君は、今も
初めて三題噺に挑戦した作品。
お題は「唇」「岩塩」「黒猫」。
本文は100文字以上、3000文字以内。
【タグ】現代日本、男性主人公、日常 、シリアス、夫婦
【ジャンル】現代
彼女が普段使っていた机の上には、黒猫のティッシュカバーが置いてある。
じっと動かないそれは、触れればふんわりとやわらかく、それが余計に涙腺をゆるませた。
彼女との生活は、予期せずに始まった。
体調を崩した彼女が、会社から近いからという理由で一晩を明かし、
「まだ、いていいよ」
と引き止めて、また一晩続いた。
そうして、気づけば何週間も一緒にいて、
「一緒に暮らそうか」
と誘ったら、頬を赤らめてこくりと頷いた。
「ねぇ、ペッパーミルとソルトミルって憧れない?」
一緒に暮らし始めてしばらくしたころ、彼女がそう言った。
「いいね。買って使おう」
それから何度、粒胡椒と岩塩を買って生活をしてきただろう。
「なんだか、ちょっとオシャレな気がする」
照れて笑うその表情が、とても好きだった。
これからも、ずっとそんな生活が続くと思っていたんだ。
何十年も何十年も。
おじいちゃんとおばあちゃんになっても、君は照れて笑うのかななんて思っていたんだよ。
こんなに突然、終わりがくるなんて思っていなかった。
「君は……俺よりも長生きすると言っていたじゃないか」
触れる唇は、生前のようなやわらかさがなくて。突きつける現実に、ただ、一粒、また一粒と雫が頬から落ちていく。
『あは、ごめ~ん』
どこかから聞こえた気がして、見渡すが、すぐに目の前で横になっていると思い出す。そして、そうか、と思う。
「君は今も、照れ笑いをしているんだね」