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短編集

姫騎士に不正を暴かれたが、立場が逆転したので言いなりにする

作者: 緋色の雨

 フィリア騎士校の理事長室。部屋の主がいない薄暗い部屋のシステムデスクで、俺は鍵の掛かった引き出しにしまわれている書類を漁っていた。

 フィリア騎士校で使用する備品の搬入記録や、取引相手とその額など、様々な内容の書類が纏められている。そんな書類の中から目当ての書類を見つけ出した。


 刹那、背後から空気の揺れる気配を察知してとっさに振り返る。


「気のせい、か?」


 背後には誰もいなかった。だが、いつまでも人が来ないとは限らない。出来るだけ早く証拠を持って戻ろう。そう思って正面に向き直った瞬間、俺は息を呑んだ。


「動かないで。少しでも動けば――斬るわよ」


 直ぐ目の前、銀髪の少女が抜き身の剣を、俺の目前に突きつけていたからだ、


 こいつ……俺の意識を背後に反らして、その隙に正面から忍び寄ってきたのか? まさか、周囲を警戒していた俺を出し抜くなんて……やるじゃねぇか。


「あなた、アルベルトよね。ここで、なにをしているのかしら?」

「答えてやっても良いが、それ以上近付かない方が良い」


 剣を突きつけたまま、俺の手元を覗こうとするクリスティラ公女殿下――クリスティラ・フォン・ローゼンベルクに警告をする。

 その瞬間、クリスティラ公女殿下はピクリと眉をひそめた。


「この状況が分かって言ってるのかしら?」

「ああ、分かってるから言ってるんだ」

「ふざけないで。あなたの実技の成績が優秀なのは知ってるわ。だけどあなたは床に座って、剣に手をかけてすらいない。なにをするにも二手以上遅れる死に体で、どうやって立場を逆転させるつもり?」

「そんなことは言ってねぇ。ただ、それ以上近付くと……」

「近付くと……なんだって言うのよ?」

「スカートの中が見えるぞ?」

「――なっ!?」


 慌てて飛び下がって、真っ赤な顔でスカートの裾を押さえる。その姿は隙だらけで、その気になればどうとでも出来てしまうだろう。

 俺は思わず笑ってしまった。


「あ、あなた、騙したわね!?」

「騙すもなにも、いくらフィリア騎士校のスカートが短くても、床に座ったくらいで下着が見えるはずないだろ」


 馬鹿だなぁと続けようとしたが、その言葉は飲み込んだ。

 真っ赤になったクリスティラ公女殿下に再び剣を突きつけられたからだ。切っ先がちょっぴり俺に刺さってるのはたぶん、手元が狂ったわけじゃないだろう。


「もう一度だけ聞くわよ。ここでなにをしているのかしら?」

「見ての通り、クリスティラ公女殿下の下着を覗いてる」

「……真面目に答えなさい」

「取引の記録を漁ってたんだよ」

「……そう。初めて見たときからただ者じゃないとは思ってたけど、まさかどこかの間諜だったなんてね。信じたくなかったわ」

「なんだ、俺に惚れてたのか?」

「そんな訳ないでしょ、馬鹿言わないで」


 ちょっとした軽口だったのに真顔で否定されてしまった。


「それで、どこの間諜で、なにをするつもりだったのかしら?」

「俺がそれを素直に話すと思ってるのか?」

「まぁ……そうよね。あなたの罪を考えれば、素直に自供しても身の破滅だものね」


 理事長室の主がクリスティラ公女殿下の祖父、ローゼンベルク公爵家の前当主であることを言っているのだろう。

 その部屋に盗みに入ったとなれば、平民であれば死罪になってもおかしくはない。だが、俺が余計にしゃべらなくなるようなことをどうして口にする?


