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ほたる亭のあやかしごはん~天狗の町で過ごす夏休み~  作者: 栗栖ひよ子
五ノ膳 夏祭りの屋台と天狗の町
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(9)

 その後、天狗さまに送られて夏祭り会場まで戻った私は、にやにや顏のみんなに出迎えられた。

 私が口を割らないものだから、みんなが天狗さまを取り囲んで質問攻めにしていた。彼の恰好が変化したことについて誰も何も言わないので、やっぱりみんな正体に気付いていたのだろう。

 ミヅキもミモリも、以前会ったときには遠慮がちだったのに、今は彼に対してだいぶ気安そうだ。

 ひとりぼっちだと言っていた天狗さまの周りが、これからはたくさんのあやかしや神さまたちであふれるといいな。


 材料がなくなってしまったので打ち上げは後日ということにして、準備が終わったら家に帰った。お母さんが、


「どうせ何も食べてないだろうから」


 と夕飯を用意してくれていた。

 夏野菜カレーにタラモサラダ、トマトとベーコン、レタスを入れたBLTスープ。おしゃれなメニューはどれもお母さんの得意料理で、私の好物だった。


「もしかして、打ち上げのかわりに私の好物を用意してくれたの?」


 カレースプーンを口に運びながら、お母さんに尋ねる。

 久しぶりの夏野菜カレーは、トマトの酸味が辛さを引きたてて、疲れていてもどんどん食べられた。素揚げしたナスやパプリカの甘味が口休めになってちょうどいい。

 ポテトに明太子が入ったタラモサラダはピリ辛だし、BLTスープはさっぱりしているし、食欲がなくても食べられるものばかりだ。


「まあね、疲れているかと思って。二日間、頑張ったわね」


 お母さんも、ちゃぶ台の向かいでカレーを黙々と食べている。

 今まで気付かなかっただけで、毎日の献立のチョイスにも、お母さんの愛情が隠れていたのかもしれない。だって私も、みんなに料理を作るときには、喜んで欲しくて一生懸命考えていた。


「お母さん、毎日料理を作ってくれて、ありがとう。大好き」


 手を止めてそう言うと、お母さんはびっくりした顔で私を見たあと、再びぱくぱくとカレーを食べ始めた。さっきよりも早いペースで。


「急に何言ってるのよ、もう。家族のためにごはんを作るのは当たり前でしょ」


 もごもごとそう言うお母さんが、本当は喜んでくれてるんだってこと、ちゃんとわかってる。

 障子から頭だけ出して、ほたるちゃんがこちらをじーっと見ている。あまりにもうらやましそうな顔をしているので、今日は特別にカレーもお供えしてあげようと思う。


「お母さん、私、決めたよ。二学期からまた、もとの学校に通うことにする」

「そう――。ちゃんと夏芽自身で決めたのね」

「うん」

「頑張りなさい。夏芽ならできると思ってる」


 お母さんの口調も瞳も、今までのような心配な子どもを見るものじゃなかった。ひとりの人間として信頼してくれているんだ。


「明日、おばあちゃんのお見舞いに行くね。夏祭りが成功したことと、もういっこの夢も報告したいから」

「もういっこの夢って?」

「それは先におばあちゃんに話したいから、まだ秘密!」

「もう。お母さんは二番目なのね」


 ごめんねお母さん、と心の中で謝る。最初に天狗さまに打ち明けてしまったから、本当は三番目なんだ。


 翌日。送り盆をする前に、私はお母さんと病院に向かった。

 何日も点滴につながれているおばあちゃんの顔は、頬が痩せたように思う。

 このまま何も食べられないなんて、嫌だ。もっとたくさんの料理を覚えるから、もっとおいしいものを作れるようになるから、それをおばあちゃんに食べて欲しい。


「おばあちゃん」


 お母さんが気を遣って花瓶の水を替えに行ったので、ベッドの脇にあるスツールに座る。


「夏祭りの屋台、成功したよ。二日ともお客さんがいっぱいで……二日目は完売したんだよ。ソウセキやみんなも、すごく頑張ってくれたの。優しい言葉をかけてくれたお客さんも、いたんだよ……」


