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雲よ、月を隠して霧となれ  作者: 鯛末 千
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1-7.そいつの導火線

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自転車で北東の山々の麓付近の火事があった場所へ向かう途中に一件、例の兎がやったかは分からぬが「KEEP OUT」という文字の入った黄色のテープがはためく焼けただれた跡を目にした。ビルか何かだったのだろう。木造の部分は燃え、鉄筋とコンクリート部分が高く佇んでいた。不思議なことに周りの住居には一切コゲや火の粉はかかっていないようでそのビルだけが炎に包まれたようだった。奏はそんな不可解な場所を目の端でとらえつつ、自転車で目的地へ向かうのだった。春の風はやっぱり生温く気持ち悪いものである。


奏は目的地に着くと、なおさんに予め教えてもらった場所へ捜査しに行くことにした。一軒目は古民家で全焼、二件目は今めかしい洋風の家でコンクリート部分のみ脆くなって残っていた。


奏は事件の手がかりをさがしていたが一向に兎に関する情報は見当たらなかった。あるのは大きな足跡が十メートル程度、山の方へ向かってのびているということだけだった。


山へ丸腰のまま行くのも自分が灰になりにいくようなものだと思った奏は落ち着いた場所で一旦これまでのことを整理しようと考えた。奏の祖母がよく買ってきてくれた和菓子屋がこの近くにあるということを思い出したため、和菓子屋さんへ一旦向かうことにした。


和菓子屋は川沿いの桜並木の下、住宅街にあった。普段なら明媚は光景なのだが、どうにも葉桜の淡い桃色が炎の紅色と重なってしまい見ていて、いい気分ではなかった。


「こんにちは」

引き戸のガラス扉を開き、中へ入った。小麦と砂糖の焦げた甘い匂いが立ち込めていた。外見からは分からなかったが、存外にも学校の教室ほぼ同じ面積をもつお店だった。


「いらっしゃい。おや、珍しいね。若い子が買いに来てくれるなんて」

白い前掛けを腰に巻き、茶色いセーターを着た気前の良さそうな六十歳ほどの女将さんがガラスケースごしにカウンターに立った。


「祖母がよくこのお店の和菓子を買ってきてくれていたのを思い出して、近くまで用事できたので寄ってみようと」

ケースの中の半月盆の上にのる様々な彩りの菓子たち、それを奏は涎を垂らしそうな顔で眺めていた。


「そうかい。お祖母様はきっと下の肥えた人だったんだろうね。ハッハッハ」

笑いながら女将さんはビニールの手袋をした後、ガラスケースを開けた。


「それじゃあチョコまんとすあま、それとこの大福もください」

奏は前もって決めていたように軽快に言った。


「ここで食べていくのかい?」


「お邪魔になってもよろしいですか」


「それじゃあ、ちょっとお待ち」

女将さんは黒い焼き物皿を出してきて、慣れた手つきで懐紙の上に乗せた。


「お茶は沢山飲む?」


「はい。お願いします」

頼み終えた奏は、店の奥にあった椅子に座りバックからメモ帳を開いた。今までのことを整えようとしたのだ。箇条書きで書き始めた。

・去年より百件ほど多い不可解な火災。

・火鉢兎の弱点は水タイプ。

・巨大な足跡を残す。

・月出身。

・十メートルから十五メートルの足跡が北東へ。

・周りには一切火の粉が降りかからず。


「こんな程度かな」

奏は現在分かっていることを書き終えると、ボールペンのキャップをゆっくりしめた。丁度、女将さんが和菓子を運んできてくれたのだ。


「何を書いていたんだい」

女将さんは懐から眼鏡を取り出して、不思議そうにメモ用紙を眺めた。奏は別に見られてもいいかと思ってお茶を飲んだ。


「あぁ、最近起こっている火事の件ね。私の友達の家も燃えたよ。死人がでなかったことが幸いだね」


「今日も街のどこかで火事が起きるのでしょうか」

奏は顔を曇らせた。


「放火じゃ無いんだろう。ほんとうに早く去ってくれないかね」

話終えると、女将さんはお店の中の調理場、奥の方へ入っていった。


大服だてで入れてくれたお茶は適度な温度で優しく包まれるような香りが鼻をぬけた。和菓子ととても合う。特に大福、中の粒餡には黒糖が入っていて濃厚な味わいが広がる。そしてそれを纏う白色の衣は噛むとモチっとしていて、時折もちとり粉がギュッと音を立てていた。飽きない音と餡を引き立てるために甘さを控えた味付けが一つの嗜好の作品を作り上げていた。


