ミカ、という旅人
初投稿です。温かく見守って頂けると幸いです。
夢を見た。
何度も見てきた毎回、同じ場所から始まり、同じ場所で終わる夢。
狼人族の幼子を囲む人族の少年達。周りには、人はおらず剥き出しの地面に木々があるだけの場所。
自分は、それを空の上から眺めることしか出来ず、目を瞑って見ないですむという事は無く目が醒めるまで続く、悪夢に近い夢。自らの体験したことなのかは分からないが、何度か同じ夢を見てきた。
少年達のリーダーなのだろう。一番体の大きな人族の少年の手には剥ぎ取り用のナイフが握られていた。
その幼子が何をしたのかは、分から無いがとにかくその幼子を囲む様に立っていた。
「人間の姿をしたただの獣め、俺達の村の食料庫から食い物をとっていったのはお前だろっ」
責め立てる様にナイフを幼子に向けながら話す少年と、そうだそうだ、と周りの少年達も囃す。それがどんな意味を持つのか、考えもせずに。
「この俺、ーーー村の村長の息子である、ーーーーーーが、この者を食料庫からの食料の強奪を行ったとして断罪する」
名前だけノイズがかかった様に聞こえなかった。しかし、この後の結末は知っている。どんなに動こうともがいてもピクリとも動かず、ただ見ておくことしかできないことに焦る。苛立ちを感じながら声の限り叫んでも少年達に声が届いた様子は無い。
「死ねぇっ」
剥ぎ取り用のナイフを持った少年は幼子の眉間を狙いナイフ突き下ろす。しかし狙いは外れ、幼子の耳が切断される。その断面からは気化した魔素が曇り空へと昇っていった。狼人族の特徴ある耳は魔素が抜けて形を保てなくなり、砂山が崩れる様に空へと昇っていった。
「ちっ、外れたか」
ここでようやく周りの少年達も事の異常性を感じた様だった。口々にもうやめよう、と言ってはいるものの何故か止めに動く者は居なかった。
そんな声も聞こえなかったのか、もう片方の耳も切り落とした後に自分のやった事の重大さに気が付いたのだろう。ナイフをその場に落とし走り去っていった。それに続く様に走って行く少年達を見ながら景色は暗転して行く。
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「ーーカ、ミー、ミカ、起きて、起きーろー」
そんな声を聞き、目を覚ますミカ。目を開けると目の前には真っ黒な体で金の瞳をした幼竜のヤヅキがいた。ミカが寝ていたのは何時も野宿の時に使っている毛布類では無く、何時もと違う肌触りだったのを感じ、宿をとったのを思い出した。
「おはよう、ヤヅキ」
「おはよう、ミカ。魘されていたけど気分はどう?」
はっきり言って最悪である。悪夢を見ていて精神が疲労している様な感じがするのだが、まあまあとだけ答えて身支度を始める。
身支度が終わりそうになってくると水の入った桶を持って来てくれるヤヅキ。
「はい、水」
そこには桶に水が入っていた。ヤヅキは特殊魔法以外の属性魔法に適正がある為、水を入れたりしたりするのは造作でもないのだ。
桶を覗きこむと水面には自分の顔が映っていた。人狼族の特徴である金の瞳との多い黒髪、そして人竜族の特徴の長い耳があった。少しの間だけ眺めて顔を洗う。
気が利かせてくれたヤヅキの頭に感謝を込めて手を置く。嬉しそうに目を細めていたが、子供扱いしないでよ、と頬を膨らませる。
他にも部屋を片付けてから、扉の前に立つ。
「行こうか、ヤヅキ」
「うん、出発!」
こうしてミカとヤヅキの旅の朝を何時もの様に迎える。
扉を開け階段を降りると宿の女将に話しかけられた。
「随分と遅く起きたね」
「ついつい寝すぎてしまった。ところで、代金は幾らだ?」
ついついぶっきらぼうになってしまった。ヤヅキはミカの鞄の上に座っている。
「はいはい、銀貨2枚だよ」
銀貨2枚はそこそこ高い。ここら辺の宿は大体が銀貨1枚と銅貨5枚ぐらいである。ちなみに銅貨10枚で銀貨と同じ価値となり、銀貨10枚で金貨1枚と同じ価値になる。
また、大体食事に銀貨を使う事は無く、銀貨を使うとしても借家の賃貸料ぐらいである。
じゃらり、と6枚の貨幣を渡して宿を出る。空を見あげると太陽が高く昇っており昼前だという事が分かり若干呆れたミカだったが、直ぐに良い匂いのする出店へと足を伸ばした。
出店が多く並ぶ商業通りにミカとヤヅキの姿があった。
小物屋や串に刺しタレを塗って焼いた肉を売る店、果物を焼いた薄い生地に包んだデザートのクェイなどの屋台が色々並んでいた。その中でミカが並んだのは、クェイを売っている屋台にならんだ。
「おじさん、クェイ二つ貰えるか?」
「あいよ、二つで銅貨四枚だが、嬢ちゃん可愛いからな、銅貨三枚に負けてやろう」
そう言いながらクェイを二つ渡した。
菓子と言っても砂糖やクリームといった高級品は入っておらずどこか素朴で何処ででも食べられているものだ。不思議な事にこのクェイだけは何処に行ってもそのままの発音で通じるため、色々な説が出回っていたりする。
