表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇鍋・短編集  作者: ケイオス
1/20

2018 冬の童話 マッチ売りの少女

 前世の記憶と特殊スキルに目覚めた、マッチ売りの少女と出合った男が居た。

 その男は、オーク・サラリーマンの人生に疲れた男だった。


 雪降る夜の物語。

 雪降る街角、寒さに震える身体で空を見上げた。

 曇天(どんてん)の鉛色の空、何も救いが無い全てだった。

 その時、突然――

 私は転生者だと天啓に眼を見開いた。


 押し寄せる前世の記憶。

 組み直される己。

 世界が瞬間、まったく違った光景に見えた。


 生き延びる。

 殺しても生き延びる。

 死んでたまるかっ。

 儚げな少女が決意に身を震わせた。




 電車から降りたオーク・サラリーマンが唐突に後ろから声を掛けられた。

「おじさん、いらないモノが有ったら交換して」

 上司のゴブリンに八つ当たりの様に叱咤を食らい、部下のオーガに影でせせら笑われて、憧れの白エルフ嬢に臭いとささやかれた。

 最低、最悪、これ以上は無いドツボの一日の帰路だった。

 もう死んでいる眼で振り返ったオーク・サラリーマン、独り者、四十路目の前の丸まった背中だった。


 その振り返った彼の虚ろに下がっている視線の先、満面の笑みが有った。

 薄汚れた顔の少女。

 襤褸(ぼろ)にひとしい乞食の様なナリ。

 普段ならば足も止めずに通り過ぎ、記憶にも残さない代物。

 けれど、今は違った。

 少女の満面の笑みが、それだけがオーク・サラリーマンの視界を満たし、心を奪っていた。


「おじさん?」

 顕現した天使が抱き締めたくなるなる様な仕草で、顔を斜めに下から覗き込んでいた。

「あ、ああ、ん?」

 少女が片手の指にマッチを一本握り、自分へと差し伸ばしていた。

「ああそうか、ん、何か、待っておくれ」

 自然に自分のポケットの中を探り捜している両手が有った。

 そして――

「こんなモノでもいいかな?」

 彼は銀色に輝くライターを取り出して居た。


 会社の方針で全社員の禁煙が言い渡され、ヘビースモーカーの彼のポケットに唯一残っていたライター。

 初任給で買った、自分への褒美として購入したブランド物の記念の銀のライターだった。

 そのライターがマッチ一本と交換されて、彼の指に、そのたった一本のマッチが摘ままれていた。


 捨て切れなかった記念の銀のライター。

 それは自分そのモノの様で、未練そのモノ。

 これからの未来へと、希望と不安を胸に社会へと歩き出した、若い頃の自分の象徴だった。

 だけれども、あれからずいぶんと時が経った。


 カッコ付けのタバコが、何時の間にかストレスの行き場になって、ヘビースモーカーになっていた。

 広く先の見えない未来が、どん詰まりの袋小路になって、夢の欠片さえ失っていた。

 独り者で四十路目前、出世はもぅ望むべくも無く、出世したいのかも分からない。

 上司には失敗を押し付けられる、文句とウサ晴らしに怒鳴られる。

 部下には言葉無く無視され、一切の孤独で椅子を暖めているだけ。

 入社した時の、腰掛のはずの安アパートから抜け出せず、引っ越す気力も無い。

 今夜も、スーパーの安売り弁当と発泡酒をぶら下げて、帰るだけのはずだった。


 眼をつぶっても辿り着ける道で、オーク・サラリーマンの彼は、目の前に一本のマッチを掲げて見詰めていた。

 鉛色の空からチラチラと落ちる雪。

 その雪が薄く積もり外灯に照らされ、何時もとは別の風景の世界だった。

 ギュギュと雪踏む足音を立てて彼は歩いていた。




「その夜が全ての始まりだったのですか?」

 インタビュアーのダーク・エロフが胸の谷間を見せて訊ねていた。

「そうだね、うん。その夜、アパートで僕は辞表を書いたんだよ」

 ストーブに火を入れる事も忘れ、コタツに向かってペンを走らせたアノ時。


「その辞表を内ポケットに、仕事を、もう一度始めたんだ」

 立身出世、傾きかけていた商事会社を一大企業へと成長させた男が言った。