「なにが目的だ?」

「簡単なことよ。アルベルト、今日からあたしの下僕になりなさい。そうすれば、今回の件は不問にしてあげるわ」

「はあ? おまえは自分がなにを言ってるのか分かってるのか?」


 重罪を見逃すのもまた重罪だ。なにを馬鹿なことをと一笑しようとしたが、クリスティラ公女殿下は「あたしは本気よ」と重ねて告げた。


「知ってるでしょうけど、あたしは王族とはいえ王位継承権は低い。自分の力を証明しなければ、将来は邪魔者として消されるか、良くて政略結婚の道具にされるわ」

「へぇ……」


 クリスティラ公女殿下が現実を見据えた上で行動していることを知り、少し彼女の話を聞いてみたくなった俺は続きを促す。


「だから、ね。あたしは優秀なあなたを手駒にしたいと言っているの。あたしが自分の力を証明するためには、優秀な仲間が必要だもの」

「……優秀といっても、俺はお前に見つかったわけだが?」

「あたしがあなたを不審に思ったのは、仲間に引き入れたくて調べていたからよ。そうじゃなければ、あなたの行動に違和感を覚えたりはしなかったでしょうね」

「なるほど、な」


 それを偶然だとは思わない。

 俺は周囲の注目を浴びないように無難に振る舞っていた。にもかかわらず、クリスティラ公女殿下が俺に興味を持ったと言うことは、それ相応の観察力があると言うことだ。


 そのうえで、俺に交換条件を持ちかけて仲間に引き入れようとする考えは嫌いじゃない。色々と詰めが甘いことは否めないが気に入った。


「俺を下僕にしたいと言ったな。断ったらどうするつもりだ?」

「そのときは、全てを公の元に曝け出すわ」

「……ふっ、そうか。なら、この書類も曝け出すんだな?」


 俺はさっき見つけた書類をクリスティラ公女殿下に突きつけた。

 そこに書かれているのは、とある取引の証拠。ぱっと見た程度では分からないはずだが、良く確認すれば不正の痕跡が浮かび上がってくる。


「……こ、これは、まさか! お爺様がこんなことを!?」

「へぇ……指摘されずとも気付いたか」

「当たり前でしょ! こんな……でも、お爺様がこんな、信じられないわ」

「信じられなくとも、事実として書類がここにある。これを身内が暴いて処理するのならともかく、第三者によって明るみに出されたら……公爵家はどうなっちゃうだろうな?」


 俺がニヤニヤと笑って立ち上がり、クリスティラ公女殿下から距離をとって不正の証拠を懐にしまうと、その意味を悟ったクリスティラ公女殿下が悔しげに顔を歪ませた。


 高貴な少女の強気な顔が悔しさに歪む。その様がたまらない。もうちょっと虐めて泣かせてみたくなるが、なにかいけない性癖に目覚めてしまいそうなので自重しよう。


「……なにが望みなの?」

「そうだな。この証拠を明るみに出す予定だったんだが……クリスティラ公女殿下にはさっき慈悲を与えてもらったからな。俺もそれと同じ条件を出してやろう?」

