塩サバ
「あ、こら!」
そう言って声を出してももう遅い。
小さなキッチンで白い毛玉がもぞもぞ。
ヤツはハッと顔を上げて、ボトッと鼻面を突っ込んでいたものを落としていって逃走。
「あ~……やられた。弁当のおかず」
魚焼きグリルから出して冷ましておいた塩サバの切り身。
スーパーで売っていたノルウェー産の塩サバ。
一枚98円税別。
二枚買って、一口大に切り分けて、まとめて焼いて冷凍しておくと昼食のお弁当にちょうど良い食材。
お酒のお供にももちろん、合う。
「どうすんの勿体ない」
無残に食いかけられたお魚さんは咥えて持って行かれることもなく哀れゴミ箱へ。
その姿を、同居の白猫が柱の影に隠れて覗いていた。
冷蔵庫から猫用の缶詰と発泡酒を取り出す。
ぷしゅっと発泡酒を開ける音がすると勘違いした猫がとととと、とやってきた。
「あんたのじゃないっての」
そう言いながらも、新しい猫缶をぱかっと開ける私はこの同居の猫に甘いんだと思う。
ピンクの餌皿に気持ち少なく盛り付けて
「サバの恨みの分減らしたからね」
一番大きな切り身を皿に盛りつけて丸いちゃぶ台で食べる。
「いただきまーす」
誰も聞いてないからこそ大きい声で言えるこれ。
箸をうきうきと持ってほどよく焼けた身を
つぷり。
思わず心中ガッツポーズ。
上手く焼けた時の香ばしい香りと魚自体の脂でうすくうすーく焦げた感じの時にできる究極の感触。
一口ぶんだけ含むと
ふんわり、じゅわり
魚の旨さと香ばしさと、のった脂のうまみが広がって。
「は~……美味しい」
発泡酒をグビッと一杯。
最近はもっぱらコレ。
第三のビールが脱却できる余裕ができたわけじゃなくて
糖質ダイエットを始めたので。
アルコール度数がちゃんと保たれていて、なおかつ糖質ゼロ商品は限られているから。
(糖質ゼロなら焼酎でもいいかな)
ただ、あのドデカパックを買っていいのは『働くお父ちゃん』しか資格がない気がして
あと、まあ……ね。
一応生物学上は女ですから。
赤提灯の店とか大好きだけど
そんなことを考えつつ、ぱくり。もう一口。
遠い海から来たお魚さんを舌鼓。
国産にはそりゃこだわっている。
地産地消もできるだけ参加している。
なんでもかんでも国産で賄うに越したことはないのかもしれないけれど
このノルウェー産の塩サバはなんていったってコストパフォーマンスがいい。そこにお味も美味しいとくれば……
(こっち買っちゃうよね)
猫も認める美味しさです。
グビッと缶から直接飲んでいると
自分の分を食べ終わった白猫がニャーとやってきて膝の上に乗った。
騙されてはいけない。
案の定、きゃつは『にゃき』っと首を伸ばし皿の上の魚を狙ってきた。
「ダメだって。だーめ」
頭の上に冷たい発泡酒の缶(500ml)を乗せる。
底のくぼみにスポッと頭が入って白猫は不満そうだ。
ヤツは恨みがましくこちらを見ると、膝の上でくつろぎ始めた。
(居心地いいんかな……)
発泡酒を飲みながらそんなことを考える。
動物はもともと嫌いだった。
よく言う「動物が好きな人に悪い人は~」とかいうのはまったく当てはまらない。
触るのも苦手で、遠くから見るぶんには大丈夫だった。
なにが嫌だって
毛があるし、牙も爪もあるし、鳴くし。
とにかく苦手だった。
いまも苦手だけど。
そんな人間がなぜ猫なぞと一緒にくらしているのか
だって
この白猫は
シロは
持て余されていたから。
居場所が宙ぶらりんで、誰もかれにはっきりとした手を差し伸べていなかったから。
他人事ながら腹が立って。
掌に収まるくらいの小さな猫が
自分と重なった。
同情だ。
にゃ~、膝の上でまた鳴いた。
おこぼれに預かろうと鼻を伸ばしてきたシロの頭を撫でて抑える。
同情で飼われた猫は、果たしてそんな飼い主になついているんだろうか?
そんなことを考えながら酒を飲む。
糖質ゼロ。そこに甘さはない。
食事と排泄の世話しかしていないのに、コイツは私の膝で眠る。
夜は枕元で寝て、深夜に寝ぼけて私の髪をくちゃくっちゃ噛んでくる。
彼を家族とはまだ呼ぶ勇気がない。
それでも
「しょーがないな、ちょっとまってな」
今年のお正月、ペットショップで買った猫用の福袋に入ったパウチのおやつをやった。
私の掌からシロはそれを食べる。
私はそれを肴に魚をつついて
飲む。
いまのところ、彼は私の飲み友達。
糖質ゼロ。甘さはない
はずだ。