お店で少しまったりしていこう。そんなことを思ってしまう奏、口に広がる甘さと心のモヤモヤが相反して悪い方向へ反応していまいそうであった。自分の内の気持ちを抑えこみながら茶をすする。


それからどれくらいの時間が経っただろうかいつの間にか椀の底が乾燥していた。奏は懐紙を綺麗におり、ご馳走様でしたとメモを残して店を出たのだった。


***


奏は取り敢えず、親に遅くなるというメールをいれた。最近帰りが遅いと注意されたばっかりなのであるが、緊急事態だからしょうがないのだ。

和菓子屋で考えたのだが、この辺りにいれば自分の家にいるより火鉢兎に遭う確率は高いのだ。奏はここら辺一帯を見渡せる少し高いところにある公園のベンチで夜になるのを待つことにした。辛い所業である。奏は夜になるまで不審者と間違えられぬように本を携帯の電子書籍を読んだり近くのコンビニで漫画を買ったりと時間を潰した。


そして太陽が沈み、月が出た。


闇夜に包まれた街は信号機が赤から黄、緑色へと変わっていくのだけが黒いアスファルトに反射していた。家々の灯りはともっているのだが、外には人もいなかった。何かがおかしい。夜になるまでベンチで寝ていたわけではない。先程までペットを散歩させているの老夫婦や、会社帰りのサラリーマンが駅から出てくる姿が度々あったが、そういうのも何一つ見えなくなっていった。


次第に山にいる烏たちの声が大きくなっているのが分かった。ふと山の方へ目を向けたその時、山の頂上付近から何かが飛び去るのが分かった。赤い何かが。もの凄いスピードで飛び上がったのだ。そしてその何かが、地面に着いた瞬間大きな爆発音がしたのだった。


奏は飛んでいった方向へ自転車を走らせた。今までにないほどの速度で走る。


「速くしろ、速くしろ」

自分で言い聞かせるように、奏は繰り返し空に叫んだ。そして、だんだんひときわ明るくなっている場所が遠方に見えてきた。さらにだんだんと熱くなってきているのだ。

どんどんと熱くなる。奏は額に汗を浮かべながら業火の中心地へ向かっていく。


「この熱風はヤバイッ」

万が一の事を考え、奏は十メートルほど離れた場所に自転車を止めて燃えている家のそばまで走った。


近づいていくうちにそれの正体をハッキリと認識できた。

息を止めるのも忘れ、ゆっくりとした足取りで確かめる。

大きく立った火柱と、燕脂色の何かがいた。

この世のものではないとはっきり分かった。


耳はまるで一つの口のように大きく、尻尾は導火線のようにジリジリと燃えている。その兎の一足は爆音を放ち、紅蓮の炎が纏っていた。それなのに火の粉が周り包んでいるはずなのに他の家には全く移っていなかった。


辺りを見回すような動作をした火鉢兎は奏の存在を察知したのか突然振り向いて、

「ギャオオオオオオオッ」

兎とは思えないような忌々しい叫び声をあげた。叫び声と熱風が一緒に奏を襲う。


それを受けた奏はたまらず、

「ぎゃぁぁぁぁぁぁあ」

とそいつに負けないほどの大声をあげるのだった。

こんにちは。今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。三話にわたったソイツの正体がようやく露わになりましたね。

和菓子の描写は、学校帰りにたまに行く和菓子屋さんの味を想像しながらつくりました。大福ってうまくないっすか?笑

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