異世界インスタントラーメン屋台 5話 究極の変態ラーメン
人々が既に眠りに就く深夜。
感じ取る事が出来るなら――
闇と静寂の世界が昼間とは違う命に溢れているのが分かる。
そんな夜の世界に、一本の電柱に灯る街灯の灯りに、ひとつの屋台が居る。
それはインスタント・ラーメン屋台。
安らぎの止まり木に集う聖域の如き場所。
心と体の空腹を満たすために、魂の幸せを味わう為に、今夜も誰かが訪れる。
霧が流れたゆう冷たい夜。
夜の中から男が一人現れた。
中折れの帽子にトレンチコート、孤独な背中に男の哀愁が漂う。
ハードボイルドに屋台のノレンをくぐり、男が一人。
「いらっしゃい」
店主の声に無言でインスタント・ラーメン屋台の椅子に座る。
中折れ帽子の斜めから、片目が油断無く周囲を探る。
屋台の店主、タロウがお湯の鍋、湯気越しに男の注文を待っていた。
「ラーメン」
ただひと言。
ラーメン屋でラーメンを注文する。
男の注文はそれだけだった。
「はい、少々お待ちを」
店主のタロウは何ンの動揺も無く注文を自然体で受けきり、何時も通り動き出した。
そんな屋台の片隅、ハードボイルド男はチラリと視線を向けた。
向けられた視線の先――
屋台には何時もの常連、黄金のフルプレート男とボロボロのフード・ローブ男が先客で居た。
二人、一個の缶詰を酒の肴に突いていた。
それは『くじら』の缶詰。
男が二人掛りで一人の女に敗北した、己の無力、足りなさを噛み締める味だった。
ビキニアーマーの女が敗者に情けを掛けた缶詰だった。
男二人、背を丸め無言で食べる『くじら』は、悔しさと共にソレそのモノはとても美味かった。
その美味さは敗北涙の塩味がしていた。
二人傾けるコップのお酒が妙に沁みた……
屋台の店主、タロウが無駄の無い動きを見せる。
注文はただひと言、ラーメン。
ただひと言の注文ならば、出て来るのは醤油ラーメンだ。
味噌も塩も白濁チャンポンも存在はする。
だがラーメン、そうハードボイルドに告げられたなら――
醤油。
それしか無かった。
理由無くそれしか無かった。
夜の中に無言――
ハードボイルド男が中折れ帽子ごしに片目を光らせる。
チャチャチャチャ
湯切りの音が軽快に鳴り、ドンブリのやや濃い目のスープの中へと麺が落とされる。
何時もなら、そこでラーメンは出来上がりお客へと差し出されるはずだった。
だが今夜、今回は違った。
もうひとつのドンブリが現れ、金網でラーメンの麺のみがスープと分離されドンブリの中へと落とされた。
つまり、スープを絡め纏った麺のみのドンブリ。
ラーメン・スープのみのドンブリ(チャーシュetc付き)
その二つのドンブリがハードボイルドのお客へと渡されたのだった。
中折れ帽子とトレンチコート。
二つのラーメンドンブリ。
そこへ――
トン
ひとつの容器が追加、置かれる。
マヨネーズ。
だった。
ハードボイルドがマヨネーズの赤いキャップを回し開ける。
その開けた口を下に、麺のみのドンブリへと容器を運びムウゥンと押した。
ムニュムニュムニュ
ムニョムニョムニョ
ヌラララララララ
ヌオオオオオゥゥゥゥ
ラーメンのスープ無し麺へと、タップリ、プリプリプリ、とマヨネーズが麺を覆い尽くした。
パシッ
割り箸が割られる。
二本に為った割り箸がドンブリ・マヨネーズにズブニョラと突き刺さる。
グニョグニヨグニヨグニョ
マヨネーズと麺が、混ぜ混ぜに、混ぜられ、混ぜられて、混ぜん子に為る。
そして――
現れたのは――
マヨネーズたっぷりコーテングう、の、ラーメン麺。
マヨネーズ・ラーメンだった。
…………
マヨネーズ・ラーメンだった。
黄金のフルプレート男と、ボロボロ・ローブ男が、顔を横に向けて、その光景に視線を外せずに固まって居た。
こ・れ・か・ら。
想像したく無かった。
しかし想像してしまっていた。
ア・レ、を食べる。
