白米
じいちゃん、ばあちゃんとの出会いはちょっと衝撃。
この地に引っ越してきたばかりの、あれは夏のころ。
出勤途中、土手沿いの道を上司と電話しながら歩いていた。
土手には土のスペースに小さな畑があって、野菜が植えてある。
「資料はキャビネットの中です! はあ? 今日付けに変更なんて無理!」
とか喚いて歩いていたら。
見つけた。
畑の中で倒れている人を。
思わず電話越しの人に
「ばーさんが落ちてる……」
とか呟いちゃったりなんだったり。
それからはもう大慌て。
駆け寄って、生きているのをアワアワしながら確認して
でも変に動かさない方がいいんじゃないかとか適当な知識に振り回され
電話口の上司に「どうしよう?!」と泣きついたら「さっさと救急車を呼べ!」と怒られて。
人生で初めての救急車、番号を押す指が震えて……
なんやかんやとあって駆け付けた救急隊員に孫と思われ一緒に病院へ。
救急車の中で「お孫さんじゃない……?」と変な顔をされつつ
運ばれた病院でばあちゃんは熱中症と診断された。
私がその日お昼すぎからの出勤だから運よく見つけられた。
人からしょうもない、なんて言われる仕事をしているけれど初めてこの仕事に就いてよかったとおもった。
病院で、なんか点滴されて寝ているばあちゃんに付き添っていたら
慌てた風に、使い古しの野球帽をかぶったじいちゃんが処置室に飛び込んできた。
「あの、その……! 畑で倒れてっ」
しどろもどろに言う私にかわり、看護師さんが丁寧に説明してくれる。
とりあえず自分の役目も終わったと帰ろうとすると
じいちゃんが古い野球帽を脱いで
身体を曲げた。
「ありがとございました」
掠れた、方言が混じって聞き取りにくい声。
でもこんな丁寧なありがとうは人生で初めてで。
なんて言ったか覚えていないけど
顔がだいぶ暑かったことを覚えている。
その後は出勤、デスマーチをこなし日付を跨いで家に帰ると
玄関前に米袋と野菜が詰まれていました。
かさ地蔵か!
いや、それより
(どうやって家がわかったんだろう?)
あとでわかった話。
独り身の若い女が一人で一軒家に住んでいる。
というのは田舎町にとっても少しだけ噂の種だったようで
「どうしよこれ……」
なんといっても面倒なことに。
当時の我が家には炊飯器がなかった。
(電子レンジじゃ無理だよね……?)
土のついた丸ごとの野菜も触れない。
なんか怖いから。
そんな風に食料の山と睨めっこしていた数日後。
「あんた、ちょっと待ってくれなせや」
仕事の帰り道、土手沿いでばあちゃんに遭遇した。
今度は元気に動いている。
ばあちゃんは畑から出てくるとこちらをじっとみて
「見つけてくれてあーりがとねえ、助かったて」
「あの、いえ……どうも」
「あんたあっこの家に越してきた子らろ?」
「はい……」
(なんで知ってんだろ、田舎の情報網怖い)
「あ、あの! お米と野菜ありがとうございました」
とりあえずそう言うと
ばあちゃんはきょとんとしたあと
皺を深めてにこーっと笑った。
「うんめかったろ?」
それは野菜のことなのか、米のことなのか
とにかく放置して持て余していた身としては心が痛んだ。
「あの……」
「それなに?」
答える前に、ばあちゃんの興味はコンビニで買った惣菜とビールに。
「夕飯です」
そう答えると、ばあちゃんはちょっと考えたあと
「そういんらったら、ウチきなせや」
「え……え?!」
ばあちゃんは私が通りかかるのを待っていたらしく
畑になんか見向きもせずに歩きだした。
「ほら、はよう」
急かされて
2メートルくらい離れた距離からついていく。
ばあちゃんちはデカかった。
平屋の、屋根に立派な鬼瓦がついたひろーい敷地。
白い軽トラが無造作に横づけされていて
当然だけどじいちゃんもいた
じいちゃんはばあちゃんが不審な独り身女を連れてきてもなぜかちっとも不思議がることなく
畳のお部屋に通してくれた。
「いやー、連絡がぎだどぎゃ、ばあも終わりかとおもっだで」
ばあちゃん以上にきつい方言で話すじいちゃん。
「飲めるんけ?」
いつの間にかばあちゃんに取り上げられたコンビニビールが冷蔵庫へ入れられるのを見ながらじいちゃんがちゃぶ台の上にコンビニで買ったのよりも上等なビールを出してくれた。
酒の誘惑に釣られてうなづくと
じいちゃんは機嫌よさそうに注いでくれた。
とりあえず場もたせで話の聞き役に回る。
(早く帰りたい……)
人見知りと色々をこじらせているから
ちょっと苦痛だった。
そうこうしているうちに
ばあちゃんが夕飯を持ってきてくれた
大根の煮物、菜っ葉と魚のつみれの味噌汁、茄子の漬物、魚の佃煮
あと他にもいろいろ
極めつけは、炊飯器ごと持ってきたことだった。
「若いんだすけ、遠慮せず沢山たべなせ」
そう言いながら、目の前で小高く積まれる白米の山。
(うわ~……)
並べられた和食オンリーの食卓。所狭しと並ぶそれに
(食ったらすぐ帰ろう)
とか失礼なことを思っていた。
ばあちゃんたちが、食べるのを待ちながらこちらも小さな声で
「いただきます」
お箸を持って
ご飯茶碗を手に持った瞬間
気がついた
「温かい……」
ほかほかの
手に持つとじんわりとする優しい温度。
電子レンジで強制加熱した火傷するくらいの熱じゃなく
よく見るとお味噌汁も少し湯気が立っていた。
(……あったかいごはん、何年振り)
捨ててきた、嫌な記憶が一瞬頭をよぎる、けれど
恐る恐る白いご飯を食べる。
口に入れた瞬間
「美味しい!!」
甘くて、粒がしっかりしていて
(お米って美味しいんだ!)
夢中で食べた。
「これ食べていいですか?!」
を何回も聞きながらおかずを口に運ぶ。
全部ご飯に合う。全部美味しい。
「いっぺことたべなせ」
ばあちゃんはなぜか嬉しそうだった。
「ほれ、飲め」
じいちゃんもなぜか嬉しそうだった。
恥ずかしい話。バクバク食べ始めた自分はブタみたいに映ったんじゃなかろうか……
じいちゃんはいつの間にかビールから日本酒に晩酌を変えていて
私は泡が薄くなったビールを飲み干すと
「ぷっは」
(食事とお酒って合うんだ!!)
「こっちも飲め」
「あんたそんな強いの進めんなて」
そういいつつ、ばあちゃんは新しい日本酒用のおちょこも良いしてくれた。
「す、すいません」
口ではそんなこと言いながら
人生初ともいえる「美味しい」ことに大興奮で日本酒もいただいた。
この時だ。
米に合うものは酒にも合うという真理に気がついたのは。
これまでの人生全部合わせても足りないほど「美味しい」を連発して
お米もおかわりして、お酒も沢山いただいて
また気がついた。
涙ぐみそうになりながら
(誰かと一緒にご飯を食べるって、楽しいんだ)
美味しいんだ。
知らなかったことだった――
そのあと、酔った私が炊飯器がないことをカミングアウトすると、納屋から古い炊飯器をじいちゃんが発掘してきたのは別の話。