1-9.呵責
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「なんで怒ってるんだよ」
「何でもないわよ。さっきからそう言ってる。ほんとにしつこい」
二人は珈琲屋を出て買物をするために近くのショッピングモールまで来ていた。火鉢兎の打倒策を考えついた時からかぐやの機嫌はあまりよろしいものではなかった。かぐやは珈琲屋の扉を開いて外に出てからというもの、ずっと大股で歩いていた。奏はなぜか良心の呵責を感じてついていった。
このショッピングモールは市で一番栄えている場所であると言える。休日になると近くの高校の生徒がジャージ姿で徘徊している。田舎でも都会とも言えないこの地では娯楽が少ないためショッピングを楽しむのが彼らの気晴らしになっているようだった。ちなみにかぐやはアクセサリー品を見たいようだった。
「じゃあ、ここで待ってて。三十分位だから」
「あぁ、じゃあそこのベンチにいるね」
奏は店の前にある木のベンチを指差し、座った。
女性の買物というのは男性が一緒になって回るものではない。全校集会での校長先生の話と同じ部類である。退屈の一言に尽きる。奏はこう思っていた。
***
かぐやがショッピングを楽しんで、三十分が経過した。奏はスマホを出して時間を確認しゲームを楽しもうとアプリを開いた時に丁度、かぐやが店から出てきた。
「ごめんね、待ったでしょ」
かぐやは満足気な顔をしていた。
「うん。待った」
正直者は救われるのである。機嫌はいつの間にかなおっていた。肩を並べて二人は歩く。他の用事は特にないので帰路に着いたのであった。
ごく最近に舗装された煉瓦の道を歩いていた。夜は既に来ていて、二人の愉快な気持ちを段々と黒で染め上げていった。かぐやは夜を極端に嫌っている。雲がかかっていない夜をは特にだ。月光は忌々しいだけだと言った。彼女にいつか満月の夜の月明かりの神秘的な美を感じてもらうことが奏の目標だ。
そのためにもまずは追ってから回避していくことが重要だ。かぐやが讃岐家にいるなら安全を確保できるのであるが、現在は外に出ている。本当は外出も望ましくないのだ。
そんなことを思って歩いていると前方から歩いている人影があった。その影は夜の闇よりも濃く、はっきりと分かった。
「姫、此処におわしましたか。探しましたよ」
二人の行く手には黒色で身を包んだ長身の男が立っていた。不気味な笑みを浮かべるその男に、奏は自分の何かが警報を鳴らしていたのを感じた。
「どちら様ですか」
かぐやは竦然として戦慄していた。声は弱々しく、息が漏れているくらいに細い声を出すのがやっとだった。奏はその様子から、かぐやの知り合いでないことが容易にわかった。悪い、とても悪い予感がした。
「申し訳ないが、彼女が随分怖がっているように見えるのですが。貴方は彼女の御知り合いですか」
奏は勇気を振り絞ってその男を問いただした。
「貴方こそ何者ですか。下賤の者が高貴な身分である姫と一緒とは一体全体どういうことですか」
「おいおい質問に答えろよ。下賤の者とは俺のことだろうが、少し言い過ぎなんじゃないか」
奏は癇に障ったということもあるが、相手の正体が大体分かってしまったので口調を荒げた。
「よく見れば貴方、何処かで会ったことがありますね。まぁいいでしょう、ゴミはゴミです。姫、何故このような者とはお戯れなさっているのですか」
「おい、ふざけんなよ。さっきからゴミだの下賤だの失礼だぞ!」
「どうせ姫を取り巻いて、この地に束縛している輩の一人でしょう」
その男は奏と会話しているのにも関わらず、ずっとかぐやの方を見つめて話していた。
そしてその男はかぐやに近づくと、
「では姫、月に帰りましょう」
と手を引っ張った。
