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夕涼み重陽会

ひとりぼっちの携帯電話

作者: 九JACK

 ぱしゃぱしゃ。しんせきのおうちにおしょーがつやおぼんやすみにあそびにいったりすると、よくおじちゃんがしゃしんをとってくれたんだ。ええとね、かぞくみんながうつった、しゅーごーしゃしん。

 そのときぴかぴかってするのといっしょにきこえてくるぱしゃぱしゃっておとが、ぼくはだいすきだった。

 しゃしんはかめらでとるものなんだって、おじちゃんはおしえてくれたけど、おかーさんが「今時カメラで撮る写真なんて古いわよ」といっていて、ぼくはすこしざんねんだったきおくがある。ぼく、おじちゃんのしゃしんすきだから。

 おかーさんはじまんげににほんのさいせんたんぎのーだーって、けいたいでんわでぱしゃぱしゃやってた。おかーさんがかめらをふるいといったのはざんねんだったけど、ぼくはそのとき、かめらがすきなんじゃなくて、かめらのぱしゃぱしゃっておとがすきなんだってきづいた。だから、かめらじゃないけど、かめらきのー? っていうのをつかってぱしゃぱしゃしゃしんをとるおとはすきだった。

 ただ、やっぱりしゃしんそのものは、かめらでとったほうがすき。


 あれからぼくは学校に入ってしらべたんだけど、カメラだって、日本のさいせんたんぎのーだった。なんだっけ、今じゃ、オートフォーカスとか当たり前なんだぞ。けいたいでんわより、カメラの方がオートフォーカスは早かったんだからね。

 しかるようにお母さんに言うと、お母さんはこりゃまいったとわらって、ぼくにけいひんをくれた。プレゼントとも言う。

 それはけいたいでんわだった。二つおりのいっぱんてきなけいたいでんわだ。お母さんが前にもってたのといっしょ。今じゃ、小学生でももってて当たり前だからって、かってくれたんだ。ぼくはうれしかった。もうオートフォーカスがどうとかどうでもよくなって、むちゅーでカメラきのーをつかってた。

 青い空にうかぶ白いくも。ふよふよしていてかわいいとおもったからとった。なんとなくとったそれを見て、お母さんはこれはまいったまいったとまた言った。

 なんでだろう? とお母さんを見上げると、お母さんはぼくのあたまをやさしくやさしくなでた。それからこう言った。「お前には写真を撮る才能があるね」と。さいのーってなんだろう? とおもったけど、そのあとにお母さんが「叔父ちゃんの遺伝子だね」と言っていたので、とてもうれしくなった。いでんしとかむずかしいことはまだぼくにはわからないけど、たしか、血のつながりとかそういうのがぜんめんにおしでているっていうの? そんなかんじの言葉だったはずだから、悪い気はしなかった。ぼくは写真も好きだけど、写真をとるおじちゃんも好きだったんだ。にてるって言われて、うれしくないはずがない。


 叔父さんは、おじいちゃんとおばあちゃんを残して死んだ。年上の母さんのことも置いてきぼりで死んだ。

 叔父さんはがんという病気になったらしい。所帯を持つこともなく、おじいちゃんとおばあちゃんの世話をしていた叔父さんは、全然自分のことなんか気にしてなくて、侵攻の早いがんにかかったのを勝手に一人で知って、一人で諦めて、一人で死んでしまった。

 死ぬのがわかっていたみたいで、叔父さんは遺書をちゃんと残していた。そんなの残さずに生きて、またみんなの集合写真を撮ってくれれば、僕はそれでよかったのに、叔父さんは僕にカメラなんか残して、死んでしまった。古い型の見慣れたデジカメから、比較的最新のデジカメまで、三台ほど。叔父さんに僕の写真を見せた覚えはないけれど、叔父さんはなんとなく、僕が写真を好きなことを知っていたのだろうと思う。何故とは言わない。僕は写真を撮る叔父さんの手元をじいっとよく見つめていたから、たいそうわかりやすかったことだろう。

 叔父さんがカメラをくれたのは嬉しい。でも、僕はそのカメラを絶対に使ってやるもんか、と机の引き出しの奥の奥に大事に仕舞った。

 親より先に死ぬ人間を、世間は親不孝者という。僕は、親不孝者のカメラなんか、使いたくなかった。

 僕を置いていった叔父さんなんか。

 ──!(文字は滲んでいて読めない)