「それって、まさか――」

「クリスティラ公女殿下――いや、クリス。おまえが俺の下僕になると言うのなら……この証拠、俺が上手く処理してやろう」

「そんなの――っ」


 出来るわけないとでも叫びたかったんだろう。だが、出来なければ俺は不正の証拠を使ってクリスティラ公女殿下とその家族を破滅させる。

 それが分かっているから、クリスは悔しさを滲ませた涙目でセリフを飲み込んだ。

 だが、さすがに下僕になるとの言葉は出てこない。


「……そうか、まあ破滅が望みだって言うのなら止めはしない」


 俺は踵を返して、あえてクリスティラ公女殿下に対して隙を見せた。これで短絡的思考に走って襲いかかってくるようなら用はない。

 また、高潔な精神で破滅を選ぶ、もしくは完全に折れて俺の言いなりになるようなら、やはり俺は彼女を必要としない。

 だけど、もしも――


「ま、待ちなさい!」


 クリスティラ公女殿下は震える声で、けれど力強く俺を呼び止める。ゆっくりと振り返ると、彼女は決意をあらわにした紫の瞳で俺を見つめていた。


「……良いわ。取引に応じる。あなたがお爺様を破滅させない限り、あたしは下僕となって、あなたの言いなりになってあげる」


 潔く散るのではなく、全てを諦めたわけでもない。いつか状況をひっくり返すために、面従腹背の精神で俺に恭順しようとしている。

 クリスティラ公女殿下が俺の思惑通りに動いたことに嬉しくなった。


「……取引成立、だな。さっそく、おまえの覚悟を試させてもらう」

「覚悟なら、で、出来ているわ。なにをしたら良いか言いなさい」

「なら、まずは――」




 街にある隠れ家。

 リビングでお茶を飲んでいると、奥の寝室から痴女が飛び出してきた。


「ちょっとアルベルト、この服はなんなのよ!」

「なんだ、痴女かと思ったらクリスか」

「だ、誰が痴女よ!? あなたが用意したんでしょうが!」


 そう言って恥ずかしそうに胸元やスカートの裾を引っ張る。

 クリスが身に付けているのは、肩出しの高いブラウスに、前がかなり短いフィッシュテールスカート。後ろ姿はわりとまともだが、前から見るとそれなりに露出が高い。

 平民としては少し露出が高い程度だが、貴族令嬢としてはありえないレベルだ。


「ちょっと、なにか言うことがあるでしょ!」

「あぁ、そうだったな。よく似合ってるぞ」

「痴女呼ばわりした後に言うセリフじゃないわよ! そうじゃなくて、あたしにこんな格好をさせて、一体どうするつもりだって聞いてるのよ!」

「ふっ、クリスはどうされると思ってるんだ?」

「えっ!? そ、それは……その……」


 クリスが剥き出しの肩まで赤く染めて俯いた。

 こんなことをされて、俺に好意を抱いていると言うことはないだろうから……もしかして、高貴な少女にありがちな、ちょっとした破滅願望でもあるんだろうか?