「やめて! 嫌だ‼︎ 引っ張らないで‼︎」
かぐやは足に力を入れ抵抗した。その様子を見ていた奏は居ても立っても居られなかった。男の手を手刀で払いのけてかぐやの手を引いた。
「かぐや、走れ!」
二人は全速力で帰り道を走った。振り返らず、かぐやの服がはだけ始めたがそこに気を取られている余裕など微塵もなかった。ヒールを履いてこなかったのが救いだった。
「下賤な者が、高貴な姫のお手を…許さん」
黒づくめの男はそう言って指を鳴らすと一瞬で焔を纏った。闇夜を照らす光が街を包んだ。すると、爆音とともに黄土色の身体が現れた。灼熱の焔が口から溢れていた。火鉢兎が化けていたのだ。
「ギヤァォァァァアォア」
あたり一帯に重低音の獣の咆哮が聞こえた。地面はドロドロに赤く溶けていた。月光がぼやけて見えるほどの紅い光を放つ。
奏とかぐやは背中で、そいつの存在を確かに感じていた。早く逃げないと自分たちの命が危ないと。
かぐやの家まではあと五百メートル、奏の命の灯火は左右に酷く揺れていた。
「どうすればいいんだ!」
奏は自分に問うように、声を大にして叫んだ。
普段の冷静な状態なら、幾つか策が出てくるのかもしれないが慌てた状態では自分のいる位置と走ることしか頭になかった。
「ハァ、ハァ。どうすればいいんだ。どうすれば」
考えながらも走っていると、二人とって見慣れた場所が見えてきた。ボート部の占領地である例の池がある公園だ。この池に奴を沈めることができれば。
「アオォォォォォォァオ!」
後ろからドシン、ドシンと地響きが聞こえてきた。もたもたしていると直ぐに追いつかれてしまう。熱を感じられた。
「かぐや、もう少し走るぞ!頑張れ!」
奏は手を引く力を強めた。
「 ハァ、人間の形をしている時よりも知能は下がっていると思うけど、水に素直に飛び込むような安直な考えはしないはず」
汗が流れ落ちるのも気にせず、かぐやはできる限り必死に足を動かす。
何とかボート部が使用している古い小屋まで辿り着く。奏が後ろを振り向くと公園の入り口の木々が燃えていた。兎が入り口まで来ていたのだ。それでも距離は二百メートル程離れていた。兎はまだ二人の姿を発見できていなかった。
奏は静かだが、力がこもった声で話し始めた。
「ここに隠れていてくれ。一番大きなボードが奥の方に裏返して置いてある。その中にいてくれ」
奏は古小屋の扉を開けながらかぐやを中に入るように促した。
「貴方はどうするの⁉︎ 一緒に隠れてよ!」
涙目になるかぐやは奏の手を掴んだま叫んだ。
「僕なら絶対帰ってくる。このまま逃げたら君を守れない。隠れたとしても危機を先延ばしにしただけなんだ。俺の言うことを聞いてくれ。頼む!」
奏は力がこもった華奢な腕をほどいた。そして約束だと言うと、かぐやを押し込み扉を閉めた。そして扉の横にあったドラム缶を扉の前に置いた。扉の前は地面より一段下がった作りになっているためドラム缶を置くと堀にはまって中にから扉が開かなくなる。
「開けてよ ! 私も闘う! ねえってば‼︎ ダメだって嫌だよ‼︎」
かぐやが中から扉を叩く音が聞こえてくる。奏は申し訳ない気持ちもあったが彼女の身を守るという約束をした以上、危険性は低い方がいい。
「ごめんな……」
奏は呟くと自分の両頬を手で叩き、気合を入れ直した。あと数十メートル、遠方には激昂している火鉢兎の姿があった。
こんにちは。鯛末です。
東京でも桜がちらほらと咲いてきました。この季節が僕は一番好きです。大和魂を持っている桜。散り際までも潔く美しいものですね。桜の絨毯が出来るのもまた風情があって良いといったところでしょうか。今からワクワクが止まりませんね。
皆様に訪れる春の風が、別れより出会いを多く運んでくることを祈って。