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闇鍋・短編集  作者: ケイオス
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異世界インスタント・ラーメン屋台 2話 溶き卵の塩ラーメン

 木製の電柱に裸電球の街灯の灯り。

 その隣に夜の中にほんのりと浮かぶ屋台の灯りが有った。

『インスタント・ラーメン』

 屋台のノボリの文字が何故か闇の中でも不思議にハッキリと読み取れる。

 今時こんな場所が有ったのか、こんな屋台が有ったのか、不可思議でも目の前に存在している。

 それが異世界インスタント・ラーメン屋台だった。




「丸塩と、卵溶きでお願いします」

「はい」

 年季の入った木製ベンチに座ったフード・マントの男が、ねじくれた長い杖を肩にもたらせて注文を言った。


 醤油でも無く、味噌でも無く、ましてや白濁のトンコツでも無い、ただの塩。

 塩ラーメンがお客の注文だった。


 ラーメン屋に取って『塩』を注文する客には緊張が走る。

 醤油ラーメンは良い醤油さえ使っていれば、さほど心配は無い。

 味噌ラーメンは言い方はナニだが、色々と誤魔化しが利く。

 しかし塩、塩ラーメンだけは別だ。

 スープの出来が一発で分かる。

 分かってしまう。

 それが塩ラーメンだ。

 そしてココは、インスタント・ラーメン屋台だった。


 何時もの常連のお客ならばスープに使うお湯を、麺の茹でお湯をスープに使うかどうかの注文をする。

 醤油ラーメンならば味のキレを求めて、麺の茹でお湯を使わず別のお湯と言うお客も居る。

 が、しかし、『塩』を注文するお客は何も言わない。

 あえて何も言わない。

 スープに使うお湯は、麺を茹でたお湯と別のモノを。

 それが『塩ラーメン』のお客だった。



 麺の茹で頃合を見計らい、別鍋のスープ用のお湯に小鉢で掻き混ぜられた卵一個分の溶き卵が、細く落とされ溶き卵に火が入る。

 全てお湯の中へと落ちて手早く掻き混ぜられ、丁度いい混ざり具合となる。

 その火の入った溶き卵のお湯に小袋のスープが溶かされる。

 あらかじめ暖めて有ったドンブリにそのスープが注がれ、キッチリ湯きりをされた麺がそっと落とされた。

 麺を整えるのと同時にスープへと馴染ませた後は、定番の、チャーシュ、メンマ、ナルトを乗せて出来上がりだ。

「はい、塩ラーメン、卵溶き」

「有難う」

 ネギは別容器から、お好みで。


 注文を出した男が嬉しそうにドンブリを覗き込む。

 美味しそうな湯気の立つ透明なスープが有る、それが塩ラーメンの全てだ。

 そして、そしてだ、ひとつ、これだけは忘れてはいけないモノが、ひとつ。

 胡麻、ゴマだ。

 塩ラーメンのスープにパラパラと浮かぶゴマ。

 有るか無きか、多過ぎもダメ、少な過ぎもダメ、適度な量でパラパラと。

 微妙な量のゴマが塩ラーメンを完成させる。

 後は食べるだけだ。



 パキッと小気味いい音で割り箸が割られ、次の音が屋台に響く。

 ズズズウウウゥゥゥ

 ラーメン・ドンブリに唇を着けてスープをすする音がする。

 レンゲは使わない、ドンブリへと直接だ。

 手間の掛かった透き通るスープの旨み、そして塩の旨み、渾然一体と為った旨みがしみる。

 スープが美味いのは当たり前で、そこへ塩のしょっぱさが美味い。

 タダしょっぱい塩では無い、旨みを持つ塩が美味い。

 生き物の身体が求めている塩のしよっぱさ、醤油でも無い、味噌でも無い、塩そのモノの旨み。

 命の塩を身体が求める、求めを満たされる美味さが旨いっ。

 その塩の旨みが、何時もの麺の味をクッキリ&シッカリ、より美味く感じさせる。

 全てに隠し事が無い、塩ラーメンは誤魔化しが利かないラーメンだった。


 ズッズッズッ

 麺をすすり食べる音がする。

 小麦粉の旨みが分かる、香りが分かる、塩ラーメンだからこそ麺が生き生きとしている。

 ズズズウゥゥゥゥ

 溶き卵の塩スープが美味い。

 透き通る塩スープに薄黄色の溶き卵が優しく揺れる。


 本物の職人の手になるラーメン・スープは美味い。

 ただし時として、その絶妙な美味さが少々キツく感じる時が有る。

 人は自分でも気がつかない疲れが心と身体に蓄積している時だ。

 そんな時はラーメンにはスマナイと思いつつ、卵だ。

 溶き卵の優しさがワンクッションと為って、疲れた魂の求めるラーメンを更なる(いた)わりの食べ物としてくれる。

 愛とまで驕った物言いはしない、人が有り難いと感じる労わり、優しさが胃の府へと暖かい。



 やがて男は全ての麺を食べ、両手でのドンブリを傾けてスープを飲み干す。

 トン

 屋台のカウンター板へとドンブリが置かれる音が食べ終わった音を伝える。

 ホゥ

 吐息が漏れ、微笑みが自然に浮かび、心も身体も満足に温まる。

 そこへコップの水をゴクゴクと飲み干す。

 フゥ

 食べた。

 旨かった。

 ああ

 美味しかった。


「ご馳走様」

「お粗末様です」

 お客と屋台主、どちらも笑顔で微笑み有った。

 手を伸ばせば届くような距離で、小声でも届く近さ、それが屋台だった。



 ねじくれた木の杖を持ち、フード・マントを身に付けた男が屋台の灯りから遠ざかり、夜の闇の中へと歩き去っていく。

 屋台へと来た時は生きて動いてはいたが、どこか擦り切れた残り物の様な風体だった。

 その男がラーメンを一杯食べ終り再び歩き出した後姿は――

 まだ大丈夫。

 俺は生きている。

 何とか為るさ、為らなくたって生きていれば大丈夫。

 妙なシブトサが感じられる姿だった。

 疲れ果てていた者が、たった一杯のドンブリのラーメンで蘇った姿だった。



 異世界インスタント・ラーメン屋台。

 ここに来ればラーメンが食べられる。

 ただ普通のインスタント・ラーメンを食べる事が出来る。

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