言ったのです。
「え、子どもって桃の中から出てくるんだろ? 川の上流から大きな桃が流れてくるんだよ」
妻は衝撃でした。妻の持っていた知識とはまったく違ったからです。
ただ、驚いたのは、これだけではありませんでした。なんと、夫も桃から生まれたと平然と言うのです。
妻は信じられませんでした。
けれど、夫婦となった人の言う言葉。疑うわけにもいきません。
妻は待つことにしました。
毎日、川へ洗濯へ行き、上流から大きな桃が流れてくるのを。
そうして、歳月は無情に流れ、夫婦はおじいさんとおばあさんになりました。
おばあさんとなった妻は、それでも夫の言葉を信じ、願い、毎日川へと洗濯に行っていたのです。
炎天下の日も、雨の日も、豪雨の日も、台風の日も。
前触れはありませんでした。
ただ、違っていたのは、おばあさんの諦めかけた心。
悲しい瞳で川の上流を見つめ、
『ああ、今日も大きな桃は流れてこない』
と、今にも声に出してしまいそうな想いをのみ込んで、洗濯を始めたときでした。
川の流れが変わり、大きな波がいくつもいくつもやってきました。
おかしいと思ったおばあさんは顔を上げると、どんぶらこ、どんぶらこと大きな桃が流れてくるではありませんか!
火事場の馬鹿力とはよく言ったものです。
歓喜のあまり、おばあさんは大きな桃を担いで持ち帰ったわけです。
帰宅したおじいさんは驚きました。両親から話を聞いていたものの、おじいさんも見るのは初めてです。
ふたりは息を飲んで大きな桃を割りました。
そうして、桃太郎は誕生し、『桃太郎』と名付けられ、おじいさんとおばあさんに大切に大切に育てられたのでした。
めでたし、めでたし。