(3)
「でもそうすると、私がみんなと出会ったのも、たまたまじゃなかったの?」
「吾輩が倒れているところに出会ったのは、偶然ニャン」
「うむ、わしのときも同じじゃ。会ってみて夏芽だとわかった。カガミもそうだと言っていた」
「夏芽に助けてもらって、吾輩も夏芽を助けたいと思ったニャン……」
「わしらもじゃ。神さまだから皐月さんの願いを叶えたかったわけじゃなく、夏芽だから立ち直って欲しかったんじゃ」
「ソウセキ、ヒノ……」
ふたりの言葉に、胸とまぶたがじんわり熱くなる。でもふと、“あること”が記憶に引っかかった。
「じゃあ、ソウセキがいったん成仏したのに戻ってきたのって、もしかして」
「たぶん、夏芽のことが気がかりだったからニャン。もちろん、おいしいごはんが忘れられなかったのも嘘じゃないニャン」
そのあとも、気が付くとソウセキはいつも近くにいてくれた。私が心細いとき、困ったとき、さりげなく一緒に行動してくれた。
「偽物の加護を渡すのは吾輩がとっさにやったことニャン。でも、これはいい方法だと思って、カガミやヒノに出会ったときに協力してくれるよう話したニャン。座敷童に会ったことはないけど、吾輩たちの話を聞いていたみたいニャン」
「うむ。ソウセキが発足人で、まとめ役じゃった。連絡役は、河童の人海戦術を使えるカガミか、長距離移動できるわしがやっていた」
そうめんをごちそうしたとき、三人がやけに意気投合していたと思ったけれど、以前から繋がりがあったからだったのか。
「ふたりとも……」
一度にいろんな事実が明らかになって、頭が追い付かなかった。でもはっきりわかるのは、おばあちゃんもみんなも、私のために動いてくれていたこと。そこには深くて大きな愛情があるということ。
そして私もおばあちゃんとみんなのことが、大好きだということ。
「ここまで聞いても、わからんか? 夏芽」
ヒノが孫を見るような優しい眼差しで私と向き合う。
「えっと、何が?」
まだ何か理解できていないことがあるのだろうかと、困惑してしまう。
「ごめん、わからない……」
弱々しくふたりに告げたのだが、ソウセキは私の手の上にふわふわの前脚を重ねた。
「夏芽が今までやってきたことは、加護の力じゃなかったニャン。全部夏芽が自分で勇気を出して、成長した結果ニャン」
「あ……」
委員長に電話をしたときも、お母さんと話をしたときも。私は加護のおかげでうまくいったと思っていたけれど、実際には何の力もなかったわけで。
それはつまり、ぜんぶ私の行動の結果だったわけで。
「私……」
私は自分で、大嫌いだった自分を変えられたの?
「夏芽は何も変わってなくなんかないニャン。吾輩が保証するニャン」
「わしも保証するよ。何もできないなんてことはない。夏芽にできることはたくさんある」
さっきまでの不安な気持ちが、あたたかな自信に変わってくる。涙といっしょに、勇気と力がわいてくる。
「ソウセキ、ヒノ、ありがとう」
ふたりに感謝を伝えた瞬間、
「夏芽、ご両親が病室に向かってるぞ!」
かがちゃんが、息を切らせながら呼びに来た。
「吾輩たちより先に、伝える相手がいるニャン」
「うん!」
三人を引き連れて、病室までばたばたと引き返す。
「夏芽!」
そこには、今着いたばかりという表情で、お父さんとお母さんが立っていた。
「どこに行っていたんだ?」
「着いたらいないから心配したわよ」
お母さんが、私よりも泣き出しそうな顔で抱きしめてくる。そうだった、お母さんはおばあちゃんの前では“娘”なのだから、不安で当たり前だ。
大人だって、動揺しないわけじゃない。子どもの前では我慢しているだけで、お母さんだって私と同じくらい不安で怖いはず。
「ごめんなさい、トイレに行っていて」
お母さんの背中を支えるように腕を回したら、お父さんがはっとした顔になった。
「なんだか、夏芽が少し見ない間に大きくなった気がするよ」
「私も、夏芽の顔つきが変わったような気がする」
「そうかな?」
お父さんとお母さんが、まぶしそうな顔で私を見ている。