「なにを考えてるのか知りませんが、アルベルト様はあなたみたいな痴女に興味はありませんから勘違いしないでください」

「だ、誰がビッチよ! というかアルベルト、このイヌミミ少女はなんなのよ!」


 クリスが奥の寝室から遅れて出てきたフィオナをビシッと指差した。


「イヌミミ少女じゃなくてフィオナです。それと、ご主人様のことを呼び捨てにするとは何事ですか。下僕になったことをもう忘れたんですか?」


 フィオナが一喝して、クリスが「うぐっ」とダメージを受ける。愛らしくて明らかに年下なイヌミミ少女に、気の強そうなお姫様が押されている姿はなかなか見ていて面白い。

 だが――


「どっちも違うぞ。俺のことはアルベルトじゃなくて、アルと呼べと言ったんだ」

「ご、ご主人様はそんなにその痴女が気に入ったんですか? フィオナもエッチな服を着たら、ご主人様興奮してくれますか? それなら、いますぐ着替えて――」

「違うから落ち着けっ」


 フィオナのイヌミミを摘まんで動きを止める。


「ご、ご主人様、ミミを摘まむのは反則……です」

「良いから聞け。さっき説明しただろ。クリスにはエッチなお姉さんとして、遊び人な俺に同行してもらう。そのための変装だ」

「でも、それならフィオナでも良いじゃないですか」

「フィオナは別の意味で目立ちすぎるからダメだ」


 イヌミミ族は差別する者も多く、あまり人里にいない。そんなフィオナを連れ回すとそれだけで悪目立ちしてしまう。

 そもそも、幼いフィオナに露出の高い服は似合わない。


「ご主人様、いま、フィオナにあの服は似合わないって思いませんでしたか?」

「そんなことは言ってないぞ」

「でも、思ってましたよね? というか、あの服はご主人様の趣味ですよね?」

「あくまで、変装が目的だ」

「……でも、趣味ですよね?」


 じぃっと上目遣いを向けてくる。

 俺はふっと視線を逸らした。


「フィオナ、今日の予定が早く終わったら、後でモフモフしてやろう」

「大人しく手伝うので早くお仕事終わらせましょう」


 シッポをパタパタと振りつつも一歩下がるフィオナから視線を外してクリスに視線を戻す。


「ええっと……なんの話だったか?」

「その子が何者かって話だったけど、もう解決したわ。このロリコン」

「なんだ、焼き餅か?」

「ち、違うわよ、この馬鹿!」


 少し焦っているようで面白い。その辺りを追求して虐めてやりたくなるが、時間があまりないので話を進めることにする。


「彼女はフィオナ、俺の忠実な部下だ」

「違います、ご主人様のペットです」

「へぇ…………」


 クリスに白い目で見られたが訂正が面倒くさいのでもう良い。


「それより、クリス。フィオナに頼んで髪を上げてもらえ。それだけはしたない恰好をしていたら、万が一にも貴族とは思われないはずだが、顔を知ってる奴がいるかもしれないからな」

「はしたない言うなぁ!」


 まさかの回し蹴りが飛んできた。

 ちょっと驚いたが俺は身をかがめてやり過ごす。


「そのスカートで回し蹴りはやめた方が良いぞ……?」

「ば、馬鹿っ! 見ないでよ!」

「見たんじゃなくて見えたんだ。そんなミニスカート姿で足を顔の高さまで上げたら見えるに決まってるだろ。公女殿下のくせに慎みが足りないぞ?」

「ううううっ」


 クリスは見られたことがショックだったのか、恥ずかしげにスカートの裾を引っ張っていたが、ふと気付いたように眉をひそめる。


「ちょっと待ちなさいよ。顔を知っている奴がいるかもって、どういうこと? あんた、あたしになにをさせるつもりよ?」

「俺と下町でデートだ」

「き、聞いてないわ!」

「いま言ったからな」


 俺が本気だと分かったんだろう。クリスは眉をつり上げて怒り、続いて青ざめさせ――最後になぜか頬を染めた。

 ……なんか、クリスの方が俺より先になにかに目覚めそうな気がするが大丈夫か?


「嬉しそうだな?」

「ばっ、そんなはずないでしょ! というか、こんな格好で外歩くなんて無理よ!」

「なんだ、お爺様と一緒に破滅したいのか?」

「くっ、この卑怯者!」

「その卑怯な取引を最初に持ちかけたのはおまえだけどな」

「~~~っ。分かった、分かったわよ! 下町デートでもなんでもしてあげるわよ!」

「……して、あげる?」

「恥ずかしい格好のあたしを街に連れ出してください! この変態!」


 最後に変態の一言がなければ完璧だった。……いや、それがあるからこそ、無理矢理言わせてる感じがして良いのだろうか?




