おいしいと食べれば元気になる
テーマは「食べる」。
文字数は100文字(三行程度)~8000文字。
【タグ】友情、失恋
【ジャンル】ヒューマンドラマ
失恋をした。
何年も一緒にいたのに、一言で終わってしまった。
私の聞きたかった言葉とは、正反対の言葉で、終わってしまった。
その夜は眠れないまま、気づけば空は明るくなっていた。
幸いというか不幸というか、長期の連休初日。
今日から数日、部屋からでなくてもいい。
それでも、朝を迎えたのなら。
規則正しい生活をしようと一先ず、いつも通りの朝食の用意をする。
不思議だ。
昨日までおいしいと食べていたものの味がしない。
おかしい。
顔の筋肉に力を入れられない。
笑うってどうするんだっけ。
いつの間にか頬にはなにかが伝う。
どうして涙は枯れないんだろう。
とりあえずでつけたテレビだけが部屋の中で明るい。
食事は喉を通らなかった。
呆然としていても時間は刻刻と過ぎていって。夜になり布団に入っても、また眠れない。
そんな日が三日過ぎていって、スマホが鳴った。
『今晩、泊めてくれない?』
親友のアカリだ。唐突にどうしたのだろう。
『新婚さんが、どうしたの?』
本当は真っ先に連絡したかった。フラれたんだって。でも、言えなかったのはアカリが幸せだろうと思って、それを壊したくなかったから。
次はシオリだねと言ってくれていた期待を、裏切りたくなかったから。
スマホがまた機械音を鳴らす。
『喧嘩したの。シオリのところしか行けるところなくて』
こんなことを言ってくれたのが、彼だったなら。
そんなことをふと思って、目頭が熱くなる。
ダメだな、私。三日経っても全然立ち直れる気配もない。
『ダメ?』
呆然としていたら、またアカリから。そうだ、返信しなくちゃ。
『アカリが来てくれるのは全然ダメじゃない。だけど、私がダメかも』
頭がぐちゃぐちゃで、変な文章になる。
すると、今度鳴ったのは着信音。
「もしもし」
「もしもし、シオリ? どういう意味?」
だよね。
アカリも落ち込んでいるみたいだし、言っても大丈夫かな?
「私……フラれて……」
やっぱりダメだ。きちんと話すこともできない。
「え? ちょ……シオリ? 待って、すぐ行く!」
電話は一方的に切れた。
涙はすぐには止まらず、それでも泣いてばかりじゃダメだ、アカリが来てくれると着替えようと部屋を見渡す。
なんでもいいと服を見ても、どれを着たらいいのかもわからない。
今まで私はどう思ってこれらの服を着ていたのか……そうか、彼の好みになろうと、合わせようとそう思って選んでいた。
初めて気づいて涙がまた浮かぶ。
ダメだ、しっかりしろシオリ。
一先ず、一番着ない服を選んで着替える。
化粧をしようと洗面台に行くと、鏡に映った顔を見て絶句する。……酷い顔だ。髪もボッサボサ。
髪をとかして前髪をピンで止め水で顔を洗う。
メイク道具を並べていざ化粧をしようとして、また思う。このメイクも、彼好みになろうといつも苦戦しながら改良してきたものだと。
服もメイクも、私は自分のためにしてきたんじゃなかった。
全部、全部彼のためにしてきた。
それなら、今は?
今、する意味はあるの?
鏡を前に自問自答する。
ぐしゃりと顔が潰れて醜くなる。
こんな自分は大嫌いだ。
いつからこうなってしまったのか。
彼が離れたい、別れたいと言うのも当然だったかもしれない。
だって、今の私に中身はないのだから。
ピーンポーン
聞こえたチャイムで我に返る。慌てて出ると、そこには大きな荷物を背負って両手にエコバッグを持つアカリがいた。
「やだ、シオリ。酷い顔してる」
「え?」
「もう、ほら。顔洗っておいで。メイクはしなくてもいいから」
お邪魔しますと強引にアカリは入ってきた。
私は鍵をかけ、言われた通り顔を洗う。メイクは……してもどうせぐちゃぐちゃになってしまうのだろう。
「台所借りるよ~!」
アカリの元気な声に圧倒される。
メイク道具に伸ばそうとした手を引っ込めて、洗面台からキッチンを覗く。
「え? あ、うん」
私の返事を待たずアカリは食材を広げていて、ニッと笑った。
メイク道具を片付けた私はフラフラと台所に行く。
「座って待ってて。今、おいしいもの作るから」
アカリはなぜかニコニコして言う。美人さんはいいな。笑っているだけで部屋が明るくなる。
私は私の家なのに、言われるがまま座る。
アカリが来てくれてよかった。
「アカリ、そんな家出したいと思うほど……なにがあったの?」
一瞬アカリの手がピタリと止まって表情が固くなったけれど、
「なんだか……今のシオリ見たらどうでもいいことだったと思ったから大丈夫」
とまた笑った。
それから一時間近くが過ぎて。
あたたかい食事が小さなテーブルに所狭しと並んでいる。
恐る恐る箸を伸ばして口に入れると……
「おいしい」
ぱっと目は開いて。
「そう? よかった!」
にっこりと笑ったアカリは、私にもっと食べてと催促する。
不思議だ。
食事って、こんなにおいしかったっけ。
おいしいっていうだけで、まるで見る景色が違くなる。この三日間、私は色のない世界にいたみたいだ。
「じゃあ、今日はおなか一杯食べて、いっぱい寝よう」
「うん」
不思議だ。
アカリは私が眠れていなかったと知っていた。
その日は今まで眠れなかったのが嘘のようにぐっすりと眠れて。
翌朝、アカリは早々に帰り支度をした。
小さな部屋だし廊下も短いけれど、玄関まで見送る。
「ありがとう」
と私が言うと、
「私こそ、ありがとう」
とアカリが言って。更に、
「お陰で元気出た」
とも言った。元気が出たのは、私の方なのに。
「もうすこし頑張ってみる。またダメなときは、来てもいい?」
帰り際、振り返ってアカリは言った。
返事はひとつしか浮かばない。
「当たり前でしょ。そのときは、私がおいしいものを作ってアカリを元気にするわ」