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ほたる亭のあやかしごはん~天狗の町で過ごす夏休み~  作者: 栗栖ひよ子
一ノ膳 猫又と食べられないキャットフード
3/37

(3)

「おばあちゃん、おばあちゃん!」


 心細くなって、大声を出しながらお店に戻る。


「どうしたの、夏芽ちゃん。おばけでも見たような顔をして」


 その言葉は今は冗談にならないからやめてよ、と言いたかったのに言葉にならない。かわりに口をついて出たのは、疑問の言葉。


「お、おばあちゃん。私が小さいころ、着物姿でおかっぱ頭の女の子と遊んでいなかった?」

「ああ、そうだったねえ。ずいぶん毎日のように遊んでいたみたいだけれど」


 おばあちゃんは、あっさりうなずく。


「そ、その子がね、さっき、家の中に……」

「えっ?」


 震える声で説明するとおばあちゃんの顔色が変わり、「ああやっぱり、幽霊……」と思った瞬間だった。


「夏芽ちゃん、また見えるようになったんだねえ!」


 おばあちゃんの顔がぱあっと笑顔になる。


「え、え? 幽霊を?」

「違うよ。あの子はね、代々この家を守ってくれている座敷童なんだよ」


 今、なんて言った? 幽霊よりも信じがたい単語が、おばあちゃんから飛び出した気がしたんだけど。


「ざしき……わらし?」

「そう。座敷童だよ。夏芽ちゃん、昔は見えていたのに、引っ越してからは見えなくなっちゃったみたいでね。そうかい、きっと夏芽ちゃんが来たから、あの子も見に来たんだろうねえ」


 私の困惑をよそに、おばあちゃんはほがらかな表情で「うんうん」と納得している。

 座敷童。私の小さいころの遊び友だちが、人間じゃなかったなんて――。

 はっと、仏壇に供えてあったお赤飯のことを思い出す。


「お、おばあちゃん。もしかして仏壇にお赤飯がふたつ、お供えしてあったのって」

「ああ、そうそう。おじいちゃんと座敷童のぶんだよ。あの子たちは小豆飯が好きだって、何かの本で読んだことがあってねえ。きっちりひとつだけ空にしていく、優しい子なんだよ」


 ほくほくした顔で、おばあちゃんが嬉しそうに話す。おじいちゃんのぶんを残してくれる座敷童は確かに、マナーができていると言えるのかもしれないけれど……。

 ちらりと入り口のテーブルに目をやると、さっき置いたばかりの冷やし中華の中身がきれいになくなっていた。まるでガラスの器を直接なめたみたいに、タレまできれいさっぱり。

 ――これの意味にも、気付いてしまったかもしれない。


「じゃ、じゃあもしかして、この冷やし中華も」

「よく気付いたねえ。実は、あやかしや神さまのために置いてあるんだよ。狐だったり、狸だったり。今でもこの食堂に来てくれているみたいでねえ。置いておくといつの間にか消えているから、きっと食べてくれているんだろうね」


 お狐さまが冷やし中華の器をぺろぺろなめているところを想像して、ふっと気が遠くなる。


「う、嘘ぉ……」


 力が抜けて、お店の床にぺたんと座り込んでしまった。



 倒れた私をおばあちゃんが起こしてくれて、ひやしあめを作ってくれる。「甘いものをとると元気が出るよ」と言って。テーブルについてとろりと甘いひやしあめを飲みながら、おばあちゃんの話に耳を傾ける。

 おばあちゃんの説明によると、私は子どものころ、あやかしや神さま――ふしぎなものが見えていたそうだ。


「まだ小さくて、本物の人間や動物と区別がついていないみたいだったから、余計なことを言って怖がらせちゃまずいと思って黙っていたんだよ」


 申し訳なさそうに言いながら、おばあちゃんは自分のぶんのひやしあめをマドラーでかきまぜている。おばあちゃんは、すりおろした生姜をたっぷり入れるのが好きだから、すぐ底にたまってしまう。