 そんなこんなで、日が沈んだ頃を見計らい、俺はクリスを連れて下町にある酒場へと繰り出した。気の強そうな美少女に周囲の男の視線は釘付けだ。

 俺はクリスを隣に座らせ、ウェイトレスのお姉ちゃんに軽い食事とエールを注文する。


 ほどなく届いたエールで、俺はクリスと乾杯をする。


「ね、ねぇ、アル」

「なんだ?」

「あたしの格好、やっぱり浮いてるわよね?」

「そんなには浮いてないぞ」

「でも……凄く視線を感じるわ」


 公女殿下であるクリスは欲望にまみれた視線に晒されることはなかったんだろう。少し怯えた様子で、俺に身を寄せてきた。


「周囲を見ろ。おまえほどじゃなくても、露出の多い服を着てる女性はいるだろ? 注目を集めてるのは、おまえが可愛いからだ」

「か、可愛いっ!? ……ばか」


 おぉう、可愛いって言われて照るとか、ホントに可愛いな。

 と思ったのだが、クリスはすぐに我に返ったようで、「……って、そんな言葉でほだされたりしないわよ、この変態」とすぐに眉をつり上げた。残念。


「それより、あたしをこんなところへ連れてきた目的はなによ?」

「あん? クリスの覚悟を試すって言っただろ?」

「それは聞いたわよ。でも、覚悟を試すだけなら、他にもいくらでも方法があるでしょ? それなのに、あたしをここに連れてきた理由を聞いてるの」

「たとえば、あの部屋でおまえを手込めにする、とかか?」

「茶化さないで」


 茶化したつもりはない。

 弱みを握って下僕にした以上、もっと直接的な行為だって迫ることは出来る。クリスだって、そういう行為を求められる覚悟していたはずだ。

 そう思ったのだけど、クリスはまるで俺を出し抜いたかのように笑みを浮かべた。


「あたしだって、それなりに見る目はあるつもりよ。あなたを従わせようとしたのも、あなたに従ったのも、あなたという人間が信じられると思ったからよ」


 俺が信用できない相手なら、他の選択をしていたという意味。どうやら、俺はクリスを過小評価していたらしい。

 だが、ちょっと勝ち誇った顔が腹立たしい。


「俺を信じた、か。つまりクリスは、俺にエッチな格好をさせられることまで織り込み済みだったんだな」

「そ、そんな訳ないでしょ! それは想定外よ!」


 クリスが慌てふためく。よし、勝った。


「っていうか、誤魔化してるでしょ?」

「ん?」

「だ か ら、こんな格好をさせて、あたしをここに連れてきた理由よ。なにか理由があるんでしょ? じゃなきゃ、あなたはこんなコトしないはずよ」


 たしかに理由はあるが、クリスの格好については七割方が俺の趣味だ。具体的に言うと、気の強いクリスを恥ずかしがらせたかった。

 もっとも、それを馬鹿正直に言うつもりもない。


「ここに連れてきた理由は……」


 口にしようとしたとき、店の入り口からローブのフードで顔を隠した男が入ってきた。


「あら、あの男、どこかで――ひゃっ」


 クリスを抱き寄せてセリフを遮るが、少し遅かったようで、男の視線がこちらへと向いた。

 俺はそれに気づかないフリをして、クリスの腰の辺りを撫で回す。


「ちょ、なにする――ひゃんっ。ちょっと、どこを触って――」

「黙れ。俺とイチャついてるフリをして男の意識を外せ」


 耳元に唇を寄せて警告しつつ、ただイチャついているフリをする。最初こそ逃げようとしていたクリスだが、すぐに俺の意図に気付いて身を寄せてきた。

 クリスの甘い香りが漂ってくる。


 そうしてクリスとイチャついているフリをしていると、男は悪態をついて視線を外した。それから、先に来ていた男の向かいの席に腰を下ろした。


「ちょっと、どういうことなの? あの男、何度か見たことがあるわ。たぶんお爺様の使用人の一人だったはずよ」

「ああ、知ってる。あいつとその相手が今回の目的だ。良いか、視線は絶対に向けるな。俺とイチャついてるフリを続けたまま、魔術を使って奴らの会話を拾ってみろ」

「もう、連中の意識はあたし達から外れてるでしょ。これ以上イチャつくフリなんてする必要ないじゃない」

「油断するな。連中も周囲には意識を向けてるはずだ」

「そんなこと言って、ホントはあたしとイチャつきたいだけ――ひゃう。こら、そんなとこ触って……っ! んくっ! こ、この変態! 後で覚えてなさい」