 三日坊主という言葉はよく聞くけれど、俺はその表現では足りないくらいに筆不精だ。日記を読み返して思った。三年坊主と言った方が正しい。

 俺がこの日記を開いて書くのは、正確に三年ではない。けれど、大体三年くらいの間隔で書いている。久しぶりに開いて、そんなことを分析した。

 日本人というのは、本能的か何かは知らないけど、「三」という数字が好きらしい。俺の中にもそういう日本人本能が潜んでいて、三年ごとに日記を開かせているのかもしれない。……なんて、馬鹿なことを考えた。

 ところがどっこい、久しぶりに開いたこれが、実は三年ではなく、六年も経っているのだな。あと四年も経っていれば、俺はこの日記のことなんか、綺麗さっぱり忘れていたのに、なんで今日、開けてしまったかな。まあ、元々そのつもりだったけど、理由を綴っていこうと思う。

 俺はまだ学生である。高校生だ。そろそろ大学受験にするか、高卒の就職にするか悩みたいところなのだが、それどころじゃなくなった。

 何がいけないってね、まあ、ちょっと聞いておくれよ。また酷い話なんだ。

 おじいちゃんとおばあちゃんは存命。母さんももちろん存命。だけどね、生きてるってことが必ずしもいいこととは限らないっていうのを俺は今まさしく実感しているところなんだよ。

 何が起きたか簡潔に言うなら、全員ボケたんだ。

 おじいちゃんもおばあちゃんも母さんもアルツハイマー。酷い話だろう?

 日記に全然書いてないから今書くけど、父さんは俺が物心つく前に離婚したってさ。婿養子だったらしいんだけど、家が厳しいって窮屈に感じて、離婚届にはんこをもらうなり、役場に提出して出てったって。これはこれで酷い話だろ?

 だから他に頼れるところもなくて……叔父さん死んじゃってるし、他の親戚は遠くに住んでるし……高校生になんて重荷背負わせるんだ。三人のアルツハイマーなんて。

 バイトもぎりぎり、先生には色々話したけど、それで俺の負担が減るわけじゃない。幸い、俺はケータイでネットとかやってないし、ケータイの使い道なんて、買ってもらった当初からそんなに変わっていやしない。せいぜい、電話機能を使うようになったくらいだ。

 メールを交わすような友人を作る暇もなく、俺は高校生とアルバイターという二足のわらじを履きこなすこととなった。

 もう限界、もう限界、と思いながら毎日過ごしてる。俺は何回限界を突破したのだろう。

 こうして日記に愚痴を吐き溜めている次第である。

 まあ、ちょっとすっきりしたからこの辺で。


 最近、ヤんなる。

 高校卒業してから仕事仕事仕事の毎日。アルツハイマーのじいさんばあさんお袋を生かすために働く毎日。もちろん、一人では手に負えないので、施設に預けてるわけだが、施設料金も三人分となると大変だ。

 気づけば親戚みんな死んでた。

 ホント、ヤんなる。

 なんで、ボケ三人が生きていて、俺はそれを生かすために働いてんだろう。

 何がヤだって、「早く死ねばいいのに」って思っちまう俺がヤだ。

 ロクに親孝行もできてねぇのに。


 もう、いいだろう?

 もう、いいでしょう?

 ぼくはじゅうぶんがんばった。がんばったよね? ねぇ、ねぇ?

 ぼくはもう、これいじょうがんばれません。

 いいじゃないですか。おやふこうといわれるさきにしぬことをしなかったんだから。

 さんにんみとって、やっとぼくのやくめもおわり。けっきょく、ぼくはおじちゃんのたどったようなみちをあるいたんだな。

 みうちのせわをさいごまでして。まあ、さいごのいみがちがうけど。

 みうちのせわのために、からだをこわした。ぼくはね、い、というか、しょくどう、がぶっこわれたんだって。

 がんのしんしょくはゆっくりだって。おじちゃんとちがって、えらぶじかんはある。

 いまさら、しょたいなんてもつきにならない。しんせきもいないし、むこようしをとってまでつなぎたかったらしいわがやのちも、ぼくがさいごってことかな。

 うん、くいはいっぺんだけある。なんでぼく、もっとおじちゃんのかめらでしゃしんとらなかったのかな。

 ぼくはあおくむねのすくようなそらをいちまいとった。これをげんぞうしてもらったら、さいごにする。

 だれがよむともしれないけれど、こんなよみにくいにっきをさいごまでよんでくれてありがとう。それじゃあ。

 ばいばい。


 残されたのは二つ折りの携帯電話と素晴らしい青空の写真と、ノートだけだった。


※この物語はフィクションです※

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― 新着の感想 ―
[良い点]  少年が様々な経験果てに大人になり、最期にまた少年に戻る……その過程が良く描かれていると思います。  また、各年代によって平仮名と漢字を使い分けているのも感情が込もっていて素晴らしいですね…
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