「あの座敷童……って、家族みんな見えていたの?」

「いや、お父さんやお母さん、おじいちゃんもまったく見えていないみたいだったねえ」

「おばあちゃんは?」


 尋ねると、おばあちゃんはちょっと寂しそうに微笑んだ。

 おばあちゃんも、昔はあやかしや神さまが見えていたらしい。ひいおばあちゃんが経営していた『ほたる亭』を手伝いながら、訪れるあやかしや神さまに、こっそりごはんをあげていたそうだ。

 自分だけが見える、ひみつのお友達。おばあちゃんはみんなを大事にしていて、あやかしや神さまも、お礼に山で採れたものを持ってきてくれていた。山菜とか、アケビとか。

 でも、それも結婚したくらいから徐々に見えなくなってしまったそうだ。


「どうして見えなくなっちゃったの?」

「きっと、好きな人ができたからだろうねえ。あやかしや神さまより大事なものができてしまったから、もうおばあちゃんに見える力は必要なくなったんだろうね」


 でも最近は、気配だけ感じるようになってきたらしい。

 どうして? とは訊けなかった。きっとおじいちゃんが亡くなってしまったから……大好きな人がこの世からいなくなってしまったからだ。


「夏芽ちゃんがまた見えるようになったのも、きっと何か理由があるんだろうね」


 目線を下に落として、おばあちゃんがしみじみとつぶやく。


「理由……」


 一度見えなくなっていたのに、どうしてまた見えるようになったのか。

 もしかして引きこもっていたせいで、人間よりあやかしに近くなってしまったのかな……。ずっと世界や自分を、呪っていたせいなのかもしれない。

 よっぽど不安そうな顔をしていたのか、おばあちゃんは子どものころみたいに私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。


「大丈夫、心配いらないよ。きっと今の夏芽ちゃんに必要だから見えているんだろうねえ。悪い子たちじゃないんだから、久しぶりに遊んでもらうくらいの気持ちでいればいいんだよ」


 もう遊んでもらうような歳じゃないのに、おばあちゃんの中では私はずっと子どもなんだろうな。

 ずっとすきま風が吹いていた心が、おばあちゃんの手のぬくもりで、ほっこりあたたかくなったような気がした。




 おばあちゃんの話を聞いて混乱してしまったが、ひやしあめが飲み終わるころにはだんだん気持ちも落ち着いてきた。

 小さいころは見えていたんだし、それで怖い思いをしたという記憶もない。だったら必要以上に警戒する必要もないし、おばあちゃんの言うように『悪い子たちじゃない』んだろう。


「夏芽ちゃん、長旅で疲れているところ悪いけれど、ひとつお手伝いを頼んでもいいかい? おばあちゃん、夜の仕出しの仕込みをしなきゃならなくてねえ」


 おじいちゃんが亡くなってから、おばあちゃんは『ほたる亭』の経営を縮小し、昼の営業と、夜は宴会用に使われる仕出し弁当の注文を受けるだけになった。

 日本酒をちびちび飲みながらおでんをつまむおじさんや、仕事の愚痴をこぼしにくるビール好きのお兄さん。おつまみを運びながら、そんな人たちの話を聞いてあげるおばあちゃんの姿が好きだったんだけれど、年々身体が不自由になってきたおばあちゃんを思えば仕方のないことだった。


「うん、大丈夫だよ。何をすればいいの?」

「裏の川できゅうりを冷やしているから、残っているなら網ごと回収してもらってきてもいいかい? さっき冷やし中華できゅうりを使い切ってしまったからねえ」

「えっ、川できゅうり……?」


 裏の川は山からの湧水が流れてついているらしく、飲んでも問題ないくらいきれいではあるのだけど、どう考えても冷蔵庫で冷やしたほうが早い。


「もしかしてそれも何か意味があるの……?」


 おそるおそる尋ねてみたのだが、おばあちゃんは「行けばわかるよ」としか教えてくれなかった。不安だ。


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