 イチャイチャしているフリをしているが、クリスが耳元で囁いているのは罵声ばっかり。まったくもって色気が足りないが、周囲からのやっかみの視線は増えている。

 酒場で酔ってイチャついているカップル的なカムフラージュは出来ているようだ。


 そんな状況を維持しつつ、俺は魔術を使って連中の会話に耳を傾ける。世間話から始まり、周囲を警戒する会話へとシフトする。


 ちなみに、執事がクリスに疑いを向けていたが、お嬢様があんな痴女みたいな格好をするはずがないから他人の空似的な理由によって警戒対象から外された。


 俺としては思惑通りだが、一緒に会話を聞いていたクリスが羞恥に震えていた。良い仕事をしたな、良いぞ。もっとクリスのことを煽ってやれ。

 なんて思ったけど、俺達の話題はそれで終わってしまった、残念。


 だが、警戒が解けたおかげで、連中は本来の会談を始めた。

 それは――先日俺が握りつぶした不正について。ただし、ローゼンベルク公爵家の前当主の不正に対する糾弾ではなく、前当主に罪を擦り付けている不正の話である。


 実際には執事と取引相手が横領をおこなっているにもかかわらず、書類上では前当主が横領をおこなっているかのように細工をする。

 つまり、クリスの祖父は不正を働いたのではなく、不正を働いている証拠を執事に捏造されており、その事実に気付いていない被害者ということだ。


 それに気付いた瞬間、クリスが立ち上がろうとしたのでぎゅっと抱き寄せる。


「ひゃうんっ。ちょっと、アル!?」

「気持ちは分かるがまだだ。決定的な証拠を掴むまで待て」

「それは分かったけど……っ。んんっ。分かったから、手を、手を離して……っ」


 クリスが恥ずかしげに身をよじる。

 今更なにをと思ったが、クリスを抱き寄せる手に伝わる感触が妙に柔らかい。まさかと思って意識を向けると、俺が掴んでいるのはクリスの腰ではなくて胸だった。

 俺は慌てて手を腰へと落とす。


「悪かった」

「……い、良いけど、気を付けてよね。ほ、ホントに恥ずかしいんだから」

「おう……」


 って、なにを照れてるんだ。これじゃまるで、イチャついてるみたいじゃないか。いや、イチャついてるフリはしてるんだけど、ホントにイチャついてるみたいな。

 いや、違う。それよりも不正やりとりの証拠だ。

 連中に意識を戻すと、契約書にサインをしているところだった、


 俺は客として紛れ込ませていた部下に合図を送って立ち上がり――いままさに不正の証拠にサインをした執事を取り押さえた。

 続けて、俺の部下が取引相手の商人を取り押さえる。


「な、なんだおまえ達は!」


 突然のことに、取引相手の男が目を白黒させる。


「騎士団の監査部だ。余計な怪我をしたくなければ大人しくしろ」

「なっ! 騎士団の監査、だと? おい、どういうことだ! 騎士団の目はこちらに向かないように牽制してあったんじゃないのか!?」

「わ、私は知らない。全ては旦那様のご命令に従ったまでです!」


 いきなり前当主の理事長に罪を着せに走る執事。潔いまでのクズっぷりだが、こちらがそれに騙されてやる義理はない。


「おまえが公爵に罪を着せようとしたことは分かっている。それに……ほら、ここに証拠があるじゃないか」


 俺は先ほど執事がサインした横領の証拠を取り上げる。そこには、執事と取引相手の男こそが不正を働いていた証拠が残っていた。




 その後、二人を部下に連行させて、いまは二人の家の家宅捜査をさせている。数多くの疑惑があったので、おそらくは他の悪事の証拠も見つかるだろう。


 とまぁそんなわけで隠れ家に戻ってきたのだが、クリスがさっきから一言も口を利かない。


「どうした?」

「あなた、騎士団の監査部って、言ったわよね?」

「あぁ……まぁな」

「じゃあ、学生は仮の姿なの?」

「いや、学生なのは本当だ。ただ、色々あって監査機関に協力してる」

「協力、ねぇ」


 部下がいる時点で、ただ協力をしているだけではないと思っているんだろう。その辺りは複雑な事情があるのだが、その事情を説明するつもりはないと無言を貫く。


「まぁ、良いわ。それより、あたし持ちかけた取引だけど……」

