吟遊詩人
辺境の小さな村、その広場の真ん中に有る泉だった。
一人の旅人がリュートを抱えて座っていた。
ボロボロの旅装。
長い、長い、路を、歩んで来たと分かる姿だった。
しかし、その男はリュートと言う楽器を持つには相応しくない体躯をしていた。
その身体をひと目見て思うのは、戦士。
それも生半可では無い、鍛え抜いた戦士と分かる身体だった。
そんな男がリュートと言う楽器を柔らかに抱え、佇んでいた。
男が歌う。
愛の言葉を。
命と魂。
たった一人の定めの人の事を。
運命に引き裂かれ。
腕の中で死んだ最愛の人の事を。
そして、生まれ変わりの人を求め、永久の旅を続けて居る己の事を。
無骨な男の指が弦を奏でる。
この想いが届けば、貴方は気付く。
この唄が届けば、貴方は思い出す。
この愛が奇跡を為すために。
もう一度、貴方に会いたい。
もう一度、貴方を抱き締めたい。
もう一度、貴方の声が聞きたい。
かつて、聖騎士と呼ばれた男が、ただひとつの愛を信じて、永遠の旅路で歌う。
君の淹れてくれた、あのお茶が温かった。
身体と心、全て。
耐え切れなかったと思った日々を救ってくれた。
君の微笑みは、力をくれた。
失いそうになった希望。
自分が何故、剣を持ち立ち振るうのか。
君だけが、君こそが、僕の全てだった。
君が居てくれれば、他に何もいらない。
君の僕。
僕の君。
それだけで世界が全部だった。
許してくれ。
いや、許してくれなくていい。
ただ、ここに、今、君だけ居てくれればいい。
かつて聖騎士と呼ばれた男がリュートを弾き、歌う。
僕は世界を旅し、君を探す。
生まれ変わりの君が、どこかに、どこかに居ると。
その君と出会うには、この愚かな僕の唄を君が聞いたなら――
そう、僕は君を探し旅を続ける。
君を捜し求めて。
君をもう一度、この腕の中へ抱き締めれたらと。
それが適うなら。
僕は僕の全てを捧げる。
愛している。
僕を人としてくれた君。
君のためなら僕は何もいらない。
愛しているよ。
無骨なリュート弾きの男が腰を上げて立ち上がる。
その男の前に一人の女が居た。
その女が唇を開き、男の名前を呼んだ。
物語は終り、始まる。