…………
おおうぅ。
二人は己の根源、世界の中で寄って立つアイデンティティ、全てが拒否していた。
けれど眼を逸らす事が出来ない。
絶筆に尽くし難き事実。
恐るべき真実。
認め難き光景。
今、為されようとしていた。
白いマヨネーズの中へ割り箸が突き刺さる。
上へ動く割り箸に、たっぷりマヨネーズ麺が持ち上がる。
ズズ
う・お
ズズズズ
う・お・おおおおおおお
ズウゥゥゥゥゥゥ
うは、うひ、うひゃひゃひゃひゃ
モグモグモグモグ
ゴックン
うっひぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっ
満面の笑み
ハードボイルド
白昼夢ならず深夜夢幻。
マヨネーズ・ラーメン。
ハードボイルド男が唇をマヨネーズで微笑み染めて食べる姿。
ゴクゴクゴクゴク
二つのラーメンドンブリのひとつ。
ラーメンスープのみのドンブから、喉を鳴らしスープが飲まれる。
プハーーーッ
そして再びマヨネーズ・ラーメンへ、割り箸が踊り舞う。
トントントン
七味唐辛子が赤く、マヨネーズへと散り落ちる。
それは血涙の如く、男の張り裂ける魂な悔恨の記憶。
癒せぬ傷へと染み入る誓いそのモノ。
命有る限り忘れては為らじと、己への呪い。
決着がその時、男は全てを賭ける。
自分で在るために。
そのためなら命なぞ惜しくない。
安らぎの深夜がマヨネーズで塗り潰された。
七味唐辛子で赤く染まった。
ナイトメア。
世界の終り。
悪夢の如き所業が為された。
ハードボイルド男がティッシュで口元をフキフキしていた。
マヨネーズ・ラーメンが食べつくされた。
スープのドンブリも飲み干された。
残されたのは、マヨネーズだらけの空ドンブリと、スープの空ドンブリ、そしてマヨネーズベッタリの割り箸だった。
そして飲み干されたコップに、マヨネーズの男唇の後がベッタリと――
残されていた。
マヨネーズ・ラーメン。
やっと全てが終わった。
終わったはずだった。
どんなモノにも終りが在るはずだった――
だがしかし、まだ続きが有った。
日本酒のコップにマヨネーズを入れようとするハードボイルド男が居た。
「ヤメろ、殺されたいのか、それ以上の冒涜狼藉は許さん」
その男へと黄金のフルプレート男が、自分の手の中、日本酒のコップへと眼を向けたまま怒りを込めた声で言った。
「コロスなら手伝うぞ」
ボロボロのフード・ローブの男も、背を丸めた姿で片手のコップへと顔を向けたまま言っていた。
日本酒のコップの上、静止したマヨネーズ容器。
容器を握る片手。
容器の口からマヨネーズがひとつ、ゆっくりと出て膨れる。
今にもマヨネーズのひと絞りが落ちようとした。
ハードボイルド男がフッと笑い、手の力を緩め、落ちかかったマヨネーズが容器へと戻った。
トン
屋台のカウンターにマヨネーズの容器が置かれた。
男の孤独は誰も真には理解出来ない。
それは例え男同士でもだ。
男とは世界の中で、一人、生きていかねばなら無い生き物だからだ。
誰かに救いを求め、縋るのは男では無い。
何かに頼り生きるのは男では無い。
ましてや、口が裂けても寂しいとは言わないのが男だ。
男はたった一人歩み行くモノなのだから。
深夜の闇の中、濃い霧に灯りが霞み灯る。
影もオボロに男が一人。
幻のメロディが夜に消える。
トレンチコートのポケットからタバコを取り出し火を着ける。
吸い込み吐息出す紫煙が揺らぎ広がった。
男の姿が夜の中へ消えて行った。
トレンチコートの中、全裸が去って行った。
るるる♪ るるる、るぅ♪
酔っ払ってえぇ♪
書くと♪
文責はお酒のせいです。
あ゛、ちなみに『マヨネーズ・ラーメン』は我が親類の一人の愛食な一品で事実です。
健康診断に見事に引っ掛かって、今は食べていないそうです。
しかし、良くもまあぁ、そんな食べ方を思い付くモノだと、聞いた時、絶句した記憶が……