「祖父のことを心配しているのなら大丈夫だぞ? 孫娘であるおまえが自ら執事の不正を暴いた以上、理事長へ疑惑が向くことはないはずだ。証拠も見つかったしな」

「……分かってるわよ、そんなこと」


 なぜか、なおさら不満気な顔になる。


「じゃあなんだ……あぁ、下僕の話か? おまえは晴れて自由の身だ。クリス――いや、クリスティラ公女殿下の祖父は無実だったのに、脅したりして悪かったな」

「そうじゃない。そうじゃない、でしょ……っ!」


 クリスが掴みかかってくる。

 俺はそれに抵抗せずにされるがままになる。


「つまり、色々と辱められたことが許せないって訳か?」

「それは……たしかに怒ってたけど、もう怒ってないわよ。というか、あなたがあたしを同行させた理由を考えたら、怒れるはずないじゃない!」

「怒れるはずがないと言いつつ、思いっきり怒ってる気がするんだが……」

「うるさい!」


 やっぱり怒ってる気がする。なんて、ここまで来れば、クリスがどうして怒っているかはなんとなく想像がつく。

 だけど、だからこそ、俺はその理由が分からないフリをしたのだが……


「あたしをあの場所に連れて行ったのは、あたしが問題解決に協力したように見せることで、ローゼンベルク公爵家の名誉を護るため、だったんでしょ?」

「……どうしてそう思うんだ?」

「そもそも理事長室に忍び込んだとき、偶然あたしが見つけたなんて出来すぎているわ。それに、あたしを連れて行かなければ、あんな変装をさせる必要もなかったわよね。アルはあたしのために、無茶を通したんじゃないの?」


 おおよそはバレているようだ。

 たしかに、執事と顔見知りであるクリスを連れて行くのは問題だった。だからこそ、髪形を変えさせて、クリスが絶対着ないような服を着せた。

 だが――


「理事長室で見つかったのは本当に偶然だ」

「そう、なの? でも、理事長室で見つかったのは――ってことは、あたしを立ち会わせたのは意図的なのよね? 最初から、お爺様のためにあたしを同行させたんでしょ?」

「それもちょっと違うな。ハメられていたとはいえ、理事長が不正に気付かなかったのは事実だ。だから、名誉に傷がつくくらいは仕方ないと思ってた」

「……じゃあ、どうして?」

「さぁ、なんでだろうな?」


 俺は逆に問い返して、クリスをジッと見つめた。

 その意味に気付いたかのように、クリスが頬を染める。


「まさか、あたしのため?」

「ちょっとした気まぐれだ」

「気まぐれ? ホントにただの気まぐれなの?」


 なにを言わせたい――とは聞くまでもない。

 っていうか、なんで頬を染めてるんだよ、ちょっと可愛いじゃねぇか。ちょっと手放すのは惜しい気がするが、あれこれ理由を付けて振り回したのはクリスのためだったから。

 その理由がなくなった以上、公女殿下を振り回すわけにはいかない。


「それより、これで俺が理事長室に忍び込んでいた罪は消えたし、俺がクリスを脅す原因もなくなった。今後は関わらないから、俺の正体についても黙っててくれないか?」


 この関係を終わらすための提案をする。


「……嫌よ」

「え、嫌?」

「一度取引をした以上、問題が解決したって取引は有効よ。それに、アルはこれからも監査の仕事を続けるんでしょ?」

「いや、俺は監査の仕事を専門にしてるわけじゃないんだが……」

「それでも、なんらかの仕事はするんでしょ?」

「まぁ、な」

「だったら、あたしが手伝うわ。というか、助けてもらっておいて、恩も返さないで知らんぷりなんて出来るはずないもの」

「……つまり?」


 なにを言っているのかなんとなく想像は出来るが、なぜそんな話になるのか分からなくて確認する。クリスはそんな俺を恨めしげに睨みつけてくる。


「そこまであたしに言わせるつもり?」

「……いや、真面目に聞いてるんだが」

「~~~っ。こ、これからも、アルの言いなりになって上げるって言ってるのよ!」

「……惚れたのか?」

「ほ、惚れてないわよ。…………まだ」

「ん?」

「惚れてないわよ、馬鹿! って言ったのよ!」


 なんだか良く分からないが……ペットに続いて下僕が増えた。

 

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