冷製オードブル 半額
「ただいまー……」
ばたんっと玄関で倒れる。
仕事の帰り道で寄ったスーパーの袋の中身が飛び散る。
ゴロゴロゴロゴロ。
転がっていく350ml缶のビールをまたいで白猫が「ニャー」と鳴いた。
「たっだいまですよ~……」
言いつつ、猫を撫でて這いつくばりながらビールを追いかける。
がしっと冷たい缶をつかんで片手でぷしゅっと開ける。
フローリングに泡が飛び散るけれども気にしない。
ごくっ、ごくっ、ごくっと飲んで。
「はあー」
玄関とリビングの中間で大の字に寝転がる。
パンプスの跡がくっきりとついたむくんだ足はもう役割を拒否していた。
「疲れた……」
春からこっち、まったく記憶がない。
仕事のせいだ。
猫がガサガサとスーパーの袋に顔を突っ込む。
「はいはいよっと」
ビールをもう三缶と半額シールが貼ってあるパックを取り出して空っぽのビニール袋を猫にかぶせると興奮して遊び始めた。
口をつけたビールを再度あおり、パックの蓋を開ける。
出てきたのは名前が良く分からない三種の冷製オードブル。
黒い貝殻にオレンジ色の身の貝、たぶん鴨のローストと野菜のマリネ。
お盆だからかいつものスーパーには普段はないおしゃれな品が並ぶ。
「いただきまー……」
あぐらをかいて、手で肉をつかんで一口食べる。
そのまま、またビールを飲んで
「うんまい」
もぐもぐ。
猫はがさがさ。
一缶目のビールはすぐに飲みきってしまったので、四つん這いで台所へ捨てにいく。
台所にはうずたかく積まれたチューハイやビールのバベルの塔。
そのてっぺんに新たなる空き缶を加えて、二缶目をぷしゅっと開けた。
燃えるゴミと週に一度のプラスチックごみはなんとか回収日に出せているが資源ごみは幾度となく逃してしまっていた。
「捨てなきゃ―」
アルミで出来たいびつな塔に一人こぼす。
春から新しく任された仕事に揉まれ、気が付けば夏。
ガザ! ガササササ!
ビニール袋の音がひときわ騒がしくなると一瞬の静寂、のち
「ニャー」
袋の持ち手の部分を首輪にし、抜け出せなくなった困り顔の猫がとととっ、と寄ってくる。
「ははははは、なにしてんの」
そう言ってとってやると、白猫は懲りずに遊びだした。
そのさまをフローリングの床に寝転がりながらビールを飲んで眺める。
「愉快なやっちゃ」
行儀がわるいとか
不衛生だとか
女を捨てているだとか
いまは気にしない。
「あー……」
記憶のないほど頑張った数カ月にか、はたまた白猫にか。
「たのしいねえ」
ビールが美味しい。