表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇鍋・短編集  作者: ケイオス
11/20

異世界インスタント・ラーメン屋台 3話 カップ麺もインスタントの類です

 木製電柱に金属の雨避け傘を被った裸電球がポツンと灯る。

 その何時もの灯りに、何時もの場所へと、何時もの屋台が居る。

 夜の空気に香る匂いを嗅げば心安らぎ、何時の間にか微笑んでいる自分に気が付く。

『インスタント・ラーメン』屋台がそこに有った。



 屋台の暖簾の中、椅子に並び座る人影が二つ有った。

 黄金に輝くフルプレートの男と、着古したフード・ローブの男の二人だった。

 何時もならラーメンを食べ終われば席を立つ男達だったが、どうやら顔見知りらしく、コップ酒にカンズメやチャーシュ、メンマを肴に一杯やりながら親しげに話し込んでいた。

 屋台に次々と客が来るならば席を離れたのだろうが、そんな事も無いのが二人を長尻にして、屋台の店主も二人をとがめる様子が無かった。


 ――微かな音がした。

 遠くからパタパタと妙な音、羽ばたきらしき音が屋台へと近付いてきた。

 二人の男が『おや?』と言う表情を浮かべ、屋台の暖簾が持ち上げられお客が来た。


「タロちゃーーーん、お腹すいたあぁ」

「はい、いらっしゃい」

 天使が居た。

 頭上に輪こそ無かったが、大きく背中の開いた白いロングドレスからの一対の白い羽。

 天使としか呼び様の無い女性が居た。


「今夜は何にします?」

「んー、んーー、んーーー、んんんんん、うにゅうぅ」

 美麗な外観とは違い、中身は天然ぽかった。


 二人の男達は固まったまま、天使をジッと見るでも無く見て居た。

 そして、ややしばくの後、まあココは、こーゆー所だしなと、自分の中で何とか納得してコップ酒に口を付けた。

 のだが――

 天使がピコンと思い付いて注文を言った。

「焼きソバっ」

 ブフォッ

 口に含んだお酒を噴出す二人だった。


「大判で?」

 店主は何事も無いようにサイズを確認する。

 が、店主が大判と訊いた言葉はアレだった。

「うん!大きいのでっ!!」

 天使はニパーーーッと元気良く笑って言う。

 そう大判と言う事は『袋麺』のインスタント焼きソバでは無く――

「スープのお湯はどうします?」

「うん、沸かし湯で多めに欲しいっ!」

 何事も無いように遣り取りをする二人だった。

 ソレはカップ麺の亜種、親戚な、お湯をそそいで○分の例のアレだった。

「はい、少々お待ちを」

「うん、待つよーーーぅ」

 ここはインスタント・ラーメン屋台。

 しかしソレ以外を注文するお客もたまに居て、柔軟に対応する事も出来た。



 焼きソバ。

 夏の海、海の家の『焼きソバ』

 夏祭りの出店の『焼きソバ』

 コンビニのお弁当コーナーに、私も居るとチョンと有る『焼きソバ』

 スーパーの惣菜コーナーに有る事は在る『焼きソバ』

 ちょっと小腹が空いた時、強烈な香りで、瞬間、人の思考力を消し去り、気が付けば手の中に在る『焼きソバ』

 そして、それら『焼きソバ』を押し退ける、有る意味、日常の中では最強の存在『インスタント焼きそば』


『インスタント焼きソバ』は罪深い存在だ。

 まず安い、とにかく安い。

 色々な所で、様々な調理済みの焼きソバを見た時、美味しそうと食欲に負けつつフト思い付くのは――

『インスタント焼きソバの方が安いぢゃん』だ。


 次に『インスタント焼きソバ』はそこそこ美味い、バカに出来ない美味さが有る。

 たしかに鉄板焼き名店の味には敵わない部分は有るが、ごく一般的に販売されているモノ相手ならば十分競い闘える。

 この価格でこの味、納得して不満は無い。

 不満が無い所が強いとも言える、つまりそれだけの味は出しているのだ。


 最後に『インスタント焼きソバ』は手軽だ。

 当たり前だが簡単に作れる。

 お湯を沸かす必要は有る、待つ必要も有る、しかし手軽なのだ。

 自宅で生麺でフライパンを使い焼きソバを作る事を考えて欲しい。

 具材の野菜を準備&炒め、生麺を調理し、ソースを加えて丁度良く仕上げる。

 正直、面倒だ。

 色々と後片付けもしなくてはならない、面倒だ。

 それらと比較して、『インスタント焼きソバ』の圧倒的な手軽さ。

 小腹が空いた時に、ふと思い付いてお湯だけ有ればいい簡単さ、問答無用のイイ意味でのお手軽食べ物。

 絶対的な存在だった。

 