 おばあちゃんの手を握ってみる。いつものあたたかい手とは違って、ひんやりしていた。


「それでね、私、二学期からもう一度、もとの学校に行ってみる。今までは周りと自分を比べて無理していたけど、これからは自分らしく学校生活を送ってみようと思って。今なら、それができると思うんだ」


 ごしごしと、自分の手でおばあちゃんの手をこすって、あたためようとしてみる。それでも、おばあちゃんは目を開けてくれない。返事をしてくれない。


「夏休みが終わったらこの町から離れてしまうけれど、私ね、ほたる亭を継ぎたいんだ。高校を卒業したら調理師免許を取って……。そしてまた、おばあちゃんとお店をやりたいの。だから……」


 だんだんと、涙まじりの声になってしまう。泣いちゃダメなのに。成長した自分を見せなきゃ、おばあちゃんには届かないのに。


「だから、目を覚ましてよ……! もっといろんなことを教わりたいよ。もっと成長したところも見て欲しいよ。私も頑張るから、おばあちゃんにも頑張って生きて欲しいよ……!」


 おばあちゃんの手にすがりついて、ほとんど叫ぶように懇願してしまった。ああ、こんなはずじゃなかったのに。

 ごしごしと涙を乱暴にぬぐっていると、おばあちゃんのまぶたがぴくりと動いた。


「お、おばあちゃん……?」


 ちょうど戻ってきたお母さんが、びっくりして花瓶を落としそうになっていた。


「おばあちゃん! 夏芽だよ!」

「目を開けて、お母さんっ……!」


 お母さんも、花瓶を置いておばあちゃんの手を握る。

 はらはらしながらふたりで見守っていると、おばあちゃんがゆっくりと目を開けた。


「お、お、おばあちゃんっ……」


 まだぼんやりとした視線が私たちをとらえると、きょとんとした表情になった。


「なん、で……。あら、声、が……」


 無理やりしゃべろうとしたおばあちゃんが咳き込む。あわてて、お母さんが看護師さんを呼びに行った。

 呼吸器を外してもらって、脱脂綿に含ませた水を飲ませてもらって、おばあちゃんは少し落ち着いたみたいだった。


「おばあちゃん、町内会長さんの家に行ったあと急に倒れたんだよ」

「数日間、意識不明だったのよ」


 そんなふうに説明すると、おばあちゃんはとてもびっくりしていた。


「夏芽、ちゃん。夏祭りは……」

「うん。ちゃんと成功させたよ。みんなが手伝ってくれたんだよ」

「がんばった、わねえ」


 まだ力が入らないのに、私を撫でようと一生懸命手を伸ばしてくれるおばあちゃん。


「おばあちゃん、ありがとう。大好き」


 泣きそうなのをこらえながらそう言うと、


「おばあちゃんもだよ」


 いつもの優しい笑顔で、おばあちゃんは答えてくれた。



 お医者さんからの説明によると、体調にまったく問題はないそうだ。ただ、数日間点滴だけの生活で寝たきりだったので、身体が自由になるにはもう少し入院しないといけないと。

 それから夏休みが終わるまでの間、お母さんとふたりでおばあちゃんの退院準備をした。

 ほたる亭に『しばらく休業します』の張り紙をしたり、おばあちゃんの部屋にベッドを入れたり。お風呂に暖房と手すりも取りつけてもらった。

 おばあちゃんは「そこまで年寄り扱いしなくても」と言っていたのだが、「できることはやっておかないと心配だから」とお母さんが訴えると、しぶしぶ了承してくれた。

 私がちょくちょくほたる亭のほうで料理をしていることに関して、お母さんは何も言わなかった。


「もしかして、夏芽に吾輩たちが見えることに、気付いているんじゃニャいか?」


 ソウセキが、お母さんについて鋭い分析をしてくる。私もそれは同じように感じていたことだった。


「そうかも。私が小さい頃見えていたことも、知っているはずだし。お母さんは目に見えないものを信じるタイプじゃないけれど、私が見えているものを否定もしないと思う」


 見ているものが違っても、お互いを尊重していれば、それは同じ景色を見ていることになるんじゃないのかな。私の目に映るこの町も、みんなの目に映るこの町も、おなじようにあたたかくて優しいと、そう感じるから。


「そうか。いいお母さんじゃな」


 ヒノが褒めてくれるから、私も嬉しくなってしまう。


「うん」


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