 別に変わった事をした訳では無かった。

 ただ、ひたすら仕事に埋没しただけだった。

 自分がどこまで出来るか、どれだけ出来るか、やるだけ、やれるだけ、やってみる。

 出来る事をひたすらやった。

 出来ない事は出来る様になろうとした。

 出来る様になったら、もっとシッカリ出来る様になろうとした。

 それを繰り返しただけだった。


 上司も部下も無かった。

 やらねばならない事を、やり続けただけだった。

 ワメキ、怒鳴り、叫んでがなっているのが居たが、仕事が先だった。

 道理を無視し、何も言葉が通り合わず、勝手ばかりしてミスを繰り返し、それを他者になすり付ける、自分のためだけに世界が有る。

 今までの自分も悪いと思ったが、今のコイツラも悪過ぎだと思った。

 コイツの今までの所業を纏め明らかにした。

 居なくて良い、居ない方が良い、居なくなってくれと言った。


 顧客が第一。

 儲けも必要。

 しかし業界に嫌われては先は無い。

 世間の微笑みが嬉しかった。

 難しいが一歩一歩、歩くだけだった。


 迷った時、疲れた時、ダメかと思った時、諦めかけた時。

 首のペンダントから、マッチを取り出し見詰めた。


 まだ生きている。

 五体満足だ。

 立ち上がれる。

 立ったなら動け、動くなら剣を振るえ。

 自分自身さえ諦めないなら、道は見えてくる。

 足を進めろ、一歩でも半歩でもいい。


「なに、イザとなったら辞表を叩き付けて辞めてやる」

 気楽は気楽だった。

 だけれど、まだ戦えるなら続けるだけだ。


「僕はそうやって仕事をして来ただけだよ」

 登り詰めた男が、今期限りで席を退くと発表し、業界紙のインタビュアーに微笑んでいた。

「部下と上司に恵まれてね、無茶な事を聞いて貰って、部下には本当に身を粉にして貰った。感謝しか無いね」

 自分は不器用で、頭も悪い。

 体力任せに仕事をしていただけだと、その男、かつてのオーク・サラリーマンが笑っていた。

 インタビュアーのダークエロフが、その彼の、男の色気に頬を染めてしまっていた。


 インタビューの終了が来て、全てがオフレコになった時だった。

 その彼が悪戯っぽい微笑みで、ダークエロフに秘密を打ち明ける様に言った。

「ああ、あの時の、あのマッチ売りの彼女が、今のウチの会長でね」

 書いちゃダメだよと、彼が笑っていた。




 スキル『祝福のワラしべ』

 物々交換スキル。

 より価値の有るモノへと交換出来る。

 交換を頼まれ交換物を差し出した者は、その交換物の価値との差分だけ祝福を得る。

 交換物を得た者は、交換物との価値の差だけ、さらなる機会を得る。

 スキル『祝福のワラしべ』は、光りへと向かうも、闇へと落ちるも、どちらも成るスキルで有る。




 ただの一人のオークになった男が、雪降る街角を歩いていた。

 やれるだけの事を遣り尽くし、もう、ここでイイと思ってしまった時、引退を決意した。

 まだ出来ない事は無かったが、これ以上は老害。

 新しい時代は若い者達の世界で、頭の固い自分達では縮小再生産しか無いと分かった。

 引き止められはしたが、正直、こんな自分達に頼ってはダメだろうとも思ったのだった。


 大丈夫。

 君達ならば、たとえ失敗しても何度でもやり直せる。

 諦めない事は教え込んだ、心配も不安も無い。

 未来は君達のモノだ。


 そう微笑み歩く男へ、声が掛けられた。

「おじさん、マッチ買って。孤児院の皆がお腹空かせているの」

 おやおや大変だ。

 男はそう微笑みながら思った。


 丸まっていた背中が伸びて、妙なヤル気が湧き上がり、男は少女へと向き直っていた。

 視線の先、獣人種の可愛い少女が寒さに震えながら、男を見上げていた。


 二人の出会い。

 今、新しい物語が始まった。

 マッチ売りの少女の悲劇を回避しようとしたら、こぅなりました^^;

 酔っ払い執筆者が勢いで書くと、マッチ売りの少女が全然出て来なかったリ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