 タロウと呼ばれた店主が無駄なく馴れた手付きで動く。

 四角いスチロールの大判の容器へと熱湯を注ぎ入れ、曲げ開こうとする蓋へ小皿を載せ重しとする。

 指定時間を待った後、蓋の湯出しの方を開け中のお湯を出し、更には少々しつこく湯切りをする。

 蓋を全て剥ぎ取り、袋ソースを掛け回し、袋の中のソースを全てキッチリ出し切る。

 新しい割り箸で丁寧に混ぜる、しかし冷めない様に素早く混ぜる、容器の底に溜まり勝ちになるソースを全て麺へと絡める。

 子袋の青海苔を上手にフワリと散らす。

 カップにあらかじめ粉末スープを入れて置き、そこへとお湯を注ぐ。

 これで出来上がりだ。


「はい、お待ち」

 店主が屋台のカウンターへと、湯気の立つ焼きソバと、同じく湯気の立つスープのカップを置いた。

「わあ、ありがとーぅ」

 嬉しそうに天使が笑顔を浮かべて、食べるために割り箸を取ってパキリと割った。


「マヨネーズはお好みでどうぞ」

 好みは人それぞれ、細出しの口型容器のマヨネーズがトンと追加で置かれる。

「うん、嬉しいぃ」

 天使がマヨネーズの蓋を取って、焼きソバへとマヨネーズの四角い格子をニコニコ顔で描いていた。



「いただきますーーーぅ」

 ハフ、ハフハフ

 モグ、モグモグモグ

「んんん、んーーーうぅぅぅ」

 ゴックン


 青海苔の香りとソースの香り、そしてマヨネーズ。

 インスタント麺の独特の噛み応えと味わいに、ソースが沁み込み絡み、美味いっ。

 マヨネーズが風味を深め、まろやかに満足度を加える、美味いっ。

 口の中いっぱいに幸福。

 飲み込み、喉を通って、胃の腹の中へおさまる、嬉しく美味しく幸せ。


「フーフーフー」

 ズ、ズズズウゥ

 ゴクリ

「うぅん、ぅうんんぅむ」


 塩っけの利いたスープが旨い。

 少しお湯が多めに増量、薄まっては居るがソレが味の濃さ丁度良い。

 口の中で焼きソバの水気の無さを補い、食べる合間のアクセントに為る。


 天使の手、割り箸の動きが止まらない。

 実に実に美味しそうにニコニコ顔で食べている。

 そして合間にスープを飲んでホッコリと微笑む。

 また食べる。

 白いスチロールの容器、一杯に見えていた焼きソバが見る見ると食べられ減って行く。

 最後にチョコっと残った所で、顔も仰向けに容器の角へと口を付けて傾け――

 丁寧に食べ切る。

 全て食べ切る。

 残さず食べ切った。


 屋台のカウンターに白いスチロールの容器がトンと置かれる。

「ご馳走様でした」

 ホフゥ

 満足の吐息と一緒に微笑む天使が居た。


 そこへ――

 トン

 ガラスのコップの水が置かれた。

 絶妙のタイミングだった。


 ゴクゴクゴクゴク

 美人さんの天使が一気にコップの水を飲み切る姿が有った。

 焼きソバの味わいソースとマヨネーズ、そして塩っ気スープ、それらを堪能した後の、冷たい水。

「プハーーーッ、美味しかったあぁ」

 満面の笑みで天使が居た。

 空腹と心を、幸せ満たした満足天使が居た。

 唇にマヨネーズと青海苔を、ちょこっと付けて居る天使が居た。



 人が、実に美味しそうに食べる姿は、何よりも誘惑に満ちたモノだった。

