毎日、毎日何度も求められて、奉仕する
お題『擬人化』。
本文は100文字以上、5000文字以内。
【タグ】現代日本、NL、R指定はありません、ハッピーエンド
【ジャンル】恋愛
私はこの人のお気に入りだった。
そう、お気に入りのはずだった。
いつも肌身離さず連れて行かれて、毎日、毎日何度も求められて、奉仕してきた。
それなのに──この行為は裏切りと言ってもいい。
昨日から私のとなりに、見ず知らずの若々しい子が居座っている。
私がこの人のもとへやってきたのは、もう一年以上前のこと。
真っ白だった世界を破って、透明のふたを開けて、横たわっていた私に光をあててくれたのが、この人だった。
この人は私を初めて見て、歓喜をあげて。
「ありがとう! 大事にする!」
そう、言ってくれた。
それから、その言葉通り、私は大事にされてきた。いつもこの人と一緒にいて。いつもこの人の胸の中にいた。
求められれば、いつまでも。
好きなように、身を任せるだけ。
それは、ずっと私だけの役割だった。それなのに──。
思い当たる節はある。
きっと、この人も気づいている。だからだと思ってみても、納得するのは難しい。
伸びる手が触れて、つかまれるのは──昨日から私ではないのだから。
見たくなくても、見えてしまう残酷さに、この人は気づいていないのかしら。拷問もいいところ。
私に代わって若い子を必要とし、こんなにご奉仕させる姿を見せつけるなんて。
もう、私を必要としていないのなら、いっそ捨ててくれればいいのに。
今日も一日が終わる。聞こえてきたのは、どこかさみしくなるような、ゆったりとした音楽。
ああ、今日もこの人とのお別れの時間が迫っているのね。
──そう思っていたら。
ふと触れた指。やわらかくて、あたたかくて。いつも、いつも私が身を任せて包まれていた手のひら。
やだ。やっぱり捨てないで!
思わず拒絶しそうになる。
けれど、その指先、手のひらはやさしく私を包みこんで……。
ああ、また私を求めてくれるときがくるなんて!
でも、歓喜にあふれそうになったのは、束の間。
「ああ、やっぱり……もうだめか」
すっと戻されたのは、胸の中。さっと離れていく愛しい手。──やっぱり、気づかれていたのね。
「捨てないの?」
この声は、この人の同僚の石木さん。あなた、気遣いのできるやさしい人だと思っていたけれど、こんなにも酷なことを言う人だったのね。
「うん。あのさ、この時間でも開いている文房具屋ってないかな?」
「もう十時だからなぁ……さすがにないと思うけど」
「そっか……そうだよな。やっぱ、次の休みまで待つしかないか。取り急ぎ百均で買ったけど、手になじまないんだよね」
え? え? どういうこと?
「妹さんからのプレゼントだっけ? それ」
「うん。県外に嫁いで行ったから、なかなか会えないけど……って。双子だからか、なんだか気になるだけだよ」
「ふ~ん……まぁ、家族からのプレゼントを大事にするのは、賛成しておく」
「今度、付き合えよ」
「どこに?」
「次の休み、偶然同じだろ? だから、その……文房具屋に」
「そのボールペンの替え芯を買いに行くお供をしてと?」
「そう」
まさか! と感極まってしまっていた。
こんなにも、大事にされていたなんて。
数日後、私は愛しいこの人に手術を受けた。
ぐるぐると何ヶ所か外され、バラバラにされ。新しい命を吹き込まれ──私のとなりには、誰もいなくなった。
そうして年月は過ぎていき。
私は、この人の大事な場面でも求められて、とても幸せ。
「よし! 書き終ったぞ。明日、だな」
「石木の姓とさようならと思うと、ちょっとさみしいけどね」
「嫌だ? 渡貫っていう姓」
「漢字をよく間違われそうで」
「止めておく?」
「笑って流せるようになる」
これからは、元石木さんにも、私は求められるのかもしれない。そう思うと、私はなんだかむず痒く感じた。