「お父さん、鞄こっちに置きなよ。貸して」
「ああ、ありがとう」
鞄を受け取りながらお父さんの手を握ったけれど、夏なのに体温が低くて、見た目は普通にしているけれど実は一家の長として緊張していることがわかった。たぶん今までだったら『おばあちゃんが倒れたのに、お父さんはなんで平気そうなんだろう』とふてくされるばかりで、気付けなかったこと。
「箸本さん、先生がご説明を……」
看護師さんが、病室の入り口まで呼びに来た。お父さんとお母さんに説明を聞いてもらい、私はおばあちゃんのそばについていることにする。
「おばあちゃん」
丸いスツールをベットの脇に寄せて座り、おばあちゃんの手を握る。
「私、もう逃げないよ。自分にやれること、頑張ってみる。もっとたくさん、おばあちゃんが安心できるくらい、変わりたいから」
呼吸器をつけたおばあちゃんの口からは、シューシューという空気の音がするだけで、いつもの優しい声は聞こえてこない。
私の声も、心電図の音にかき消されてしまいそうだ。おばあちゃんにちゃんと届くように、耳元に口を近付ける。
「でも、おばあちゃんのことも諦めないよ。私がひとりでちゃんとできたら、目を覚ましてくれるかな」
おばあちゃんの目じりが少し下がった気がしたけれど、気のせいだったかもしれない。その日おばあちゃんが目を開けることはなかった。
戻ってきたお父さんとお母さんから聞いた説明によると、おばあちゃんは心筋梗塞に近い状態だったらしい。今のところは命に別状はないけれど、歳で心臓も弱っていることから、回復するのかこのまま衰弱してしまうのかはわからないと。このまま目を覚まさなければ点滴でしか栄養が取れないので、後者の可能性が高いらしい。
「夏芽、おばあちゃんも入院になってしまったし、家に戻りましょう」
だいたい予想していたお母さんの言葉に、私は首を横に振った。
「そのほうがお母さんが安心するのはわかってるんだけど、ごめんなさい。まだほたる亭としてやることが残っているの」
「やることって……?」
「夏祭りの出店を頼まれていたの。おばあちゃんとふたりでやるつもりだったけど、私ひとりでやってみるよ」
そう告げると、やっぱりお母さんは「とんでもない」というような驚いた顔をした。
「そんなの、事情を話して変えてもらえばいいでしょう」
「もともと出店するはずだったカフェがダメになっちゃって、他に出せるお店がないんだって。町内会長さんにおばあちゃんが頼まれたの」
「だからと言って、ひとりでなんて無理よ」
確かに、本当にひとりなら無理なんだけど、私が勝手に期待している小さなお手伝いさんが五人ほどいる。
「えっと、何人か手伝ってくれるアテがあって……。だから大丈夫だと思う」
「でも」
お父さんが、お母さんの肩に手を置く。
「やらせてみたらいいじゃないか。夏芽がこんなふうに、何かをやりたいって頼んでくるの、初めてじゃないか?」
「確かに、そうだけど。でも、残るとしたらあの広い家でひとりになるのよ」
「大丈夫だよ、もう高校生なんだから。夏芽は、大丈夫なんだろ?」
「うん」
ほたるちゃんもいるから、厳密にはひとりではないんだけど。今ここでそれを言っても、安心させるどころか無理やり連れ戻されそうだから黙っている。
「――わかったわ」
お母さんが、ふーっと重たくて長い息を吐きながら、腰に手を当てた。
「何かあったらすぐ電話すること。夏祭りも、無理だと思った段階で町内会長さんに相談すること。これだけは守ってちょうだい」
「うん、わかった」
ふたりの表情から、とても心配してくれていることがわかる。だけどそれよりも私の意思を尊重してくれたんだ。まだまだ子どもだけど、初めて両親に一人前の人間として認めてもらった気がした。
「ちょっと、押さないでよっ」
「だって、見えないんだな」
「どうせ夏芽の両親にはオイラたちの姿は見えないんだから、こそこそしないで堂々と見ていればいいんじゃないのか?」
「あ、そっか。そうよね」
病室の外からこっそりこちらをうかがっていたみんなに、こそっとピースサインを送った。