 それも美麗な女性が幸せいっぱいに食べる姿。

 目鼻の先で、そんな幸せ焼きソバを食べる天使をジッと見ていた男達が居た。

 もぅ辛抱堪らなかった。

「タロ坊、俺も焼きソバ、大判でっ」

「タロウさん、私も焼きソバ、大判でお願いします」

 黄金のフルプレート男と、ヨレヨレのローブ男が同時に注文の言葉を告げていた。

「はい、少々お待ち下さい」

 こぅ為るだろうなあぁ、と思っていた通りに為った、苦笑を浮かべて注文に動くタロウだった。


「タロちゃーん、お酒欲しいぃぃぃ」

 焼きソバを食べ終わり、小腹が落ち着いた天使が一杯飲むと注文を片手を上げて言った。

「それとおぅ、カニ足とカニ味噌のヤツ頂戴ですうぅ」

 酒飲みに取って究極と言って良い、酒の肴カンズメを注文する天使だった。

 その天使の隣で天使の注文を聞いて、固まって居る男二人が居た。


 ギ・ギ・ギ・ギ・ギ・ギ

 とか擬音が出そうなほど固まりながら動こうとしている男二人。

「「…………」」

 思わず沈黙する、さきほどまで一杯やっていて、今、焼きソバを注文した男二人。

「「…………」」

 沈黙したまま店主へと顔を向け、沈黙したままそんな缶詰が有ったのかと問いただす視線を向けた。

 その二人の視線にコクリと頷く店主。

「「…………」」

 二人の男が無言のまま涙目に為って、そーゆー肴が有ったのなら、教えて言って欲しかったと無言で責め問いただしていた。


 そんな男二人へと店主が無言な片手指先で、チョイチョイと天使を指差した。

 その店主の仕草に気がついた天使が男二人へと顔を向けてニパッと笑い言った。

「あ、ごめんねーーーぇ、取り寄せ注文でえぇ買い占めちゃってるのうぅ」

 実に無邪気に、されど残酷に、何所にも救いの無い、鬼か悪魔の如きに天使が微笑んでいた。


 殺気が、途轍もない殺気が、満ちた。

 刹那な状況の元、加えて有る種の食物が関わると、人は見境も理性も無くするのだった。

 実に人らしく、実に人哀しい、涙の物語なのだった。




 木製の電柱に、金属の傘の電球が灯る街灯。

 夜の闇にスポットライトの様に明かりが落ち、その近くに一軒の屋台が有った。


 ドーーーーーーン

 ドドーーーン

 ドガガガガガガ

 ドゴーーーーーーン

 ドオオオオオオオォォォォォォ


 遠雷の如く遠いなれど恐ろしく、戦いの音が響く。

 果ての無い闇の彼方、爆裂と稲光が見え消え見える。

 光りのキラメキと届く音が、時差を持って距離を知らせる。


 異世界インスタント・ラーメン屋台。

 様々なお客が訪れ、時折、イイ勝負のガチンコでド突き合う。

 酒の肴の缶詰一個を賭けて。


 それは平和な戦いだった。

 と思ふ。

 ああ、アノ、缶○○の罪深さよ。

 くうぅ。

 ああああぁぁぁ。

 誘惑とは、誘惑とは、誘惑そのモノっ。

 アレは悪魔ぢゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ。


 ハニーベーコン、美味い☆

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