近くの路地に入り込み、ミカは一つをヤヅキに渡し、もう一つにかぶりつく。
果物はかなり熟していたのか特有の甘さが口にひろがったがサッパリとしていて何個でも食べられそうだった。
またヤヅキも器用に小さな前足でクェイを掴んで食べていた。
半分食べてひと段落したのか感想をいうヤヅキ。口の周りにはクェイの中に入っていた果物がくっついていた。
「確かに、一つ前の町でも食べたけどあれはクェイじゃない。クェイだと認めない」
ミカはクェイがかなりお気に入りである。色々な町のクェイを食べて周りながら旅をしている。まあ、これだけの為に旅をしている訳では無いのだが。確かに色々な町で独特なクェイがその土地にあったりする。
ミカもヤヅキも食べ終わり冒険者組合に向かい始めた。
ギルドは町の防衛、情報の伝達なども兼ねていたりするので必ずと言っていいほど中心にあるので知識さえあれば誰にも聞かなくてもギルドには行けるのだ。
他の町にあるものよりも冒険者組合はかなり大きな建物だった。
その扉を開けると酒場があり酒場には男達が酒を飲んでいり、昼食をとっていた。ミカはギルドの受け付け嬢の居る場所に歩いて行く。
「討伐部位等の換金を頼みたい」
ザワリと周りの空気が動いた気がした。
実はミカはかなり背が低い。傍目から見れば子供と大人の中間、少し子供に傾いているかもしれないほどの身長である。大体ミカの見た目ぐらいの町の外に出られない見習い冒険者はいるが討伐部位を持ってくる様な冒険者は見ないと思っていたためだ。
「わかりました。ではここに出して下さい」
そう言ってテーブルと同じ位のトレーを前に出す。
「わかった。だが、この大きさのトレーだと入りきらないと思う」
そう言った直後だった。
「おいおい、餓鬼。自惚れているのか?Cランクの俺等でもそんなに持ってくることは無いのに。やっぱり、自分が採った物は大きく見えるもんなぁ」
Cランク、それは上から三番目ぐらいの実力を持つことを意味している。
冒険者組合では見習い冒険者であるFランク、初心者であるEランクとDランク、ベテランと言えるCランクとBランク、一握りしかなれないAランクと六個のランクがある。この様な余り主要とは言い難い町にはCランク以上はいないため、付け上がるのも頷ける。
「では、ここに数回に分けて出して下さい」
完全な営業スマイルで対応する受け付け嬢。周りの外野は気にしない神対応である。
ミカがトレーに手を触れると青い光を放つ。光が薄まってトレーには沢山の素材が山の様に積まれていた。豚頭族、小鬼族や、大鬼族やその上位の猪頭族、悪妖鬼などの素材が置かれていた。
これ程あれば金貨八枚はくだらないだろう。受け付け嬢の顔が一瞬真顔になった。また事の成り行きを見ていた酒場で酒を呑んでいた者もだ。
「すみません。量が量なので少し待って貰ってよろしいですか」
確かにこの量を捌くのは時間がかかるだろう。
「わかった。終わったら教えてくれ。それまでここにいるとしよう」
そう言い酒場に歩き出すミカ。勿論ヤヅキはミカの頭の上に乗っている。
カウンターに行き、ここでもクェイを二つ頼み、カウンター席に座る。
「また、ランクを言わなくてよかったの?完全に舐められてるけど」
クェイが持ってこられそれを食べながら話しかける。
確かに周りの目線は時折此方を窺っていた。それもそうだろう。まだ子供だと思っていた奴が自分達よりも多くの素材を持ってきたのだから。もしかしたら奪えるかもしれないと、欲望に駆られた視線も感じたりしていた。
「アレ余り好きじゃないから、言わなくていいと思う」
ヤヅキの問いにこちらもクェイを食べながら話す。
「おいおい、ここは俺らが座る特等席だぞ。餓鬼はささっとどきやがれ」
案の定絡んで来た。それは始めに絡んで来た三人組だった。また、時折此方を欲で濁った視線を向けていたのも彼等だった。
声を掛けてきたのは、始めに話しかけてきた男で見たところ人族だった。リーダー風の男は、がたいの良く長剣使いなのだろう。背はミカの頭三つ分程高い。その後ろには魔術師の様な男とシーフの様な男がいた。
「ん、そうだったのか。すまない」
クェイを食べきっていたのし、特にこの席にと執着は無いので降りて席をあける。
「どうした?すわらないのか?」
もう少し渋ると思っていたら案外早く退いたので彼等は間違えてはいけない、境界を越えてしまった。
「あとお前の素材の換金した奴、全部よこせや、このチビ」
調子に乗って禁句を言ってしまった。周りの空気が変わる。目の前にいるミカの周りから尋常じゃ無いほどの魔力が漏れる。
「そこまで言うならギルドの前で決闘でもするか?勝てたら換金した金を全てやろう」
その言葉を皮切りに魔力がミカに戻っていく。しかし彼等は金に目が眩んでいた。
「そこまで言うならこのパーティー『悠久の守護』がその決闘に臨んでやる。